001 魔王様がかわいい
新連載です。よろしくお願いします。
「わらわはさいきょうなのだー!」
そう言いながら空に向ける掌から一筋の雷撃を放つのは俺の主、魔王様である。
因みに御年五歳になる。
穢れを知らない無垢な表情に、雲のような柔肌。
まさに年相応といった容姿を持つ魔王様だが、だからと言って甘く見てはいけない。
今しがた放った雷撃は俗に最上級魔法と言われる、全魔法使いの目指す頂の魔法だ。
それをたった五歳という若さで使うことが出来るのは、さすが魔王様ということだろう。
「さすが魔王様! お見事な腕前です!」
そしてそんな魔王様の傍に控えるのはこの俺、デスト。
魔王様の側近にしてお世話係、そして魔王様の唯一の家来でもある。
魔王様の家来がたったの一人というのは不自然だが、それにも色々と複雑な事情があるのだ。
つまり今、魔王城には俺と魔王様の二人しかいないわけで、正直無駄に広すぎる感が否めない。
「えへへー! わらわすごいー?」
「凄いです! 最強です!」
「やったー!」
しかしそんな悩みも魔王様の無邪気な笑顔に比べれば何ということはない。
俺にかかれば魔王城の掃除など一人で十分だし、魔王様のお世話もむしろ全て一人でこなさなければ気が済まないほどだ。
朝の目覚ましや夜の読み聞かせなんて朝飯前。
着替えだって俺の手にかかればものの一分もかからない。
もちろん全てが努力の賜物なのだが、それも魔王様への忠誠心の証である。
だが子供の成長速度は凄まじいというべきか、少し前まではろくに歩くことさえ出来なかったはずの魔王様が今では自らの意思であちこちと歩きまわるようになった。
そのせいで魔王様から目が離せなくなったというのもあるが、それ以上に主の成長を喜ぶべきだろう。
最近では今のように魔王城にある庭園から空に向かって魔法を放つのが魔王様のブームらしい。
消費魔力が激しいはずの最上級魔法を何度も空に向かって放つ姿は幼いながらも魔王の力というのがよく窺える。
しかしそんな魔王様に間違った道を歩ませないのもお世話係の仕事だ。
魔王様の未来を考えて、時には厳しく、世の中の常識というやつを教えなければいけない。
「魔王様? 何をしているんですか?」
そんなことを考えていると、空に魔法を放っていた魔王様がいつの間にか地面にしゃがみこんで何かをしている。
俺が一歩近づくと、魔王様は俺に背中を向けてくる。
「まだだめ!」
魔王様はそう言うと、再び集中して何かをし始めた。
一体何をしているのか気になるところではあるが、魔王様にだめと言われれば大人しく従うしかない。
「や、やっぱり気になる……!」
とは言ったものの、魔王様に嫌われたりしたらそれこそ死の宣告をされるようなものだ。
俺は欲求に抗いながら震える拳を握りしめる。
だがこのままでは我慢するのは難しい。
何か気を逸らせるものはないだろうか。
俺は座り込む魔王様から少しだけ離れると、庭園の端に向かう。
「まじで何もないな……」
魔王様が身を乗り出して落ちたりしないように若干高めの囲いから、辺りを見回してみる。
見渡す限りの荒れた大地が広がっているのみで、城下町はおろか、何かが動く気配すら感じられない。
「魔王様のことを考えるともっと自然に溢れたところで暮らしたいところなんだけどなぁ……」
どう考えてもこの城では魔王様の教育によろしくない。
魔王様には命の大事さについてもっとよく知ってほしいところなのだが、こんなところではそんなことを教える方法はほとんどないのだ。
「とはいえそんな場所なんかにあてがあるわけもなく」
本当ならもっと勉強に相応しい場所があるだろう。
例えば大勢の民がいる都なんかは物の流通なども豊富で、色んなことを学ぶことが出来る。
しかし魔王様がそんな場所に行けるわけもない。
「せめてもう少ししたら魔王城の外にくらいは連れ出してみるか。特に何があるわけでもないけど」
結局は世界と隔離されたようなこの場所に建てられた魔王城から離れることは出来ないのだ、とため息が零れる。
「ですと!」
「ま、魔王様。どうしましたか?」
そんなことを考えている内に、どうやら魔王様がすぐ近くまでやって来ていたらしい。
そのことに服の裾を引っ張られて初めて気が付いた。
「ちょっとしゃがんで!」
「……?」
急いで俺にしゃがむように裾を引っ張る魔王様を不思議に思いながらも、上目遣いの魔王様に抗えるわけもなく、俺は大人しく目線を低くする。
そしてちょうど目線が魔王様と同じくらいになったあたりで、魔王様が後ろ手に隠していた何かを突然俺の頭にのせてきた。
「こ、これは草冠ですか……?」
頭にのっかる感触は間違いなくそれだ。
