023 ババ抜き
「これは一体どういうことなの」
エリカに部屋の隅まで連れてこられた俺は、開口一番強い口調で詰め寄られる。
「えっと、何が?」
「何がじゃないわよ! どうしてここに魔王がいるのよ!」
エリカは視線を部屋の中央へ向ける。
そこには勇者パーティーの二人に相手してもらっている魔王様の姿がある。
元気な魔王様は今日も相変わらず可愛い。
「いや、魔王様が来たいって言うから」
「だからって普通連れてくる!?」
「俺だって止めようとはしたけど、魔王様が行きたいって言って聞かなくて」
「そこは頑張って止めなさいよ……」
「魔王様曰く『ゆうしゃのおねーちゃんにあいたい!』とか何とか」
「ふ、ふーん。ま、まあ魔王のことはあんたが面倒見なさいよ!」
エリカはそう言い残すと、魔王様の下へ向かう。
この勇者、前から思っていたがちょろい。
明らかに魔王様が勇者に会いたがっていると言った途端、そわそわし始めた。
一刻も早く魔王様と戯れたかったのだろう。
その気持ちは分からなくはないが、勇者としてそれでいいのかと聞きたくなるのは俺だけじゃないだろう。
「あ、ですと! はなしはおわったの?」
エリカの後を追って魔王様の下へ向かうと、こちらに気付いた魔王様が駆け寄って来る。
因みにエリカはその途中で華麗にスルーされていた。
エリカが恨めしそうに睨んでくるが、断じて俺のせいではない。
「はい。魔王様も随分楽しそうでしたね」
「うん! おねーちゃんたちにあそんでもらってたの!」
「それは良かったですね」
見ればシスティとルルは満足そうな表情で自分の掌を眺めている。
いつもの俺と同じだ。
「よし、それじゃあ今日の勝負をするか」
とはいえ何をするかは全く考えていないのだけど。
「あ、あのー」
「どうしたシスティ」
おずおずと挙手するシスティはどうやら何か言いたいことがあるらしい。
「そもそも勝負の目的ってデストさんを倒して魔王に会うことだったわけですけど、こうやって会えている以上もう勝負する必要はないのでは……?」
「そ、それは確かに」
言われるまですっかり忘れていたが、確かに俺たちが勝負をする理由はそれだった。
しかし魔王様が自らやって来たのだから、そもそも勝負しても意味が無い。
仮に勇者パーティーが勝ったとして、何かがあるわけではないのだ。
だとすると今日の勝負は中止ということになるのだが……。
「きょうはしょーぶしないの……?」
「勝負しましょう!」
魔王様の可愛さにはシスティでさえも逆らうことが出来なかったらしい。
柄にもなく拳を掲げたりしていてキャラがぶれている。
まあそんなこんなで勝負をすることになったのだが、勝負の内容を決めなくてはならない。
とはいえ勝負する理由すらあやふやになってしまった以上、もう一度勝負の条件を見直す必要があるだろう。
「とりあえず勝負の内容についてはそれぞれで意見を出し合う、ということでどうだ?」
「それで問題ありません」
「私もそれで良いと思うわ」
「勝負に勝った人へのご褒美とかも考えた方が良いでしょうか?」
「ごほうび!」
システィの提案に魔王様が目を輝かせる。
常日頃から色々とご褒美としてお菓子をあげたりしているせいか、ご褒美という言葉には目がない。
「それじゃあ勝負で一番になった人には、その日の夕食のおかずが少し増えるということでどうでしょうか」
最近では勇者パーティー含む全員分の食事は主に俺が担当している。
さすが聖女というべきかシスティがよく手伝いに来てくれるが、それでも食事に関しては基本的に俺に権限がある。
それだったら勝負に勝った時のご褒美として誰が見ても一目瞭然だろう。
「じゃあひとまずそういうことで、何か問題があればまたその時に考えましょうか」
「なら早速今日の勝負の内容を決めるわけだが……」
「ばばぬき!」
その時、魔王様が元気よく叫ぶ。
その手にはどこに隠していたのかトランプが握られている。
「ま、まあさすがにそれなら皆もルールとか知ってるだろうから、私は別に構わないわよ?」
「そうですね。私も久しぶりですが一時期は仮面の女とまで言われたことがあります」
「何だそれ。仮面の女児の間違いじゃないのか?」
「何か言いましたか、このロリコン」
「ロ、ロリ……っ!? 言っておくが俺は魔王様に忠誠を誓ってるだけで、断じてロリコンなどではない」
「え、違うんですか?」
なぜそこでシスティまでもが意外そうな顔をする。
俺は思わずため息を零す。
「ろりこんってなにー?」
「……魔王様は知らなくていい汚い言葉ですよー」
「ふーん」
まあそんなことは置いといて、勝負を早く始めよう。
「まさかあんたと一騎打ちになるなんてね……!」
「そうか? 俺は途中からこうなるだろうなーって思ってたけど」
ババ抜きも順調に進み、残っているのは俺とエリカだけになった。
俺が残っているのが意外に思われるかもしれないが、理由は簡単だ。
魔王様の持っているババを全部引いたのが俺、俺が持っているババを全部引いたのがエリカという構図である。
因みに一番初めに勝ち抜けしたのはシスティ、二番目が魔王様、三番目がルルだ。
本当は魔王様を一番にしてあげたかったのだが予想外にシスティの運が凄すぎた。
とはいえ魔王様は二番でも十分に喜んでくれたので良かった。
「そういえば言ってなかったが勝者の分の夕食のおかずは、ビリの人の分から追加するから」
「えぇ!? そ、それを先に言いなさいよ!」
「まあここでお前がババを取らなければいいだけの話だろ?」
残る手札は俺が二枚、エリカが一枚。
もちろんババは俺が持っている。
「うぅ……こっち!」
しばらくの逡巡の末にエリカが一枚のカードを選ぶ。
「残念、ババだ」
「くぅ……っ! で、でもまだ負けたわけじゃないし! あんたがババを取ればまた振り出しだし!」
「俺がそんなヘマをするとでも?」
「す、少しくらい手加減しなさいよ」
「勇者に手加減なんてしたら失礼だろ?」
そう言って俺は一枚のカードを取る。
当然ババではない。
「じゃあエリカの分のおかずをシスティのに追加するということで」
「うぅー!!」
エリカが恨めしそうに睨んでくるが、これが勝負というものだ。
「それじゃあ魔王様、戻りますよ。今日もお勉強しないといけませんから」
「はーい!」
いつもなら駄々をこねそうな魔王様も十分楽しんだからかかなり素直だ。
「またあした!」
「はい、また明日」
魔王様は三人に手を振ると、俺と一緒に部屋を後にした。
魔「わらわもいっしょにいくー!」
デ「だめです。仮にも勇者がいるんですからそんなところには行かせられません」
魔「ですととずっといっしょにいたいの……」
デ「っ! 一緒に行きましょう!」




