表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/24

003 自称勇者、登場


『魔王はいるかぁぁぁぁああああああああああああ』



 それは唐突だった。

 俺が魔王様とのランチタイムをエンジョイしていた時、魔王城全体に響き渡るのではないかと思う大きな声が聞こえてきた。



「あっ……」



 一体誰がやって来たのか。

 そんなことはどうでもいい。



 魔王様が楽しみにしていた好物の苺を、大きな声に驚いた拍子に床に落としてしまったのだ。

 何とか空中で苺をキャッチしようと試みていた魔王様だったが、その努力空しく苺は無情にも床に落ちてしまった。



 楽しみにしていただけに見る見るうちに魔王様の顔が絶望の色に染まっていく。

 その目には溢れんばかりの涙も浮かんでいる。



 これでは魔王様が大声で泣きだしてしまうのは目に見えている。



「ま、魔王様、これをどうぞ」



 そうはさせまいと俺は自分の分の苺を魔王様に差し出す。

 偶然にも未だに手を付けずにいたのが功を奏した。



「い、いいの……?」



「どうぞお食べください」



「あ、ありがとっ!」



 魔王様は打って変わって満面の笑みを浮かべると、俺の手の中にあった苺を嬉しそうに頬張る。



 どうやらとりあえずの危機は脱したらしい。

 俺はホッと息を吐きながら、落ちた苺を拾い食器と一緒に片付ける。



「それにしてもとんだ迷惑な奴がいたもんだな」



 一時はどうなるかと本気で焦ったところだ。



 俺は一抹の怒りを覚えながら、闇魔法を展開する。

 特定の場所を離れたところから覗ける便利な魔法だ。



「……なんだこいつら?」



 とりあえずは魔王城の入り口でも見てみるかと覗いた先には、若い女が三人立っていた。



 当然だが俺にはこんな奴らに見覚えはない。

 もちろん魔王様の知り合いということも絶対にあり得ない。



 とはいえ先ほどの発言や、彼女たちの装備を見ればどういう目的でここへやって来たのかは簡単に想像できる。



 だとすれば今俺がしなくてはいけないことは一つしかない。



「どこかいくの?」



 苺が美味しかったのか満足そうな表情を浮かべていた魔王様が首を傾げながら聞いてくる。



「お客様が来たみたいなので、その対応に行ってきます」



「おきゃくさま?」



「はい。ですので魔王様はここでお待ちいただければ――」



 そう思っていたのだが、



「わらわもいきたい! おきゃくさま!」



 魔王様は椅子から立ち上がると、俺の服の裾を掴む。

 


