再会
一年と四ヶ月前——
四月一日と言えば、新たな門出の日だ。周りの人間に祝われ、これからの新しい生活に夢や希望なんてものを抱いているのだろう。現に俺の周りにいる奴らは両親や兄弟達と談笑し、その目には一切の曇りもない。
そんな奴らの間をすり抜けて、貼り出されているクラス分けの表を確認しに向かう。
しかし、それを阻むかのように人の壁が作られ、終いには立ち往生させられてしまった。
というのも、かなりの進学校で私立高校という事もあって入学希望者は毎年かなりの人数だ。そして、一定の点数を取った者は全て入学させるという事を行っている所為で、日本一のマンモス校になってしまっている。
このまま道が開くのを待っていては埒が明かない。仕方なく、強引に人を掻き分けて押し通り進んで行く。
何度か肩が強く当たって睨まれたりしたが、そんな事を気にはしない。俺がここにいる目的は良い大学へ進学する為でも、友達作りの為でもない。目的はただ一つ——。
人を掻き分け続けて、少し距離はあるが名前を確認できそうな所までやって来た。そのままではよく見えなかったが、背伸びをしてみるとはっきりと視認することができた。
自分のクラスを確認できたことだし、もうこんな所に用はない。さっさと教室へ行って、机に突っ伏して式が始まるまで時が過ぎるのを待っていたい。
他の貼り紙を見ている者達をまた掻き分けて校舎の方へ向かう。それもまた面倒な作業だったが、人混みを抜けてしまえばもう邪魔は無い。早足で自分の教室へと向かう。
俺以外に校舎の方へ来ている生徒は今の所は見られない。確かに、自分と同じクラスの人間を見つけたり、友達と集まって名簿番号がどうだのとどうでもいい事を話している奴らが殆どだろう。だから、ここにいるような者はみんな俺みたいな変わり者の筈だ。
校舎の中に入り、廊下を歩く。一年の教室は三階で、一番東側が一組で、そこから二組、三組、と順に並んでいる。
「ん? 足音……?」
窓から外の景色を見ていて前を見ていなかった。聞こえてきた足音は小さく、離れた所からは聞き取れないだろう。現に俺は、よそ見をしていた所為で数メートル手前にまで足音の主が近づくまで気が付かなかった。
俺は彼女が手の届く距離に来た時、足を止めた。
彼女は日本人としてかなり異質な者だった。髪は、後ろは腰まで届きそうな長さなのを一つにまとめて、前髪は一つのまとまりが眉間を通って斜めに突き出ている。これだけでもかなり変わっているが、髪に関して最も注目すべき所はその色だ。何かで染められたような色ではなく、そういうモノとして存在している白髪。
さらに、髪以上に異質だったのが、瞳の色だ。赤い、これまで何度か赤い瞳を見た事があるが、それとは比べ物にならない程に赤い。
この二つの点以外はごく普通の少女なのだが、それだけで彼女は別世界の人間のようだった。
彼女の赤い目は手にしているケータイの画面を凝視していて、こちらに気が付いていないのか俺に見向きもしない。
そして、そのまま横を通り過ぎたのだが、その際に一瞬見られたような気がした。そのような気がしただけで実際どうなのかは分からないが……。
俺はしばらくその場で突っ立っていた。驚いていた。彼女の白い髪、赤い目に? ああ、そうだ。確かにそうだ。それもあるけど、違う。
見紛う筈は無い。あの顔は六年前に食い入るように見つめていた顔だ。頭の中ではどうして、何故だ、と同じような言葉が延々と繰り返されている。体はショックで動かない。別人だと思い込もうとする自分も居る。
それもその筈、初恋の相手が変わり果てた姿で現れたからだ——。
式が終わり、教室に戻ってきた。
席に着いた後、担任が自分の名前を言ってから施設や部活動の説明が始まった。入学する前にパンフレットで散々見た内容をここで言う必要性を感じない。
説明が終った後、先生が改めて自己紹介をした。ついこの間大学を出たばかりの新卒だそうだ。どうでもいい。
それに続いて名簿番号順に俺達もする事になった。俺の順番はすぐにやってきて適当な言葉を並べてさっさと座り直した。その後の生徒も当たり障りのない事を言っているだけで退屈な時間だ。
俺の少し後、十二番目の斎藤さんまで終った時。教室に少しのざわめきが起こった。
俺は窓から外を見ていたから何なのか分からない。しばらくしてもざわめきは収まらず、いい加減気になって目を向けた。一目見ただけでは何の問題もないように見えたが、ポッカリと穴が空いている事に気がついた。順番が回る筈だった後ろの席には誰も座っていなかった。
慌てて先生が書類をパラパラとめくり始めて「さっきは全員揃ってた筈なんだけどなぁ……」、「あれ……どこ行ったかなぁ……」とブツブツ言っている。
机の上の書類全部に目を通してようやく目的の物を見つけたようで、「あった!」と声を上げた。その声でざわついていた教室は静まって、視線が先生の方へと集まる。
「えっと、名簿の十三番は篠田結月さんという白い髪の女の子です。仲良くしてあげてね。今日は多分、体調不良で早退したんだと思います。では次、東雲さん、どうぞ」
先生が軽く篠田の事を説明した。みんな気にしてざわついた割にはふーんと言う程度の反応だった。
先生に促されて次の東雲という女子が話始めたがその内容は頭に入ってこない。今、俺の頭の中は篠田の事以外は考えられなくなっている。
やっぱり、さっきすれ違ったのは俺の知ってる篠田結月で間違ってなかった。
六年前、突然会えなくなってしまって、ようやく話す事ができるかもしれない機会だ。聞きたい事が色々とあるし、あわよくばなんて事も考えてしまう。
いや、何を考えてるんだ。今は女に現を抜かしていいような時ではない。
俺は、母を殺した奴等を殺す。今は結月の事は忘れろ。
中の物を落っことして、頭の中を切り替えようと振ってみる。が、全てを捨てる事は出来ずに、頭の隅で結月の事を考えてしまっていた。
母を殺した奴等は暴走したはぐれのサイボーグだったらしい。なぜそんな暴走をしてしまうのか、理由を聞いたかどうかは覚えていない。だが、どんな理由があろうが母を殺した罪は消えない。絶対に見つけ出して命を以って償わせてやる……!
