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008 クッキー


「ど、どうしよう」



 魔王城、キッチン。

 俺は大きな問題に直面していた。



「お菓子を買ってくるの完っ全に忘れてた」



 お菓子を買ってくる約束をした時の魔王様の顔を思い出してみれば、どれだけお菓子を楽しみにしていたのかよく分かる。

 そのために一人でのお留守番も頑張ったのだ。



 一人で魔王城に留守番というのは、五歳の魔王様にとってはかなり暇なものだったのだろう。

 帰って来てから魔王様の部屋を覗いてみると、俺の作ったぬいぐるみを抱きしめながらぐっすり眠っていた。



 因みにめっちゃ可愛かったです。



 しかしもし魔王様にお菓子がないということがバレたら……。

 いや、そんな恐ろしいことを考えるのはやめよう。



「野菜しか買ってこなかったんだよなぁ……」



 街で情報収集をしていたのだが一軒目の八百屋で知りたいことが知れたので、それで満足して帰って来てしまったのが良くなかった。

 もう少し街を周ればお菓子を買ってくるのも忘れなかっただろうに。



「夕食はとっくに出来上がっちゃってるからなぁ」



 本当ならずっとお昼寝を続けている魔王様を早く起こして、出来立てほやほやのあったかい料理を食べてもらうところだ。

 しかしお菓子がないのでは魔王様を起こすことも出来ない。



 今から街に転移してお菓子を買いに行く、というのも考えはした。

 恐らくそれが現状ではいちばん得策なのは間違いない。



 しかし仮にも敵が魔王城にいるという状況で、魔王様を一人にするなんてことは絶対に出来ない。

 いくらエリカと暴れないという約束を交わしたとはいえ、だ。



 でも他に良さそうな案があるというわけでもない。



 もっと早い段階でこのことに気付いていれば、今ある材料でお菓子を作ることも出来ただろう。

 だが既に夕食が出来上がっている以上、お菓子など作っていては冷めてしまうのは目に見えているし、何より時間がかかりすぎる。



 この案も却下だ。



「ま、まじでどうすればいいんだ……っ」



 俺は頭を抱える。



 このままでは魔王様に「うそつき!」と罵られるのは必至だ。

 そんなことになれば俺は灰になってしまう。



「ど、どうしたの?」



「な、なんだ。自称勇……エリカか」



 ぎろりと睨まれ慌てて訂正する。

 こういうのは素直に従って波風を立てないのが一番なのだ。



「随分とうめき声をあげていたみたいだけど、何かあったの?」



 どうやら俺の声をエリカにも聞かれてしまっていたらしい。

 情けない限りだが今はそれどころではない。



「じ、実は魔王様にお菓子をご用意するのを忘れてしまって……」



 もはや藁にも縋る思いで事情を話す。



「お菓子って……。あなたの主様は随分と甘党なのね」



「ま、まあそんなところだ」



 まさか魔王様がまだ五歳の子供だとは言えるわけがないので適当に言葉を濁す。



「あ、それじゃあもしかしてこれとか使えたりする?」



「え?」



 エリカが差し出してきた何やら小袋のようなものを受け取る。



「こ、これってもしかしてクッキーか……?」



「ええ。システィがいつも買い置きしてるやつを少し貰ってきたの」



「おぉ! あの清楚ビッチが!」



「せ、清楚ビッチってあなたね……」



 何かエリカが呆れているがそんなことはどうでもいい。



 俺の手の中にはクッキーの入った小袋がある。

 クッキーとはお菓子だ。

 つまりこれで魔王様との約束を守ることが出来る。



「お前、まじで勇者だったんだな」



「今更っ!?」



 思わず涙ぐみながら勇者の肩を掴む。



 これまで自称勇者とか馬鹿にしてきたけど、どうやら間違いだったらしい。

 誰が何と言おうとお前が勇者だ。



 それから俺は大急ぎで完成していた料理を皿に盛りつけていく。

 彩りも気を付けて魔王様が楽しめるように心がけている。

 


