性別の向こう側に行こう
とある日の放課後。校舎裏にある大きな桜の木の下で、私と一学年上の先輩が向き合っている。
その先輩はサッカー部のキャプテンで、女子からの人気は校内で一、二を争うほどである。そんな先輩が真剣な表情で、私に向かって右手を前に突き出す。
「好きです。もしよかったら、僕と付き合ってください」
この桜の木の下で告白をすると、それは必ず成就するとかいう噂があるから、わざわざここに私を呼び出したんだろう。
だが、今回ばかりはその噂通りに、とはいかない。
「ごめんなさい。私、まだ恋愛とかよくわからなくて……」
突き出された右手をよそに、こちらも頭を下げ、さぞ申し訳なさそうにお断りの声をかける。
「そ、そっか……。じゃあ、もし気が変わったりしたら、この番号にいつでもメールとか電話とかして来てもいいからね」
そう言って、先輩は未練たらしく私の手の中に文字の書かれた小さな紙切れを入れ、その場を去って行く。
そして、シュンと項垂れている背中が見えなくなったところで私---ではなく、俺は紙切れをビリビリに引き裂き、風のなびく方向に向けて飛ばす。
「はぁ〜ぁ……。ったく、俺は一体いつまでこんなことを続けなくちゃならないのかなぁ……?」
俺、早乙女 夏月は誰もいなくなった桜の木の下で、風に舞って散って行く花びらと紙切れを見ながら一人呟く。
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そう、何を隠そう俺は正真正銘の男である。
髪の毛は女でいうショートカットくらいだし、身長も男にしては低い百六十センチで、声だって子供の頃から変化していない。
それだけならまだよかったのだ……問題は俺の今の格好にある。
俺が今、身につけているのは、首元に彩りを添える朱色のリボンに、上下は白と紺のコントラストが可愛らしいセーラー服、いわゆる女子用の制服だ。
俺は、何も好き好んでこんな格好をしているわけではない。
そんな格好をしている理由、それは俺の生まれた家系、早乙女家のあるしきたりの所為なのである。しきたりとは、もう言わずもがな、女装だ。
早乙女家に男が生まれたのであれば、絶対に女装をして生活していかなければならないとの心底謎の伝統。
もちろんそれは一生続くわけではない。現に父さんは、普通の中年男性に見合った格好をして、仕事をバリバリと働いている。
女装を解く条件、それは身内以外の女に俺が男だとバレることである。
おっと、これだけじゃあないぞ。もしも条件がこれだけなんだったら、とっくに見知らぬ女の前で着ている服を脱ぎ捨て、裸体を見せつけているところだ。
……なんだかとんでもない発言をした気がするが、そんなことはどうでもいい。
もう一つの条件、それは俺が男だとバレた女を恋人にしなくてはならない、というミッションを課せられるからだ。
聞くと、体のごつかった父さんは小学生の時に母さんに女装がバレて、その後の中学高校と猛アタックをし続けていたら、案外簡単に落とせたらしい。
そんな無駄話はさておき、問題の俺はというと全くもって誰からもバレない。大体の先祖たちは十歳前後でバレ始め、バレた女の子とくっついたりしているらしいのだが、俺は例外中の例外っぽい。
こんなことでは、今後一生女として生きていかなければならないのではないかと、本気で焦り始めた高二の春である。