 上目遣いの魔王様の可愛さにいつもなら頷いていたかもしれないが、今回ばかりはそうはいかない。

 俺は魔王様と同じ目線の高さまでしゃがむと、魔王様の頭を撫でる。



「残念ですけど今回は魔王様を連れていくわけにはいきません。今日やって来たのは少し怖いお客様たちなんです」



「こ、こわいの……?」



 そう言われて多少気が引けたのか、裾を掴む力が僅かに弱くなる。



「こ、こわくてもだいじょうぶだもん。わらわもいっしょにいくもん」



 しかし行きたいという気持ちが勝ったのか、魔王様は熱い視線を向けてくる。

 これでは意地でもついてきてしまいそうだと思った俺は、違うやり方を実践することにした。



「魔王様はまだお昼ご飯を食べ終わっていませんよね?」



「そ、それは、うぅ……」



 魔王様は思い出したように、食べ終えていない食事に視線を向ける。

 その視線に迷いが生じ始めていることを俺が見逃すはずがない。

 ここまで来たらあと一歩だ。



「どうしてもというのでしたら、闇魔法で様子を見れるようにしますが」



「ほんとっ!?」



「その代わりちゃんと大人しくここでお昼ご飯を食べながら待っていてくださいね?」



「うんっ! まってる!」



 果たして魔王様はどれだけ可愛いのだろうか。

 その可愛さ、一兆点。



 さっと元の席に戻る魔王様の前に、先ほどの闇魔法を展開する。



 若い女の三人を見ながら満足そうに料理を口に頬張っていく魔王様。

 彼女たちが一体誰なのかなど魔王様にとっては些細なことなのだろう。

 とりあえずこれで魔王様も大人しくしてくれているはずだ。



 俺は笑顔を浮かべる魔王様の姿を最後に、転移魔法で魔王城の入り口まで一瞬にして移動する。



「だ、だれっ!?」



 突然現れた俺に、警戒の色を濃くする三人。



 闇魔法で覗いた時は分からなかったが、三人ともかなり若い。

 しかも一人は魔王様よりも少しだけ年上だろうかと思うほどの容姿だ。



「あ、あなたが魔王なの……?」



 三人の中のリーダーらしき赤髪の少女がこちらに剣を向けながら、恐る恐る聞いてくる。

 だが残念。



「俺は魔王様ではない!!!!!!!!!!!!」



「テンション高っ!?」



「…………」



「って今度はテンション低っ!?」



 まさか突っ込まれるとは思ってもいなかったら、何となく冷めてしまった。

 何せ俺もこういうのは初めての体験なので、どうすればいいのか戸惑っていたのだ。



「それで魔王じゃないのなら、あなたは一体何者なの?」



 次に何を言おうか迷って黙っていた俺に、赤髪の少女が聞いてくる。



「そういうのを聞くときは、まずは自分から名乗るのが礼儀というものじゃないのか」



「え、あ……そ、それもそうね。私はエリカ、勇者よ」



「勇者? 勇者ってあの?」



「さすがにあなたも知っているようね。勇者とは魔王を倒す者に与えられる称号よ! それが私!」



「胡散臭っ」



 つい心の声がぽろっと出てしまった。

 真実は人を傷つけることもあると魔王様にも偶に教えることがあるが、それを自分がやってしまうとは反省しなければいけない。



「何でよ! 私は本物の勇者なんだから! ……ってそんな疑わしそうな目を向けるんじゃないわよ!」



「そうは言っても、なぁ?」



 偽物は誰だって自分が本物だというものだ。

 思わず自称勇者のお仲間二人に問いかけてしまう。



「確かに。私たちも常々、エリカが本当に勇者なのか疑問に思ってきました」



「ここで衝撃の事実が発覚!? 私ってずっとそんな風に思われてたの!?」



 身長よりも大きな杖を装備する幼女のまさかの裏切りに、自称勇者はもう涙目である。



「まあそれはさておき。私はルル、賢者です。魔法が得意です」



「えっ、私の自己紹介終わり!? ねえっ!?」



「うるさいですよ。今は私のターンなんですから静かにしていてください」



「ターンって何!? そして扱いが雑っ!?」



 賢者と名乗る幼女は泣きついてくる自称勇者を邪魔そうにあしらうと、自分の周りにいくつかの火の玉や水の玉を生み出す。



「おお、賢者っぽい」



「そうでしょう? そしてこんな見た目ですが、年はこの自称勇者と同じ十六歳です」



 無い胸を張る賢者は小さくて、そこはかとなく魔王様に似ていて可愛らしい。

 しかし十六歳。



「なんだ。なんちゃって幼女か」



「ぶっ殺す」



 それならいっそ年も見た目通りの方が納得できたのに、どうしてその見た目で年をとってしまったのか。

 可哀想な奴だ。



「うわー!? 落ち着いて!? 仮にも勇者パーティーの一員なんだからそれくらいでキレたりしないでっ!?」



 怒りの形相で俺に魔法を放とうとしてくる賢者を、自称勇者が羽交い絞めにして止めている。

 そんな二人を見ながら苦笑いを浮かべるもう一人。



 唯一常識人そうな少女は右手にステッキを持ち、汚れ一つない純白のローブを身に纏っている。



「私はシスティ、聖女です。回復魔法が得意で、色んな怪我を治せます」



 他の二人とは比べ物にならないたわわなお胸を強調するように両腕で挟む聖女は首を僅かに傾け、微笑をこちらに向けてきている。



 そんな彼女に対して俺が思ったのは、



「うわ、これが清楚ビッチってやつか」



 いかにも清純そうな感じなのに、その一挙一動が男の喜びそうなことを意識している。

 何ていやらしい奴。

 魔王様にはこうだけはなってほしくないな。



「実はこの聖女、行く先々で男たちの視線を一人占めしやがって困ってるんです。聖女とか言っておきながら本当はめっちゃ淫乱とか、一緒にいる私たちまでそういう目で見られるんで本当やめてくれって感じですよ」



