015 洗濯物
「今日も勝負よ!」
「……まあそうだよな」
もしかしたら今日は勝負を申し込んで来ないんじゃないか。
そんなこともはや誰も期待なんてしていない。
「ってそれ俺が昨日作ってやったワンピースじゃねえか……」
「そ、そりゃあ折角貰ったものを着ないのは失礼かなーと思って」
「だからってこれから勝負っていうのにそんなの着てきていいのか……?」
「そ、そんなこと言われたって着たかったんだから仕方ないでしょ」
まあ確かに作った側としてもこうやって実際に着てくれている方が嬉しいのは嬉しいが、それにしてもこれから勝負というのに本格的にやる気があるのか疑ってしまう。
「それで、今日は何の勝負をするの?」
「んー、どうするか……」
ここのところ勝負のネタを考えるのが結構大変になってきたのは言うまでもないだろう。
そして今日に至っては、勇者パーティーを前にして何も考えていなかったりする。
とはいえそんなことを言えば文句を言われるのは目に見えている。
そこでとりあえず話題を逸らすために、適当に話を振ってみる。
「そういえば洗濯物とかってちゃんとしてるのか?」
「もちろんよ。そういうのは基本的にシスティがやってくれてるわ」
「いや、お前たちも手伝えよ……」
「システィが洗濯物を触らせてくれないのよ」
それは一体どういうことかとシスティの方に視線を向けてみると、システィは困ったような表情を浮かべている。
「エリカは力の加減が下手で、何度も洗濯物をだめにされているんです」
「あー、確かにこいつは基本的に脳筋なところがあるからな……。でもそれならルルはどうしてダメなんだ? エリカと違って普通に洗濯とか出来そうな気がするんだが」
「ルルはデストさんの言う通り洗濯自体には問題ないんですけど、干す時がちょっと……」
「あぁ、なるほど」
「今一体何を納得したんですか。怒りませんから教えてください。ええ、怒りませんとも」
洗濯物を干すにはそれなりの高さが必要になる。
そのため幼女体型のルルに洗濯は出来ないということだろう。
その結果、洗濯はシスティに任されているというのだからシスティも苦労している。
「もしかして今の時間帯だったらちょうど乾いていてもおかしくないんじゃないか?」
「確かにそうですね。きっとこの時間が終われば、すぐに取り込むと思います」
「……ん」
そこまで話して良いことを思いついた。
「今日の勝負は洗濯物たたみにしよう!」
「……はい?」
一体何を言っているんだという顔をそれぞれ向けてくる三人に心が折れそうになるが、勝負の内容は全て俺が決めていいことになっている。
「それは勝負、なんですか?」
「あぁ。それぞれ同じくらいの量に分けてたたみ終えるまでの早さを競うんだ」
我ながら勝負としてこれはどうなんだと思わなくもないが、言ってしまった以上後には引けない。
「どうせ後でたたまなくちゃいけない私からすれば全然構わない、というか正直ありがたい話ではありますけど……。でも他の二人は」
「まあシスティがそう言うなら私は別に反対しないわ」
「私も別に構いません」
実際に洗濯を担っているシスティの一言に、他の二人も異論はないらしい。
「それじゃあ一回洗濯物を取ってきますね」
「一人じゃ大変でしょう。私も手伝います」
勝負の内容が決まるや否や、洗濯物を取りに行くシスティとそれについて行くルル。
そしてその場には俺とエリカだけが残った。
思い返してみればこうやって魔王様以外と二人きりになったことがあるのは、勇者であるエリカだけかもしれない。
もちろん今みたいに二人になったのはこれで二回目だが、それでも何となく二人なのを意識してしまう。
「なんかここに住むようになってから着実に家事とかそういうのを覚えていってる気がする……」
「それは良いことじゃないか」
「それはそうだけど、でも絶対こんな最終決戦の場所で覚えることじゃないわよね」
「…………」
それは確かに否定できない。
どこか遠い目をしているエリカにどんな言葉をかければいいのか俺には分からなかった。
「も、戻りましたー」
「意外に重かった……」
そんなこんなしていると、やけに疲労した様子の二人が走って戻ってきた。
