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019 早口言葉


「生麦生米生卵! 生麦生米生卵! 生麦生米生卵! 言えたわっ!」



「いやそれ基本中の基本みたいなやつだから、言えて当然な」



「そ、そんなこと言ったって私は早口言葉苦手なんだから仕方ないでしょ! ちょっとくらい喜ばせなさいよ!」



 そうは言われても、エリカ以外はこんなの楽勝に言えるわけで。

 今はエリカの練習にみんなが付き合っているだけだ。



「だ、大体、勝負の内容が早口言葉っていうこと自体がそもそもおかしいのよ! 何なのよ早口言葉って!」



「そうは言っても勝負内容は俺が決めていい条件だし」



「それにしたって限度があるでしょ!? 逆にシスティたちは何でそんなに普通にしてるのよ!?」



 どうやらエリカは今回の勝負内容が納得できていないらしい。



「何を今更そんなことを言ってるんですか。これまでの勝負だって大概頭のおかしいものばかりだったでしょう」



「そうですよ。私はもう諦めました……」



「シ、システィ……」



 光の無い目でどこか遠くを見つめるシスティに、エリカも落ち着く。



「というかお前だってこれまでそんなこと言ってこなかったじゃねえか。どうせ自分が早口言葉が苦手だから駄々こねてるだけだろ」



「うっ……」



 現に「生麦生米生卵」が練習しないと言えないのが証拠だ。



「わ、分かったわよ。早口言葉で勝負すればいいんでしょ!」



「何でそっちが妥協したみたいになってるんだよ。というか今回の勝負でお前には誰も期待してないから安心していい」



「——っ! 目にもの見せてやるんだから!」



「あーはいはい」



 煩いエリカを適当にあしらいつつ、勝負内容の確認をする。

 簡単な早口言葉から徐々に難易度をあげていき、誰が一番最後まで残れるかを競う勝負だ。



 勇者パーティーは三人の内の誰か一人でも勝てば良いというかなり有利な勝利条件だが、そんなのは何ということはない。

 これまでの勝負とほとんど同じだ。



「それじゃあ始めるぞ。まず最初の早口言葉は――」






「やっぱり予想通りの結果だったな」



「う、うるさいわね! ちょっと噛んだだけでしょ!」



「あぁ、一番最初の早口言葉で噛んだもんな」



「まさか私もエリカがそこまで早口言葉が苦手だとは思いませんでした」



「な、生麦生米生卵を言えないのはちょっと……。私もさすがにフォローしきれません……」



「ふ、二人までっ!?」



 結果から言うと俺が一番、システィとルルが同じでエリカがビリ。

 しかもそのビリというのが、散々練習していた生麦生米生卵での失敗というのだから勇者パーティーの他二人もさすがに引いていた。



「それにしても今日は随分と早く勝負が終わりましたね」



「まあ当然といえば当然ですけど。デストの勝負に対するやる気が昨日と今日では明らかに違いましたから」



「そうか?」



 言われてみれば確かにそうかもしれない。

 昨日は事前に道具などを準備していたこともあり半ば強引に勝負したが、今日は適当すぎると言ってもいい勝負内容だった。



 とはいえ昨日と今日の勝負に対するやる気の違いが、全て事前準備の有無にあるかと言われれば決してそうではない。



「…………」



 俺は昨日の魔王様との晩御飯の時のことを思い出す。



『さいきん、いっつもなにしてるの?』



 何気ない一言だが、俺はその質問に対してうまく答えることが出来なかった。

 魔王様に最近の俺が怪しまれていると察したからだ。

 昨日はお菓子などのネタで何とか誤魔化したものの、あんなのはただの時間稼ぎで根本的な解決にはなっていない。



 このままでは魔王様にバレてしまう可能性も少なからずある。

 早急に何かしらの対策を練らないといけないのは間違いないのだが、どうすればいいのか一向に良い案が思いつかない。



「……はぁ」



 そんなことを考えているせいで、勝負にもろくに集中することが出来ないのだ。



「何か悩み事でも?」



「あ? いや、何でもない」



「そうは見えませんけど。勝負の時から思ってましたが、ずっとため息吐いてますよね。こっちも気が滅入ってしまうので、何かあるなら話してくれた方がありがたいんですが」



 優しくするなら最後までしっかり優しくしてくれればいいのにと思わなくもないが、ルルの性格を考えればむしろこっちの方が似合うと思ってしまうから不思議だ。

 それだけ勇者パーティーの三人と関わってきたということだろうか。



 とはいえ魔王様のことをルルたちに話すというわけにはいかない。

 俺は少し考えた末に、話してもいいことだけを厳選する。



「実は、お前たち勇者パーティーがこの城に住んでるっていうのが魔王様にバレるかもしれないんだ」



「え、魔王に私たちのことを話してなかったの?」



「あぁ、魔王様は気難しい人だからな。言わない方がいいと思って黙っていたんだ。でもどうやら最近の俺の行動が魔王様に怪しまれているらしい」