俺は戸惑いつつ、目の前で笑顔を浮かべる魔王様に尋ねる。
「うん! ですとのためにつくったんだよっ」
「っ……!」
見て見て! とせがむ魔王様に従って頭の上の草冠を手に取ってみると、不格好ながらに植物の輪がしっかりと作られている。
しかし俺は魔王様にこんなものの作り方を教えたことはない。
俺以外に情報源などあるはずがない魔王様がこれを作ったということは自分なりに考え、庭園に生えている草を使って一生懸命作ってくれたのだろう。
子供の成長速度は凄まじいと思うべきか。
それ以上に魔王様が俺のために何かを作ってくれたことの感激で一杯だった。
「魔王様、ありがとうございます。大事に部屋に飾らせていただきます」
「えへへ! よきにはからえー!」
どこか誇らしげに意味の分からないことを叫ぶ魔王様だが、今はそんなことはどうでもいい。
とりあえずこの草冠は新たな俺の宝物には違いないのだ。
管理方法は要検討ではあるが絶対に守ってみせる、この草冠。
「魔王様! 俺に何か出来ることがありましたら、何なりとお申し付けください!」
「ほんとっ? なんでもいいのっ?」
「はい! 何でも!」
こんなに素晴らしいものをくれたのだ。
俺も何かお返ししなければ気が済まない。
世界征服でも何でもしてあげたいところではあるが、魔王様の教育上よろしくないのでそういうのはなしだ。
もちろん可愛くて仕方がない魔王様がそんなことを口走るはずもないのだが。
「じ、じゃあこれからぴーまんをたべたくないです!」
「却下します」
「にゃあああああああああああああああああああああ」
残念だがそのお願いは聞けない。
魔王様に健康的に成長してもらうためには栄養管理を怠るわけにはいかないのだ。
それに好き嫌いは魔王様の教育上よろしくない。
「う、うそついた! いっつもうそはよくないっていってるのに!」
「それとこれとは話が別です」
魔王様が涙目になって抗議してくるが聞く耳は持っていない。
「うぅぅぅぅぅ……! それならそのくさかんむりかえして!」
「嫌です。これはもう俺のです」
誰が何と言おうと、この草冠は渡さない。
それがたとえ魔王様であったとしても。
「うぅー! いじわるなですとなんかもえちゃえ!!」
「なっ!?」
涙目の魔王様はついに堪えきれなくなったという風に、火属性の最上級魔法を俺に飛ばしてくる。
俺は慌てて防御魔法を張り、巨大な炎を打ち消す。
もちろん魔王様の魔法なんかでどうにかなる俺ではないし、それは魔王様も重々承知している。
だが万が一この草冠に火の粉が燃え移ったりしたらどうするつもりだ。
「魔王様! むやみやたらに人に魔法を向けてはいけないといつも言っていますよね!」
「で、でもですとだし……」
「そういう問題ではありません!」
「う、うぅ、ごめんなさい……」
いくら俺が大丈夫とはいえ常日頃からそんなことをしていれば、いつかは何の躊躇いもなく魔法を誰かに向けるようになってしまうようになるかもしれない。
魔王様にはそうはなってほしくない。
だからこういったことは逐一叱っていかなければいけないのだ。
魔王様もやりすぎたと自覚しているのか、それとも叱られたことで落ち込んでいるのか肩を落としている。
「……じゃあピーマンを残さず食べられたら、今度魔王様の好きなものを作ってあげますから」
「ほ、ほんとっ!? じゃあはんばーぐがいい!」
俺の妥協案に、はっと顔をあげる魔王様。
その顔はこれまでとは打って変わって輝いている。
もしかしたらこれでは魔王様に甘すぎるのかもしれないが、それでも魔王様の元気がないのは嫌なのだ。
それに今の表情を見れば、妥協案も間違ってはいなかったと思える。
「えへへ! はんばーぐたのしみっ」
恐らく既に魔王様の頭の中はハンバーグで一杯で、その前にあるピーマンはもはや一片も残ってはいないのだろう。
だが今の魔王様に水を差すのはやめておこう。
嬉しさを表現するあまり、空に最上級魔法を撃ちながら満面の笑みを浮かべる魔王様。
あぁ――――めっちゃ可愛い。
デ「魔王様! 新連載ですよ新連載!」
魔「しんれんさいってなーにー? おやさい?」
デ「違いますよ! 俺たちの普段の様子とかをたくさんの人に見られるようになるんです!」
魔「おおー!」
デ「魔王様もこの凄さが分かってくれましたか!」
魔「わかんない!」
デ「と、とにかくこれから少しずつ俺たちのことを紹介だったり、普段の様子を見せていったりするので」
魔「そうなんだぁ。まぁどうでもいいや!」
デ「どうでもよくはないんですけど、とりあえず今回はこれくらいにしましょうか!」
魔「ですとうるさい!」
デ「あわわ……。魔王様すみません!」