そんなに急がなくてもいいだろうと思ったのだが、仲間一人を仮にも敵と二人きりにしたことに途中で気付いたのかもしれない。
「それじゃあとりあえず四等分にしますね」
「あぁ、頼む」
それからシスティが俺の分、エリカの分、ルルの分、そして最後に残った自分の分で大体同じくらいの洗濯物の量になるように調整して配り終える。
「とりあえず早さ勝負なので早いに越したことはありませんけど、それでもちゃんと端を揃えて綺麗にたたむことが最低条件ですから」
「うっ……」
「汚くたたんだ人には初めからやり直してもらいますから」
「わ、分かりました」
システィの言葉に焦った様子の二人。
もしかしたら早ければ何でもいいとでも思っていたのかもしれないが、勝負の世界はそんなに甘くないということだ。
「それじゃあ始めましょう」
システィの声を合図に、それぞれが配られた洗濯物をたたんでいく。
自分と魔王様の洗濯物以外はたたんだことがなかった俺は初めて見るタイプの服などに戸惑いつつも、数をこなしていく。
「やっぱりシスティは手馴れてるな」
黙々と洗濯物をたたんでいくシスティは普段からやっているだけあって、かなり手際がいい。
これは俺も真剣にやらないと危ないかもしれない。
「それに比べて他の二人は悲惨だな……」
ルルはまだ何とか見ていられる。
時間こそかかっているものの端と端を揃える努力をしているのが分かる。
しかしエリカは駄目だ。
こいつは論外だ。
一枚一枚に時間がかかっているくせに、出来上がりも酷すぎる。
ぐちゃぐちゃと形容しても間違いではないそれを見る限り、エリカはまず間違いなくやり直しだろう。
「……ん、何だこれ?」
そんな感じで順調に洗濯物をたたんでいっていると、ふと見慣れない洗濯物を見つけた。
何やら二つの膨らんでいる部分と、両端は紐のような形状。
「こ、これってブラジャーじゃ」
システィが持ってきた洗濯物の中に入っていたということは勇者パーティーの三人の内の誰かのものなのだろうが、一体誰のものなのか、サイズを見ればすぐに分かった。
「お、大きい……」
その大きさはどう見てもシスティしかあり得なかった。
まさかこんなものまで俺にたたませるとは思ってもいなかったのだが、これはもしかして清楚ビッチならではの作戦なのだろうか。
そう思い、ブラジャーの紐の部分を摘まみながらシスティの方を向く。
すると俺の視線を感じたのか、顔をあげたシスティと目が合う。
そして俺の手にはブラジャー、ブラジャー、おっきなブラジャー。
「な――っ!?」
途端に顔を真っ赤に染め、俺の手からブラジャーをひったくるように奪い取るシスティ。
これまでに見たこともないような必死なシスティに思わずたじろぐ。
「な、何でこれをデストさんが持っているんですか!? ちゃんと前もって下着は分けておいたはずなのに……!」
「え、システィの作戦とかじゃないのか?」
「そんなことするはずがないでしょう!?」
すみません。
清楚ビッチなあなたならすると思ってました。
しかしだとすると一体誰がこんなことを?
まさかシスティの不手際ではあるまい。
「ふっふ。ようやくそれを見つけたんですか」
すると突然、ルルが笑いだす。
「システィのエッチな下着であなたを動揺させる作戦でしたが、予想以上の大成功でしたね」
どうやら今回の一件の犯人はルルらしい。
「……ルル、少しお話があります」
「え……。で、でもまだ勝負の途中ですよ」
「そんなの関係ありません」
「わ、私は良かれと思って……!」
「言い訳は部屋の外で聞きますから」
背後からどす黒いオーラを出すシスティに、何とか逃げようと試みるルルだったがあえなく捕まる。
それでも俺やエリカに助けを求めて手を伸ばしてくるが、俺たちは揃って目を逸らす。
そしてルルは成す術なく部屋の外へ引きずられていく。
扉が閉まった後、部屋の外で何が行われているのかは定かではない。
しかし普段のルルからは考えられないような悲鳴が微かに聞こえてくる。
「き、今日の勝負は中止ってことでいいよな?」
「そ、そうね。それでいいと思うわ」
「と、とりあえず二人が帰って来る前にこの洗濯物をどうにか片付けておこう」
俺の提案に対して、異論を唱える者はいなかった。
デ「 魔 王 様 は お 昼 寝 中 で す 」




