009 勇者の頼み
「随分と遅かったじゃない」
「んあ?」
食器を片付けにキッチンへやって来た俺は、突然かけられた声に顔をあげる。
「ってエリカじゃねえか。どうした、何か用か?」
まさかこんなところにエリカがいるとは思ってもみなかった俺は首を傾げる。
もしかしたらここで俺が作った夕食を食べたのかもしれないが、食べ終えたのなら食べ終えたで自分の部屋に戻ればいい。
こんなところでわざわざ俺を待つ必要などないはずだ。
「ま、まぁ用があると言えばあるんだけど……」
「?」
「そ、それよりも料理美味しかったわ。ごちそうさま」
「そうか。口に合ったようで良かったよ」
どうやら俺の作った料理はお気に召したらしい。
まあ魔王様のお気に召すものであるのなら、別にエリカの感想が何だって構わないのだが。
「まぁ、魔王の部下が作ったというのが信じられないくらいに栄養バランスがしっかりしてそうな献立だったのは意外だったけど」
「何を言うんだ。魔王様が食べるからこそ栄養のことも考えて作らないといけないんだろ」
全くエリカはおかしなことを言う。
特に小さい頃は食事の栄養など常に意識していないと、すぐに影響が出てくる時期なのだ。
それを怠るなんてあり得ない。
「そ、そういえばクッキーはどうだったの?」
「それに関しては魔王様も大層お気に召していた。改めて感謝する」
「そっか。それなら私も良かったわ」
俺の料理で満腹になった後、魔王様は本当にそんなことを感じさせないような食べっぷりでクッキーを平らげていた。
よほど楽しみにしていたのだろう。
「そ、それで確かクッキーのお礼をしてくれるって」
「あぁ、それは当然だ。何か頼み事でもあるなら聞いてやるぞ」
本当に、もしエリカがクッキーをくれていなかった時のことを考えるとエリカには感謝してもしきれない。
「な、何でもいいの?」
「まあもちろん俺に出来ることならな」
当然だが、魔王様に会わせてほしいなどという頼みなどは却下だ。
しかしそういうこと以外の大抵のことならエリカの頼み事聞いてやるつもりだ。
だが俺の言葉を信じ切れずにいるのか、なかなか言い出せずにいる。
「……しばらくここに住まわせてほしいの」
しばらくの沈黙の末、エリカが絞り出したように呟く。
「理由を聞いていいか?」
しかしその頼みごとを聞いた俺は、もちろんすぐには頷けない。
さすがにその頼みは予想外だったのだ。
「私たち勇者パーティーの最終目的は、世界の敵――魔王を倒すことよ」
エリカは俯けていた顔をあげて、真剣な面持ちを向けてくる。
「そしてそのためには当然、魔王の部下であるあなたも倒さなくちゃいけない」
「それはそうだな。俺がいる限り、魔王様に傷一つでもつけさせるつもりはない」
命に代えても、魔王様だけは守り抜く。
たとえ誰が相手だったとしても、だ。
「でも昨日あなたと戦って分かったわ。きっとこの戦いはすぐには終わらない」
俺はその言葉を意外に思う。
初めて俺が勇者であるエリカと会った時、俺は大量の水で彼女たちを魔王城から追い出した。
見ようによっては俺が汚いと思われても仕方がない。
しかしエリカはあの一瞬の間に、俺との実力差を感じていたと言う。
もしかしたらあの時のあれが水の最上級魔法だったことに気付いたのかもしれない。
「それこそ一カ月、一年、それ以上かかるかもしれないと思っているわ。でもここに来る前の私たちはそんなこと考えもしていなかった」
そりゃあそうだろう。
魔王城といえば、いわばラストステージのようなものだ。
それなのに蓋を開けてみれば大量の水で城の外へ追いやられる始末。
一体誰がそんなことを予想できただろうか。
「私たちが魔王を倒すまでの間、ずっと荒野で野宿するのは厳しいと思う。かといって毎回、街とこの城を往復するのはもっと無理」
「……だからこの城に住まわせてほしい、と」
エリカの言い分は十分に分かる。
長い野宿生活を続けて、今回のような事態にならないという保障もない。
