お家事情を知ろう
さっきあったの出来事のせいで、思案顔のまま歩いて家に帰ると、三つ年の離れた実の姉、早乙女 七海が玄関先で空の酒瓶を手に持ちながら寝っ転がっていた。
「ちょっと、姉さん。こんなところで寝てないで、ちゃんと自分の部屋で寝てよ」
呑んだくれて眠りこけている姉さんに、呆れながら注意をする。
すると、俺の声を聞くなり急にむくりと起き上がり、顔を近づけて酒臭い口臭を放ちながら俺の胸ぐらを掴みかかってくる。
「かーづーきぃー!お前のせいで、......お前のせいでぇー!!」
「ちょ、ちょっとなんだよいきなり!? 俺がなんかしたってのかよ?」
有無を言わさず殴りかかろうとしてくる腕を掴み、慌てて必死に抑え込むと、姉さんは壁にもたれかかり、今度はわんわんと泣き喚き始める。
「うわぁーん。うわぁーん。だって、合コンで夏月と私のツーショットを見せたら、狙ってた男が私より夏月に目がいっちゃって『今度俺にこの子紹介してくれよ〜?』なんてムカつくこと言ってきたからぁー」
「姉さん、また合コンになんか行ってたのか……」
泣きながら見せつけてきた写真を見て見ると、そこにはばっちりとメイクを施し、カメラ目線で満点の笑顔を作っている姉さんと、初めて高校の制服に身を包み、俯き恥ずかしがっている俺の姿があった。
「せっかく、……せっかく途中までいい感じだったのにぃー!!」
「ったく、そんなの俺の知ることかよ......」
だが、これは決して姉さんがブサイクというわけではない。身内贔屓をなくして見ても、端正な顔立ちに綺麗な目鼻立ち、俺の背を抜くほどの身長、そして俺にはない唯一の利点の豊満な胸部。
そんな完璧に近いプロポーションをしている姉さんはいつも男から一歩引かれ、なぜか背も低ければ当たり前だが胸もない、そんな俺が異様に男からモテモテなのだ。
「それもこれも全部、男のくせに女である私より可愛いのが悪い。だから香月の顔なんてこうしてやるぅー!」
「や、やめろって、こんなことしてると母さんがまた怒鳴り散らしてくるぞ!?」
メイクと混ざったドス黒い涙を流しながら、口紅で俺の顔に落書きをしようとする姉さんに言うと、まさに言った通りにリビングから甲高い声の怒号が飛んでくる。
「もぅっ、二人とも何してるの!そんなところで騒いでたらご近所迷惑でしょう!!」
「ほぉーら、また香月のせいでまた母さんがカンカンだぞー?」
「いや、これはどう考えても姉さんのせいだろう!?」
と、母さんに怒られて尚、二人で口論をやめないでいると、部屋の仕切りがバタンッと大きな音を立て、フライ返しを持ったエプロン姿の母さんが出てくる。
四十路の母さん、早乙女 雛子は俺よりも背が低く、顔も幼いのでよく姉妹に間違えられる。俺は多分、母さんの遺伝子のせいで背が伸びなかったのだろうと思う……。
「こぉーら!いい加減にしなさい。なーちゃんもかーくんも喧嘩しないで早くリビングに来なさい。もうそろそろご飯できるからねっ!」
小学生かと見間違えるほどの小ささの母さんが頬を膨らまして怒る姿に、俺と姉さんは口喧嘩してたのが馬鹿らしくなり、顔を見合わせ同時に返事をした。
「「はーい」」
これが俺の日常なんです……。