005 魔王様のため
「なぁ、いい加減諦めて帰れよ……」
「嫌よ! あんたが弁償してくれるまで絶対に帰らないから!」
「何でそうなるんだよ……」
泣きついてくる自称勇者に俺はため息を零す。
正直こんな話は早く終わらせて夕食の準備に取り掛かりたい。
しかし何と面倒なことに自分で張った魔法のせいで魔王城の中に直接転移することも出来ず、中に入るにはまず魔法を解く必要がある。
だが唯一の出入り口である門の前には自称勇者が仁王立ちしており、簡単に通らせてくれそうにはない。
普通に考えて魔王様の部下である俺が敵である勇者の服をだめにしたからといて責任を追及される謂われはないはずだ。
そもそもそんな大事な服を戦場に着てくる方が間違っている。
それなのにこの自称勇者ときたら、まるで全責任が俺にあるかのような言い方をしやがる。
「……ん?」
いい加減この押し問答にもうんざりしてきた頃、ふと昨日と違うことに気が付いた。
「そういえばお前、他の二人はどうしたんだよ」
これだけ話していて今更だが、どういうわけか周りに仲間二人の姿が見受けられない。
見た目は魔王様のように小柄なのに実年齢は十六というなんちゃって幼女な賢者。
そして見た目は清楚な感じなのに自分からパンツを見せてくる清楚ビッチな聖女。
そのどちらも姿が見えず、自称勇者だけがここにいるということは……。
「ま、まさか遂に愛想を尽かされてパーティーを抜けられたのか」
「違うわよ!」
どうやら俺の予想は違ったらしい。
「じゃあ何で他の二人はいないんだよ。あの二人がお前だけを魔王城に行かせたりするようには思えないんだが」
「そ、それは……っ」
図星だったのか、勇者は明らかに視線を逸らす。
「あ、あの二人は体調が悪いのよ」
「体調が悪い? 二人とも?」
「ふ、二人ともよ」
勇者パーティー三人の内の二人が同じタイミングで体調を崩すなんて、もはやタイミングが良いのか悪いのか分からない。
「でも昨日の時点ではそんな体調が悪いようには見えなかったけどなぁ」
むしろ幼女賢者などに関しては元気満々といった感じだった気がする。
それがたった一日で体調を崩すとは考えにくい。
「どんだけ体調管理を怠ったらそうなるんだよ……」
「あ、あんたのせいでしょ!」
「は、俺のせい?」
思わずといった風に呟いてしまった俺の言葉に、自称勇者が突然意味の分からないことを言ってくる。
お気に入りの服だけでなく、勇者パーティーの体調管理不足まで俺のせいにするとは一体どういう了見だ。
「あ、あんたが私たちを水浸しなんかにしたせいで、二人とも風邪をひいちゃったのよ!」
「いや、水浸しにしたのは認めるけど宿屋でもどこでも身体を温めるくらいは出来ただろ?」
確かに俺は昨日、大量の水を使って勇者パーティーを魔王城から追い出した。
しかし宿屋などで身体を温めたり出来ただろうに、風邪をひいてしまうのはやはり体調管理不足が原因だろう。
俺のせいにされても困る。
「私たちは宿屋に泊まってないの!」
「……泊まってないって、そんなにお金がないのか?」
勇者パーティーというのだから資金はたっぷりあるのだと思っていた。
まさか宿屋に泊まれないほど困窮していたとは。
「違うわよ! 街までは距離が遠いから、いちいち帰ってられないのよ!」
「あー……なるほど」
確かに自称勇者の言う通り、ここから街まではかなり遠い。
だからこそこれまで全く人が寄り付かなかったのだ。
それなら俺のように転移魔法を使えばいいと思うかもしれない。
しかし転移魔法の消費魔力は実はかなり多い。
並みの魔法使いならまず使うことすら出来ないだろう。
しかも転移する人数が増えればその分消費する魔力も増える。
恐らく幼女賢者は自分だけなら転移することは可能だろう。
だが他に仲間を二人同時に転移させるとなれば、話が変わって来る。
さすがの幼女賢者も魔力が底をついてしまうだろう。
まぁ、俺なら余裕だけど!!
