011 料理教室
「今日も余裕だったな」
勇者たちが魔王城にやって来てから既に三日が経った。
もちろん魔王様はこの城に自分と俺以外がいることなど露も知らない。
魔王城に勇者が住むなどあり得ない。
それは俺もよく分かっている。
しかし勇者たちが魔王城に住むにあたって、条件を三つ呑んでもらっている。
一つ、俺との勝負に勝てるまで魔王様には危害を加えない、ただし勝負は一日一回のみ。
一つ、勝負の内容は俺が決める。
一つ、以上の条件を勇者パーティー全員が呑むこと。
風邪から治った二人に早速勇者が説得を試みたもののやはり二人の反応は芳しくなかった。
幼女賢者ルルは「あり得ません」と一蹴し、清楚ビッチ聖女システィは「何か裏があるんじゃないんですか?」と疑っていた。
それが当然の反応と言えるだろう。
俺が逆の立場だったら同じように一蹴し、疑っていたに違いない。
しかし勇者は諦めることなく何度も二人を説得し、遂に二人の了承を得ることに成功したのだ。
俺からしたら別に彼女たちが魔王城から出て行ってくれても何も問題はないのだが、彼女たちにとって荒野での野宿生活はやはり何度も経験したいものではなかったらしい。
闇魔法で説得の様子を覗いていたところ、二人が魔王城に住むことを納得した一番のきっかけは、明らかにお風呂に入れるという勇者の苦し紛れの説得を聞いた時だった。
彼女たちのような年頃の女たちにとってのお風呂は日々の疲れを癒すだけでなく、汚れた身体を綺麗にするために欠かせないことなのだろう。
因みに勇者パーティーが魔王城にやって来て三日目だが、初日を除いた二日とも彼女たちは俺を倒すべく勝負に挑んできた。
条件をちゃんと守ってくれるらしく、勝負の内容は俺が決めた。
記念すべき一回目の勝負の内容は、腕相撲。
まず明らかに一番力の無さそうなルルを瞬殺し、システィも同様に倒した。
そして勇者パーティーの怪力と恐れられているらしいエリカは確かに三人の中では一番強かったが、それでも俺には遠く及ばなかった。
むしろ俺が一番危ないと思ったのは、腕相撲の最中に何度もその豊満な胸を揺らし動揺を誘ったシスティだ。
何度その胸に釣られて力が緩んだか分からない。
さすが清楚ビッチと称するに値する。
そして二回目の勝負は先ほどの料理対決だ。
とはいえあんな清楚ビッチな聖女に負けるような俺ではない。
あんな勝負、始める前から結果は分かっていた。
「…………」
しかしこんなのはただの茶番でしかない。
彼女たちは魔王様を倒すためにやって来た勇者パーティー。
そして俺は魔王様の部下だ。
本来敵同士である俺たちがどうしてこんな幼稚とも思える勝負をしているのか。
普通なら血を血で洗うような戦いが繰り広げられるはずだ。
きっと勇者パーティー全員が同じようなことを思っているだろう。
それでも俺に剣を向けてこないのは律儀にも条件を守ってくれているからである。
そして俺自身、どうして勇者パーティーを野放しにしているのか。
俺の実力があれば彼女たちを瞬殺することなど容易い。
それでも俺は魔王様に何かを教える者として、魔王様の教育上よろしくないことは出来ない。
たとえ魔王様が見ていないところだったとしても、だ。
あちらに条件を呑んでもらっている以上、こちらも約束は守らなくてはならない。
まず一日一回、あちらが挑んできた勝負を受けなければならない。
そしてもし俺が勝負で彼女たちに負けたら、その時は彼女たちを魔王様に会わせなければいけない。
そうなれば勇者と魔王の血を血で洗う戦いが本格的に始まってしまう。
そうならないためにも、俺は茶番とも思えるようなこの勝負に手を抜くことなく全力で勝ちにいっているのだ。
「…………っ!」
しかし今はそんなことよりも、もっと重要なイベントが待っている。
俺は今、先ほど料理対決した場所とは異なり、普段から魔王様の食事を作っているキッチンにやって来ていた。
そこでは可愛らしいロゴの入ったエプロンをつける魔王様が待っている。
因みにエプロンは俺の手作りだ。
「魔王様、お待たせしました」
