006 料理
「遅くなったわね、少し手間取っちゃって」
「いや、別に大丈夫だ」
便利な魔法で勇者パーティーがやって来たのを感知した俺は勇者パーティーを出迎える。
自称勇者は遅くなったと謝るが、俺の予想ではもう少し遅いと思っていたのでむしろ早い方だ。
というのも他の勇者パーティー二人を説得するのに結構な時間が必要になるだろうと思っていたのだ。
「って片方は既に瀕死だな」
「野宿してた場所に戻った時にはもうこんな感じだったのよ」
自称勇者の背には清楚ビッチな聖女がおぶられている。
その手に力は込められておらず、ぐったりとしている。
「じゃあ説得は幼女賢者の方だけで済んだわけか」
「まあそういうことになるわね」
自称勇者の隣には相変わらず小さい幼女賢者が立っている。
その目はどこか虚ろで焦点が合っていない。
恐らくここへ来るだけでも相当きつかったのだろう。
「……どういうつもりで魔王城に招いたのかは知りませんが、私の魔法の前にひれ伏せばいいのです」
「あーはいはい。お子様は無理しないで早く休みましょうねー」
十六歳の幼女を適当にあしらいつつ、自称勇者に声をかける。
「それじゃあ部屋に案内するから。変に暴れたり、大きな声を出したりするなよ」
「わ、分かってるわよ」
「ほら幼女賢者も行くぞ」
「…………」
俺は立ったまま既に限界を迎えている幼女賢者の手を引きながら、他の二人を空き部屋まで案内する。
「ほら、まず体調の悪い二人はこの部屋だ」
「わ、私のは?」
「病人と一緒の部屋で一晩過ごすわけにはいかないだろ、お前は隣の部屋を使えばいい」
「そ、そう」
自称勇者の質問に応えつつ、ひとまず部屋に入る。
薄暗い部屋に明かりを灯すと、後ろから感嘆の声が聞こえてくる。
「す、凄い部屋ね。本当に誰も使ってないの?」
「あぁ。この城に住んでるのは俺と魔王様の二人だけだ」
「その割に随分と綺麗な気がするけど」
「当然だ。魔王城が常に綺麗であるように心がけているからな」
いくら空き部屋だからと言って、魔王様が絶対に入らないという保証はない。
もしその時、部屋の中が埃だらけだったら魔王様の健康によろしくない。
そのため俺は日々の掃除を怠れないというわけである。
「とりあえず二人をベッドに寝かせよう」
「そうね」
自称勇者はビッチ聖女を、俺は幼女賢者をそれぞれベッドまで連れていく。
俺に手を引かれる幼女賢者も今ではすっかり素直だ。
もちろんそれが体調が悪いからであるということは理解しているが、こうしているとまるで魔王様の手を引いているようで可愛く見えてくる。
だがこいつは十六歳、なんちゃって幼女だ。
「よし、とりあえずはこれで大丈夫か」
ふかふかのベッドに横になる二人の表情は相変わらず辛そうだが、野宿に比べれば天と地以上の差があるだろう。
「後は軽い食事と風邪薬さえ飲ませればすぐに治るだろ。ほら、これ風邪薬な」
「あ、ありがと」
自称勇者が魔王城に戻ってくる前に用意していた風邪薬を渡すと、妙な反応をされたが、お互いが敵であることを思い出せばその反応も無理はない。
むしろ「……毒とかじゃないわよね」とか聞かれなかっただけマシだ。
「よし、じゃあ次はキッチンだ」
「キッチン?」
「お粥とかでも適当に作らないといけないだろ」
俺は自称勇者を引き連れて、キッチンへとやって来る。
因みに今日買った分の野菜なども既に収納済みだ。
「ここにはある程度の食材も揃っているから、何を作るにしても好きに使ってくれていい」
「わ、私が作るの?」
「当然だろ? 俺もそろそろ魔王様の分の夕食を作り始めないといけないからな」
何から何まで勇者パーティーに構ってあげられるほど、俺も暇じゃない。
材料もあるのだから作れないということはないだろう。
そう思って自分の作業を始めた俺だったのだが、
「…………」
背後の自称勇者が全く動く気配がしない。
そして無言。
ちらりと盗み見たその手には、包丁だけが握られている。
「……何やってんだ?」
何のホラーだよと思いながら、恐る恐る声をかけてみる。
「……何をすればいいのか分からなくて」
こちらを振り返って来る自称勇者。
とりあえずその手に握った包丁を置け、と強く言いたい。
「適当にお粥でも作ればいいだろ。それならあいつらでも無理なく食べられるだろうし。まさかお粥が作れないとかじゃないだろ?」
「…………」
「え、作れないの? ま、まじで?」
お粥なんて少し時間はかかるが、料理としてはかなり簡単な部類に入るだろう。