「え、うちの聖女様ってそんなエッチな子だったの……?」



 やれやれと首を振る賢者に、驚く自称勇者。

 どうやら自称勇者の方は知らなかったらしい。



「お前らもこんな風にはなっちゃだめだぞ。こういうのが一番質たちが悪いんだからな」



「き、気を付けるわ」



 既に何人の男たちがこの聖女の毒牙にかかったのか考えるのはよそう。

 今はこれ以上の被害者が増えないことと、他の二人が性女みたくならないことを祈るばかりだ。



「因みに私とこの自称勇者はまだ処女です。安心してください」



「おぉ、それは良かった。そういうのはもっと大人になってからな」



 幼女賢者の一言に「なんでそういうことさらっと言うの!?」と赤面する自称勇者。

 これだけ初心なら、清楚なビッチになる可能性は低いだろう。

 賢者の方も幼女な見た目なので、特殊な性癖でもない限りは安心だ。



「…………」



「…………」



「……あの、無言の方がむしろ怖いんですけど」



 俺たちの会話に口を挟むでもなく、ただただ無言のまま佇む聖女に俺たちは恐る恐る声をかける。



「いえ、ご自由にお話ししてくださっていて構わないんですよ? まさか自分が味方たちからそんな風に思われているとは思ってもいませんでしたが、ええ、別に構いませんよ?」