「昨日は野宿だったのよ。火を起こして身体を温めたんだけど、昨日の夜はそれ以上に寒くて……」
「この辺りは夜は冷え込むからな」
魔王城の周りに広がる荒野は昼は暑いのに反して、夜は急激に気温が下がる。
むしろそれで風邪もひかずにぴんぴんしてる自称勇者がおかしい。
「馬鹿は風邪ひかないっていう噂は本当だったんだな」
「ば、馬鹿じゃないし! 馬鹿って言う方が馬鹿なんだし!」
もうその反応からして馬鹿っぽい。
思わず憐れみの視線で自称勇者を見つめてしまう。
「そ、そんな目で見るな! これでも学園じゃ天才とか神童とか言われてたんだから!」
「へー、そーなんだー、すごーい」
「絶対信じてない!? うぅ……!」
自称勇者は悔しそうな唸り声をあげながら、俺を睨みつけてくる。
「それでその天才で神童な勇者様は風邪をひいた仲間二人を置いてこんなところまで来た、と」
「そ、それは……っ」
さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、途端に辛そうに顔を伏せる自称勇者。
「……わ、私がいてもどうせ看病とか出来ないから」
「…………はぁ」
蚊の鳴くような声で呟いた自称勇者に、思わずため息を吐く。
「おい自称勇者、今からでもいいから風邪の二人を連れてこい」
「なっ、そんなこと出来るわけないでしょ!? 体調が悪いせいでろくに魔法だって使えないのに!」
俺の言葉に食って掛かる自称勇者。
大方俺が弱った二人を痛めつけようとしてるとでも思ったのだろう。
「別に病人と戦う気なんてねえよ。二人を休ませるにしても今夜また冷え込むのに野宿させるわけにはいかないだろ」
「そ、それはそうだけど……」
そんなことをすればただでさえ悪い体調が、更に悪化してしまうのは目に見えている。
「どうせ空き室なら幾らでもある。もちろん城の中で暴れたりしないとかの約束はしてもらうが、それ以外は好きにしてくれていい」
我ながら胡散臭い話だと思う。
弱った二人を敵地の中に誘い込むなんて、逆の立場ならまず疑うだろう。
「ど、どうしてそこまでしてくれるの……?」
案の定、自称勇者が聞いてくる。
その目には不安の色が濃く見て取れた。
「……まあ強いて言えば、服の弁償代だ」
「…………分かった。二人を連れてくるわ」
そこからの自称勇者の行動は早かった。
すぐに踵を返したかと思うと、そのまま野宿したのだろう方向まで走っていく。
あっという間にその姿は見えなくなってしまった。
「ふぅ、信じてもらえてよかったぜ」
我ながら服の弁償代というのは咄嗟にしては良い嘘だったと思う。
本当は、今回の一件は俺が水を浴びせたのも一因だと思ったからだ。
昨日の時点で、野宿しているかもしれないという可能性を思いついていれば、水を浴びせたりはしなかっただろう。
もっと別の方法で魔王城から追い出していたはずだ。
言っておくが俺は服の弁償などは全く興味ない。
俺が原因で体調を悪くして万が一そのままお亡くなりに、などとなったら寝覚めが悪いだけだ。
「それにとんでもなく体調が悪い状態で魔王城に来られても困るしな」
もしそんな状態の勇者パーティーと魔王様が鉢合わせにでもなったりしたら……。
優しい魔王様のことだ。
駆け寄って「だいじょうぶ?」と声をかけるのは間違いない。
何せ魔王様は彼女たちが敵などとは思っていないのだから。
そしてそうなれば、勇者パーティーから風邪をうつされた魔王様までもが体調を悪くしてしまうかもしれない。
そうなってしまう前に、比較的風邪の状態も悪くない内にどうにかしてしまう方が得策だ。
とりあえず軽食と風邪薬でも飲ませておけば、嫌でも体調は良くなるだろう。
「全ては魔王様のために!」
俺の行動は全て、可愛い魔王様のためにある。
まずは自称勇者が持ってきた病原菌を落とすためにも、手洗いうがいは必須だ!
デ「魔王様、お庭で遊んだ後はしっかり手洗いうがいをしないといけませんよ」
魔「えーなんでー?」
デ「じゃないとばい菌が魔王様のお腹の中に一杯になってしまうんです」
魔「ば、ばいきん……」
デ「怖いでしょう?」
魔「こ、こわくないもん! ぜんぜんへいきだもん! ……でも、てあらいうがいはどうすればいいの?」
デ「やだ何この魔王様かわいい」