「エリカはあいつら二人の隣の部屋で食べてもいいし、ここで食べてもいい。洗い物はまとめてやるから流しに置いておいてくれたら大丈夫だ」



「あれ、私は別なの?」



「当然だろ」



 勇者を魔王様に会わせるわけにはいかない。

 そもそも魔王様は今この城に誰かがいるということすら知らないのだ。



 しかしエリカは不満そうだ。



「クッキーあげたのにー」



「それとこれとは話が別だ。もちろんお礼はさせてもらうつもりだが」



「じゃあそのお礼として一緒にご飯をっ」



「却下だ」



「何でよー!」



 不満そうに叫ぶエリカを無視して、俺はキッチンを出る。

 そして俺はいつも魔王様と食事をとる部屋に向かう。

 普段は上の階のキッチンを使っているため、料理を落としたりしないように気を付けながら階段を上った。







「んぅ、ねむたぃ」



 眠たそうに瞼を擦る魔王様。

 どうやら長い間お昼寝をしていたせいで、未だに眠気が完全にとれてはいないらしい。



「魔王様、起きてください」



 口の端から垂れている涎を拭き取りながら、魔王様を起こす。

 しかしやはりまだ眠気の方が強いらしい。



「ほら魔王様、これは何でしょう」



 このままでは埒が明かないので、俺は隠していたものを取り出す。



「んぅ……?」



 眠たそうに瞼を擦る魔王様だったが、俺の手の中にあるもの見て徐々にその目が開かれていく。



「そ、それっておかし?」



「はい、お菓子です。魔王様がちゃんとご飯を食べきってからのお楽しみです」



「おーっ!」



 途端に元気になる魔王様は自分の分の料理を頬張っていく。

 ちゃんと噛んでいるのか心配だが、それだけ食後のクッキーが楽しみなのだろう。



 一時はどうなるかと思ったが、エリカのお陰で無事に魔王様の喜ぶ姿を見ることが出来た。

 もし頼まれれば、新しい服くらいは用意してあげてもいいかもしれない。



「そういえば魔王様はちゃんと留守番が出来たようですね」



「えへへ、えらいー?」



「はい、すごく偉いです。でも結構長い間お眠りになられていたようですが」



「うん! なにもすることなかったからずっとねてたの!」



 やはり魔王様も暇を持て余していたらしい。

 今度一人でも何かしら遊ぶことの出来るようなものを用意するのがいいだろう。



「そういえばゆめみたの!」



「夢ですか?」



「ですとといっしょにおにわでおべんとうたべた!」



「それは楽しそうですね」



「うん! たのしかったよ!」



 魔王様と二人でピクニックとは夢の中の俺が羨ましい。

 今すぐにでもその場所を代わってほしいくらいだ。



「魔王様さえよろしければ、明日はお庭で弁当を食べますか?」



「いいのっ!?」



「はい、ぜひ!」



 むしろ俺が魔王様とピクニックしたくて堪らない。

 早速明日することになったが、正直楽しみで仕方がない。



「お弁当で食べたいものとかあれば作りますけど、何かありますか?」



「うーん、おそとでたべられるならなんでもいい!」



 魔王様は散々迷った挙句、何も希望は言わない。

 どうやら食べたいものがたくさんありすぎるせいで、自分では決められなかったらしい。



「じゃあ魔王様の好きなものをたくさん入れておきますね」



 とりあえずおにぎりから始まって、他には……。



 弁当のメニューを考えるのは大変だが、魔王様のためなら苦でも何でもない。

 むしろご褒美だ!



「うー! おなかいっぱいー」



 皿の上のものを平らげた魔王様が苦しそうに呟く。



 果たしてそれでデザートであるクッキーを食べられるのか疑問だ。



「そんなにお腹いっぱいなら、クッキーは明日にしましょうか?」



 しかし魔王様は勢いよく首を振る。



「でざーとはべつばらなの!」



 どこで覚えたのかどや顔で言って来る魔王様。



 たまらんかわいいです。




「魔王様はお菓子好きですよね。クッキーとかチョコレートとか」


「うん! あまくておいしいの!」


「それじゃあ甘くないお菓子があるのは知ってますか?」


「そんなのあるの?」


「意外とたくさんありますよ。お煎餅とか」


「おせんべー?」


「ちょっと塩味とかして美味しいんですよ。俺は好きですね」


「へぇー!」


「作るのが簡単なものとかもありますし、今度作ってみましょうか?」


「んー、あまいのがいい」


「ま、魔王様? それでは結局いつもと同じなんですが……」


「あまいのがいい」


「いや、ですから……」


「あまいのがいい」


「……はい」


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