 めっちゃ怒ってらっしゃる。

 笑顔が逆に怖いとはまさにこのことだろう。



「そしてルルさん? 念のために言っておきますと私も処女ですから」



 聖女の言葉に何度も頷く幼女賢者の顔は引き攣っていく。

 よほど聖女のことが怖いのだろう。



 そういうことをふまえても、絶対にこんなことを言う雰囲気ではないことなのは分かっていた。

 それでも俺は言わずにはいられなかった。



「ダウト!!!!!!」



 俺の声が魔王城に響き渡る。



「お前が処女だと? 処女を馬鹿にするんじゃねえ! 処女ってのは回復魔法で元に戻るようなもんじゃねえんだぞ!」



「なっ……!?」



 図星だったのか顔を真っ赤に染める聖女。

 ふっ、仲間たちは欺けてもこの俺は欺けない。



「わ、私は処女です! 一度も男性経験はない正真正銘の処女ですから!」



「むしろそこまで焦るのが怪しい」



「うっ……!」



 聖女は何も言い返せないのか、顔を赤く染めながら俺を強く睨みつけてくる。



「そ、そんなに私が処女じゃないと思うのなら、直接見ればいいじゃないですか!」



 そして何を血迷ったのか突然自らローブの裾をたくしあげる性女。

 そんなことをすれば当然、下着ぱんつが露になるわけで。



「って何をさせるんですかぁぁあああああ!!」



「ごふっ」



 真っ赤な顔を一層真っ赤に染めながら、持っていたステッキをこちらに投げつけてくる。

 聖女のぱんつに気を取られていた俺の顔にステッキが直撃する。



「こんなはしたないことをさせられるなんて、もうお嫁にいけません……!」



 そう言って顔を両手で顔を覆う聖女。

 まあ俺はステッキが当たったとはいえ、悪くないものを見せてもらったと言うべきだろうか。



 しかしそんな聖女をジト目で見つめる仲間二人。



「うわー、今のはないわー」



「あれが清楚ビッチのやり方なのね。さすがだわ」



「何でそうなるんですかっ!?」



「よし。性女の信用がゼロになったところで今度は俺の番か」



「って何勝手に自己紹介を始めようとしてるんですか! 私は本当に処女なんですってばぁ!」



「黙れビッチ」



「ついに清楚ですらなくなりました!?」



 ビッチは無視して、俺は改めて自己紹介を再開する。



「俺はデスト、魔王様の部下だ」



「っ! やっぱり魔王が最果ての城にいるっていう噂は本当だったのね……!」



 俺の言葉に途端に真剣な表情に戻り、対峙する勇者と賢者。

 ビッチ呼ばわりされた聖女はまだ立ち直れていないからスルーだ。



「それじゃあ魔王を倒すためにはその部下であるあなたを倒さなきゃいけないってことね」



「その通りだ自称勇者」



「でも魔王に部下はいなかったはず……」



 何やら幼女賢者がぶつぶつと呟いているが、どうでもいいことだろう。

 そんなことよりももっと大事なことがあるのだ。



「だがお前らと戦うにあたって条件が二つある!」



「条件……?」



 訝しむ幼女賢者に首を傾げる自称勇者。



「まず一つ、物を壊さない!」



「……は?」



「そしてもう一つ、怪我をしない! この二つが条件だ!」



「……はい?」



 一つ目の条件に賢者が首を傾げ、もう一つの条件に勇者が意味が分からないといった声をあげる。



「何ですかその条件は。ふざけているんですか」



「ふざけてなどいない! いたって真剣だ!」



 何故ならこれからの俺たちの戦いは、闇魔法越しに魔王様が見ているのである。

 それなのに俺たちが血で血を洗うような戦いをすれば、魔王様の教育上よろしくない。



 魔王様に教育的に悪影響を与えないためには、まず物を壊さない、そして怪我をしないことが大事なのだ。



「怪我をしない、というのはどういうことなんです? 怪我をさせない、の間違いではないんですか?」



「間違いではない。俺がお前らごときに怪我をさせるわけがないのだから、お前らは自分の心配だけしていればいいのだ」



「でもさっきうちの清楚ビッチな聖女が投げたステッキをもろに喰らっていたようですが?」



「あれはノーカンだ」



 怪我した以上に、聖女のぱんつという回復薬を貰っている。

 どちらにせよプラマイゼロだ。



「私たちも舐められたものですね。これでも勇者パーティーなんですよ?」



「あ、清楚ビッチ」



「ビッチじゃないですから!」



「清楚なのは否定しないんだ」



「うっ……! そ、そんなことはどうでもいいんです!」



 いつの間にか復活していた聖女が戦いに加わる。



「まあ確かにお前たちが魔王城までやって来るだけの実力があることは認めよう。でもそれだけだ」



「くっ……!」



 俺は嘲笑うように彼女たちを見下ろす。

 身長的な意味で。



「わ、私たちだって平和のために魔王を倒さなくちゃいけないんだから!」



 そう言う勇者の剣にはいつの間にか炎が宿っている。

 恐らく聖剣の類なのだろう。

 あの攻撃を喰らえば俺も無傷とはいくまい。



「…………」



 お互いに無言のまま対峙する。

 何かきっかけさえあれば間違いなく戦闘が始まる、そんな雰囲気だ。



「あ、そういえばお前たちの中で泳げないやつとかいる?」



「……はい?」



 そんな雰囲気を台無しにしながら、俺は思い出したことを聞いてみる。



「私たちは仮にも勇者パーティーなんですよ。泳げない者なんているはずがないじゃないですか」



 堂々とそう言ってのける幼女賢者を、周りの二人がジト目で見つめている。

 どうやら幼女賢者だけは泳げないらしい。



「ちょっと待ってろ」



 俺は物置部屋に転移し目的のものを取ると、再び彼女たちの下に転移する。



「ほら、これをやる」



「……なんですかこれ」



「浮き輪だ。泳げないやつのための道具だ」



「そんなことは知っています。どうしてこんなものをこのタイミングで私に渡すんですか」



「細かいことは気にするな。とりあえず持っとけ」



 納得いかないといった様子の幼女賢者だったが、渋々といった風に俺の言葉に従う。



「あ、ちゃんと浮き輪に身体を入れないとだめだぞ」



「…………」



 ここまで来たら最後まで聞いてやろうと思ったのか、素直に従う幼女賢者。

 魔王様ならきっともっと嬉しそうにするだろうに。

 そこがお前と魔王様の差だ、なんちゃって幼女。



「よし、それじゃあ戦いを始めようか」



「……っ!」



 身長的に低い彼女たちを見下ろしながら、俺は両手を広げる。



 一体どんな恐ろしい攻撃がくるのかと身構えている彼女たちに、俺はにやりと笑みを浮かべた。



「またのお越しをお待ちしております!!!!!!!」



「……は?」



 俺の言葉と共に、ちょうど俺と勇者パーティーの間に魔法陣が生まれる。

 そしてその魔法陣からはとんでもない量の水が溢れだしてきた。



 自称勇者たちが呆然としたのも束の間、あっという間に水の流れに呑みこまれて魔王城の外へ流されていく。

 浮き輪に身体をいれていた幼女賢者に関してはぐるぐる回って、よく分からないことになっている。



「お、覚えてなさいよぉぉぉぉぉおおおおおおおおお」



 そしてそんな捨て台詞を最後に、勇者パーティーたちの姿は完全に見えなくなった。



魔「ですと! ほらみて!」


デ「何ですか魔王様? ……って何してるんですかそんなスカートをたくし上げたりして!」


魔「えー? きれいなおねーちゃんもやってたよ?」


デ「そ、それは……」


魔「わらわもあんなふうになりたい!」


デ「それだけはダメです! 魔王様、どうかもう一度お考え直しください!」


魔「それにこうやったらおまたもすーすーしてすずしーの!」


デ「魔王様ぁぁぁああああああああああああ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