そうなれば危険に陥るのは自分たちだ。
だからこそ今回の頼みなのだろう。
「お前の頼みが非現実だってことは自分でもよく分かってるよな?」
「……うん」
小さく頷くエリカ。
何が非現実的なのか。
そんなの考えるまでもない。
「まず魔王様がいるこの城に一晩でも泊めてやっている時点でおかしい。いくら二人の体調が悪いとはいえ、そんなこと俺にはそもそも関係ないんだから」
敵がいくら困ろうが俺の知ったことではない。
「その上今度はこの城に住まわしてほしいっていうのは俺もさすがに、はいどうぞとは言えない」
魔王様に危険が陥るようなことは極力排除するべきなのだ。
そしてエリカたち勇者パーティーが魔王様にとって危険な存在であることは疑いようのない事実だ。
間違っても魔王様に近付けていい存在ではない。
「…………」
俺の言っていることが正しい。
もしくは間違っていないと分かっているのだろう。
勇者は食って掛かって来ることなく、静かに俯いたままだ。
その頭の中には俺の答えを察して、これから魔王を倒すためにどうすればいいか、野宿をするしかないのかという葛藤が渦巻いているのだろう。
「————だから条件がある」
「じ、条件……?」
ゆっくり顔をあげるエリカに、俺は三本の指を立てる。
「条件は三つだ」
「み、三つ……?」
エリカは訝し気な表情を浮かべつつ、その瞳は僅かに揺らいでいる。
そんなエリカに俺はまず一つ目の条件を言う。
「まず一つ目、” 俺との勝負に勝てるまで、魔王様には危害を加えないこと ”。勝負のタイミングに関しては決められた時間内だったらお前らの好きにしていい。ただし一日一回だ」
決められた時間内というのは、俺が魔王様と至福の一時を楽しんでいる時以外のことだ。
例をあげるとすれば魔王様がお昼寝している時なんかがそうだ。
魔王様に勇者パーティーの存在を知られたくないのである。
というのももし魔王城に誰かがいると分かれば、以前のように自分も会いたがるのは間違いない。
それを毎度のように諦めさせるのは俺も辛い。
「次に二つ目、” 勝負の内容は毎回俺が決めさせてもらう ”。その内容が不服な時は勝負自体をやめてもいいが、その日はそれ以上の勝負はしない。そしていくらどれだけ文句を言われようとも勝負の内容を変更することはない。ただし勝敗については公正な判断をするので、その点については安心してくれていい」
もちろん俺がルールだ、などと言って勝負をうやむやにしたりはしない。
やるからにはちゃんと第三者視点の公正な判断を下すつもりだ。
「ちょ、ちょっと待って。例えば私たちが負けた勝負とか明らかに勝てそうにない勝負を諦めたとして、それ以降の勝負でも同じ勝負を繰り返したりしないの?」
「前者については全く同じ勝負をするつもりはない。ただ後者についてはもしかしたらそれ以降の勝負に持ち越される可能性はある。あくまで可能性だが」
毎日一つ、何かしら違う勝負を考えるのは案外大変だろう。
そんな時に以前の案を使わせてもらうというのは仕方ないと思ってほしい。
「それで最後三つ目の条件だが――」
明らかに緊張した様子のエリカ。
ごくりと唾を飲む音がこちらまで聞こえてきそうな勢いだ。
だがこの条件に関してはそこまで緊張する必要はないだろう。
まあある意味三つの条件の中で一番難しい条件ではあるかもしれないが。
「” 勇者パーティー全員がこの条件を呑むこと ”だ」
デ「魔王様、デザートを食べるためには条件があります」
魔「じょーけん?」
デ「はい、ちゃんとその条件を守らないとデザートを食べさせるわけにはいきません」
魔「じょーけんまもる!」
デ「それじゃあ魔王様が最後まで残したピーマンを食べ切ることが条件です」
魔「うっ……じょーけん……」
デ「はい、条件です」
魔「……じゃあぴーまんをたべるじょーけんがあります!」
デ「ほう。それはどんな条件ですか?」
魔「ぴーまんをたべなくていいのがじょーけんです!」
デ「魔王様……」