「もー! おそいよ!」
「少し用事がありまして、早速始めましょうか」
「うん! りょうりする!」
どうしてそんな恰好をしているのかというと、なんと今日俺は魔王様と一緒に料理をすることになっているのだ。
厳密にいえば、魔王様に料理を教えるためにこの場を設けたのである。
「魔王様、まずは手を綺麗に洗いましょうか」
「うん!」
どうしてこんな場を設けたのか。
そのきっかけは三日前、勇者にお粥を教えた時のことだ。
俺はあの時、もし魔王様が全く料理が出来ないまま成長してしまったら、と危機感を抱かずにはいられなかった。
俺がいる以上、魔王様が料理をする機会がそれほどあるとは思えないが、それでも「出来る」のと「しない」では大きな差がある。
だから俺はこうして魔王様に料理を教える場を設けることを決めたのである。
「きょうはなにをつくるのー?」
「今日はとりあえずカレーを作ろうと思います。魔王様もカレーはお好きですよね?」
「かれーすき! あれならおやさいがたくさんはいってても、ぜんぜんたべられるよ!」
「それは良いですね。じゃあまずは野菜を切るところから始めましょうか。あらかじめ土などは洗い落としてありますから」
「きる! ほーちょー!」
「はい、包丁を使うので怪我をしないように十分に気を付けてくださいね?」
とはいえ魔王様が使うのは事前に用意しておいた子供用の包丁である。
これなら野菜は切れど、手を切るような心配はあまりないだろう。
しかし気を付けておくことに越したことはない。
俺は魔王様の後ろから一緒に包丁を握るように、魔王様の手を包む。
「それじゃあ切りますよ」
「うん!」
自分の力だけでは切り切れない魔王様に、優しく力を込めると野菜が真っ二つになる。
「きれた! きれたよ!」
「さすがです! ではこのままどんどん野菜を切っていきましょうね」
「うん! もっときる!」
それからは同じようにカレーに入れる野菜を少し小さめに切っていく。
「それじゃあまずは固い野菜から炒めていきますよー」
「どうしてかたいおやさいからなの?」
「そうしないと後から大変なことになるんですよー?」
詳しいことは魔王様がもう少し大きくなってからでいいだろう。
今はとりあえず料理の掴みだけでも覚えてくれればいい。
「ちゃんと全部に火が通るように混ぜましょうね」
「まぜまーぜ! まぜまーぜ!」
「その調子です」
楽しそうに料理をする魔王様の後ろ姿は何とも可愛らしい。
「よし、それじゃあ水を入れるのでしばらくは休んで大丈夫ですよ」
「つ、つかれたー」
ある程度炒め終えたところで水を入れる。
ここからはしばらくすることがないので、休むなら今だ。
魔王様もずっと立ちっぱなしで疲れたのか、椅子に座りながらぐったりしている。
「魔王様は料理がお上手ですね」
「ほんとっ?」
「この調子ならもっと上手になれますよ」
「やったー!」
これから偶にでも料理を教える機会を作っていけば、少なくともエリカのようにはならないだろう。
とりあえずは一安心だ。
「あれ、なんかですとからいいにおいがするよ?」
「ん? 今料理しているからじゃないですか?」
「なんかもっとべつのりょうりのにおいがする!」
断言するように俺の身体に顔を押し付けてくる魔王様。
そこで俺は先ほどまで料理していたことを思い出した。
「き、気のせいじゃないですか?」
実は勇者パーティーと料理対決をしていました、など魔王様には絶対に言えない。
ちょうど一安心できると思ったはずなのに、俺の額には冷や汗が流れていた。
デ「魔王様、次に作りたい料理とかってありますか?」
魔「はんばーぐ!」
デ「魔王様は本当にハンバーグがお好きですね」
魔「だいすき!」
デ「ではデザートとか作ってみるのはいかがですか?」
魔「で、でざーとつくれるの!?」
デ「もちろん作れますよ。ケーキとか作ってみますか?」
魔「け、けーき……! あまいやつ……!」
デ「あ、でも生クリームがないのでやっぱり今日は作れないですね……」
魔「ですとだいっきらい!」