「そ、それは……」



 勇者パーティーの面々が困ったように顔を見合わせる。

 確かに急にこんなことを言われても、まさか自分たちのことを知られてすらいなかったとなれば困惑もするだろう。



「何かあったら自分の上司に報告するのが常識でしょう。いくら気難しいとはいえ」



「こっちにも色々と事情があるんだよ」



 五歳の魔王様に勇者パーティーが来た! などと言っても、魔王様は自分が狙われる理由も分からなければ、そもそも狙われるとすら思っていないのだ。

 きっと興味を持って、あまつさえ自分から近寄ろうとしてしまう。

 そんなことになって魔王様が危険な目に遭うことだけは避けなければいけない。



 とはいえ、これは魔王様に俺がちゃんと説明すればいいだけの話だ。

 あの人たちは魔王様を狙っているので危ないです、近付かないように――と。



 でもまだ五歳の女の子でしかない魔王様に、「魔王」というだけで世界から狙われるなんてどうして言うことが出来るだろうか。

 俺にはそんなことを伝えられる自信も勇気もない。



「……それはあなたが毎日、私たちとの勝負に時間をとられているから魔王に怪しまれているということですよね?」



「まあ、そうだな」



 ルルの言葉に頷く。

 いくら魔王様がお昼寝している時などの時間を狙っているとはいえ、勝負している間ずっと魔王様が大人しく寝ているというわけではない。

 そして起きた時に俺がいなければ、どこにいるのだろうかと思うのは当然だ。



「それじゃあ私たちとの勝負を三日に一度にする、というのはどうでしょう」



「ちょっ、ルル!? 何考えてるのよ、勝負の回数を減らそうとするなんて!」


「だってエリカよく考えてください。もし私たちの存在が魔王に知られれば、私たちはこの城で生活できなくなるかもしれないんですよ? 私は毎日お風呂に入れない生活には戻りたくありません」



「そ、それは……っ!」



 ルルの「お風呂」というワードに大きく反応する他二人。

 それでいいのか勇者パーティー、という言葉は今は言わないでおこう。



「私たちは一日一回の勝負を、三日に一度の勝負にしてもらっても構いません」



「ほ、本当にいいのか? 俺からしたらありがたいが」



「……し、仕方ないじゃない」



「お風呂には入りたいですからね……」



 俺の確認に視線を逸らしながらも頷くエリカとシスティ。

 どうやら意見は纏まったらしい。



「それじゃあありがたくその提案に乗らせてもらうかな」



「はい。その代わりあなたは私たちの存在が魔王にバレないように細心の注意を払ってくださいね」



「あぁ、分かってる。ギブアンドテイクだ」



 提案者のルルと握手を交わす。

 俺は魔王様に勇者パーティーのことを知られたくない。

 彼女たちは毎日お風呂に入りたい。

 利害の一致とは正にこのことだ。



「じゃあ次の勝負は三日後ということで」



「あぁ。そして他にもいろいろとお互いに気を付けた方がいいこととか考えた方がいいよな」



「そうですね。魔王の行動範囲などを教えていただければ、そこに近付かないようにしたりできるので」



「それもそうだな」



 さすが賢者。

 こういう時は頼りになる。



「あ、あのすみません」



「ん、どうしたシスティ」



「ちょっとお花を摘みに行きたいんですが……」



 僅かに頬を朱に染めながら、恥ずかしそうに言って来るシスティ。

 そんな彼女に俺とルルが目を細める。



「ビッチのくせに清楚ぶっても意味ないんだよな」



「本当ですよ。さっさと行って来ればいいのです」



「えぇ!? なんで急にそんな辛辣なんですか!?」



 まあいつもの恒例行事だとでも思ってくれればいい。

 一日に一回くらいこのやり取りがないとどうにも落ち着かない。



「そ、それじゃあ言われた通りさっさと行ってきますよっ。勝手に話を進めてくれてればいいんですっ!」



 頬を膨らませながら、システィが扉の方へ向かう。

 そういういちいち男受けを狙ったような仕草がビッチと言われる所以だということに気付いてないのだろうか。



「きゃっ!?」



 そんなことを考えると、部屋を出て行こうとしていたシスティが突然驚いたような声をあげる。

 エリカみたく何もないところで転びそうになったのかと思い、ふとそちらの方を向いてみる。



 普段ならスカートが捲れてラッキーチャンスみたいなことを思っていたかもしれない。

 しかし今の俺は、そんな冗談を言えるような状況ではなかった。



「ご、ごめんなさいっ。まさか誰かがいるなんて思わなくて!」



 慌てた様子で謝るシスティの目の前に――



「んーん、だいじょーぶ」



 ————魔王様がいた。




デ「ぐへへ、今日の聖女のパンツは何色かな?」


魔「うわぁ」


デ「ま、魔王様!?」


魔「ですときもちわるい」


デ「じょ、冗談ですからああああ!」


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