正義のヒーローになろう
次の日。いつもの通りに女子用の制服に着替え、古い漫画の主人公のごとくパンをくわえながら家を出る。
玄関から母さんの甲高い怒鳴り声が聞こえた気もするが、そんなことは気にしない。
「ふぃってふぃまーふ(行ってきまーす)」
遅刻ギリギリに家を出たので小走りに路地を曲がると、同じ角から曲がろうとした美少女とぶつかって運命の初対面。
なんてメルヘンチックなことが起きたらいいのにな、と本気でを考えながら最後の一口を食べ終え、学校へと向かう電車に乗り込む。
「(あーぁあ。でもなんで俺は女の子からモテずに、男からばっかモテるんだろうなぁ)」
そんなもう何度考えたかわからないほどのテーマを繰り返し考えていると、不意に。
「うぅ。はぁ、はぁはぁ……」
通勤ラッシュからかそこそこの人数が乗っている電車の車内で、頭を禿げ散らかしたおじさんが息遣いを荒げながらそろりそろりと、俺の足元へと手を伸ばそうとしている。
「(……えぇっと、これはもしかしなくても…………痴漢!?)」
電車に乗ってからずっと目を閉じて今後のことに頭を悩ませていたら、いつの間にか下卑た顔の痴漢野郎が背後に近づいてることに気がつかなかった。
「(まぁ、ここで大声を出してこいつを鉄の檻の中にぶち込んでやってもいいが、こんなところで俺が身体検査でもされて男だとバレるのも釈然としないし、このまま放っといてやろう)」
と、心の中で苦渋を飲む決断を下していると、怖がって声が出せないでいると勘違いした痴漢野郎は、手を背中を這わせてスカートの中まで入れてくる。
不快な気持ちを抱くも、あともう少しの辛抱だと我慢し眉間にしわを寄せて、車内のアナウンスに耳を傾けていると、真横から大声が響き渡る。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!!!」
そんな声を上げた少女は痴漢野郎を指差して、震える声でみんなに知らせる。
「こここ、この人痴漢です……」
「い、いやっ。これは違うんだ!」
「何が違うかは、電車に降りてからゆっくり話そうか」
その一部始終を見ていた近くのサラリーマンが、挙動不審に手のやり場を困らせている痴漢野郎を取り押さえる。
その時、ちょうど電車が駅に止まり、少女は野次馬やらの人ごみをかき分け、何も言わずに車内から降りようとしていた。
「あ、あのっ!」
「…………」
そんな小さな背中に声を飛ばすと、少女は一瞬だけこちらを振り向き、何も言わず早足でホームから離れていった。その視線に少し違和感を感じ、もう一度呼び止めようと足を踏み出すと、先ほどのサラリーマンが目の前に現れる。
「君、大丈夫だった? 怖くて声出せなかったんだよね?」
「いや。あのそうじゃなくて。あの子が……」
戸惑いながらもその場に合わせた受け答えをしていると、少女の姿はもう見えなくなっていた。
制服は俺の通っている学校と一緒だったから会う機会はあるかもしれないが、なにぶん顔もろくに見えなかったので探しようもない。一言、お礼を言いたかったと後悔に苛まれていると、
「あ、これって……」
ふと足元に落ちているハンカチに目が止まり、さっきの少女のものかと思い手に取る。
そのハンカチの端にはローマ字の刺繍でMKと書かれていた。
「よしっ。この情報があれば探し出せる!」
ハンカチをカバンに入れ、騒ぎを聞きつけ慌てて現場に駆けつけた駅員さんに連れられ、優しいサラリーマンさんが立ち会ってくれながら事情徴収に向かった。