それを作れないって何の冗談を言っているんだ。
「し、仕方ないじゃない。私、これまで料理とかしたことないし」
「えぇ……」
十六の少女が料理をしたことがないというのはさすがの俺も予想していなかった。
もはや呆れを通り越して、悲しみを覚えてしまいそうだ。
「き、基本的に家では使用人の仕事だったし、勇者パーティーとして旅に出てからは他の二人が料理とかしてくれてたし」
「少しは手伝ったり出来ただろ……」
使用人がいるのであれば、彼らの仕事を取るわけにはいかない。
しかし勇者パーティー内で、二人が料理をしているのをずっと端から見ていたというのは駄目だろう。
もちろんその責任の全てを自称勇者に押し付けるわけではない。
そんな状況を改善せずにいた他の二人にも原因はある。
「今回みたいに二人が一緒に動けなくなるっていう可能性だってゼロじゃないんだ。お前も少しは料理できるようにしておいた方がいいぞ」
「た、確かに……。でもどうすればいいか分からないし」
「はぁ……。仕方ないから今回は俺がお粥の作り方は教えてやる。他はあの二人にでも教えてもらうんだな」
「わ、分かった。ありがと」
全く知識がない状態で下手に料理して、怪我でもされたら俺が困る。
甘やかしすぎかもしれないが、今回は仕方ないと諦めよう。
「ほら完成だ。簡単だったろ」
「思ったよりかは簡単だったかも」
それから少しして、俺たちの前には一般的なお粥が出来上がっていた。
「とりあえず自称勇者はそれをあの二人に食べさせて来てやれ。さっき渡した風邪薬も忘れずにな」
大きめのお盆に飲み物とお粥の入った鍋、そしてそれを注ぎ分ける小皿を用意して自称勇者に渡す。
「間違っても自分もお粥を食べようなんて思うなよ」
「え、食べちゃだめなの?」
「食べる気だったのか……」
病人と同じものを口にするのは良くないだろう。
「でもこれしか私食べるものないし」
「お前の分はこっちで一緒に作ってやるから、とりあえずお前はあの二人にお粥を食べさせることだけ考えていればいい」
「い、いいの?」
「どうせ二人分作るのも三人分作るのも同じだ」
「そ、それならお言葉に甘えさせてもらうわ」
俺の提案に戸惑いつつも、空腹には逆らえないのか素直に頷く。
そして自称勇者はお盆を持ったまま、キッチンを出て行こうとして振り返る。
「そういえばこんな時に言うのも何だけど……」
「ん、どうした?」
「あなた私のことを自称勇者って言うけど、私は本物の勇者よ」
「本当にこんな時に言うことだったのかそれ」
「う、うっさいわね。訂正するタイミングがなかったのよ」
勇者様は恥ずかしそうに頬を赤く染めながら視線を逸らす。
「大体、ちゃんと自己紹介もしたと思うんだけど。名前とか」
「あー……? そんなことしたか?」
「したわよ。あなたの名前も確かデストだったし。まさかあなたもう忘れたとかじゃないわよね……?」
「いやー、そもそもそんなに呼ぶ機会がなかったしな。仕方ないよ、うん。仕方ない」
心の中でさえずっと自称勇者と言っていたせいで、正直全く名前など覚えてない。
もちろん他の二人も同様だ。
大体一気に三人を覚えないといけないこっちの身にもなってほしいものだ。
「……はぁ。今回は許してあげるけど、今度からはちゃんと名前で呼びなさいよ。私もデストって言うから」
「何でそんなに上からなんだ」
「名前を忘れられたんだからそれくらい当然でしょ。で、良いわね?」
「まあそれくらいなら別に良いけど。それにいちいち自称勇者とか言うの面倒だったし、ちょうどいいや」
「あ、あなたね……」
呆れたように勇者様が首を振るが、俺からしたら本当に結構面倒だった。
「それで勇者様のお名前は何でしたっけ?」
お盆を持ってキッチンから出て行こうとする勇者様に軽口っぽく聞いてみる。
すると勇者様は勝気そうな笑みを浮かべながら告げた。
「私はエリカ。もし次忘れたら許さないんだから」
「うーつかれたぁー!」
「魔王様、そんなところで横になっては服が汚れてしまいます」
「もうあるけないもん!」
「ほら、そんなこと言ってないで早くいきますよ」
「いや! おんぶして!」
「お、おんぶですか?」
「おんぶ!」
「し、仕方ありませんね。こ、今回だけですよ?」
「うん! こんかいだけ!」
「あ、あの魔王様、やっぱり疲れた時はいつでもおんぶして差し上げますよ」
「べつにいいかなっ!」
「ま、魔王様、そんなこと仰らずにぜひ俺におんぶさせてください!」