しかし、入学式から一週間。サイボーグ関連の事件が起こった現場や奴等が塒にしていると言われている廃墟を回ってみたものの、コレといって収穫の無いもどかしい毎日が続いている。
そして、もう一つ納得できない事がある。それは……。
「今日も結月は休み……か……」
そう、結月が入学式以来一度も学校に姿を現していない。それに、その姿を見たのは恐らく俺だけだろうから、他の奴等からすればただの不登校だ。
自分の席から結月の席を見ていると溜息が出てしまう。六日連続六回目、コレがどれだけ続いてしまうのか……。
今日も諦めて、窓の外を眺めて過ごそう。そう決めて窓の方を向こうとした時、目の端で誰かが立ち上がるのが見えた。こちらの方を向いていたように見えた。話しかけられたら面倒だな……。
俺は気が付いていないような素振りで外を見ようとするも、そうはさせまいと俺を呼ぶ声が背中に突き刺さる。
「ハイッ! ストップ! こっち向いて〜」
わざと聞こえるように舌打ちをして帰らせようと思ったが、聞こえなかったかのように話し始めた。
「さっきコッチ見てたよね?」
「見てねぇよ、偶々そっち見ただけだろ。てか、だから何だよ」
「別に何も無いけどね。ふーん、偶々毎日同じ時間帯に同じ所を見るんだねぇ……。本当は理由、有るんでしょ?」
机に両手をついて面白そうな物を見る目で俺を見ている。このままはぐらかそうとして変な誤解でも持たれたらその方が困るか。
「お前の前の席の篠田って奴、知り合いなんだよ。……何年も会ってないけど」
「へぇ、そうなんだ! だから、『今日も来てないなぁ』って見てたんだ」
東雲は、篠田の席を見て、俺の声真似をした。こういうテンションの奴は苦手だ。文句を言いたくなるような出来のモノマネだったが、今は許して感想は何も言わずに帰れと吐き捨てる。
「あ〜、ゴメンゴメン! おっと、先生来た! じゃあね〜」
そう言って東雲はバタバタと自分の席へ帰って行った。ああ騒がしくされると頭が痛くなる。ただでさえ寝不足で頭痛がしてるのに……。
謝ってはいたが、許せそうにない。奴の方を睨むと、ぽけ〜っとした顔で授業を聞いていた。集中出来ていなくて、授業なんか上の空みたいだ。その様子を見ていると睨んでいた顔も緩んでしまう。
そんな時に丁度俺が見ている事に気がついて、こっちを見た目と合った。初めは何だろうという顔をしていたが、俺の顔が緩んでいたせいなのか笑い返してきた。
笑い返された事に関しては、特に何も言う事は無い。しかし、その顔には不意打ちを食らわされてしまった。整った顔だと思っていたが、その笑顔にここまでの破壊力があるというのは想定外だ。
俺は赤くなった顔を見られまいと、窓の方へと顔を背けて
「あいつ、何なんだよ……」
と、外を見ながら誰にも聞こえないように呟いた。
背中にはまだ視線を感じる。どうせ俺が逃げた理由を察して笑ってるんだろ。ずっと見てたってもう向かないぞ……。
……外を見てるだけだと視線が気になる……。ノート取ってたら気が紛れるだろうか。
と、思って真面目に授業を聞いてみたが、そんなの関係無く、ガンガン視線が顔の右側に突き刺さる。
見たら負け、見たら負け、見たら負け……、絶対見ないからな。そう思うって意識していると、段々と顔が強張って険しい表情になってしまう。特に、東雲の視線を受ける顔の右側に力が入ってしまう。
一分……二分……と、何とか耐える時間が続く。この無言の攻防は二十分以上にも及び、頬の感覚がよく分からなくなってきた。
そして、とうとう俺の頬は限界を迎え、頬が攣るという初めての経験がやって来た。
「うっ……、攣った……」
呻き声を殺して、頬を抑える。顔が攣るなんて事になるとは思わなかった……。
痛みが治まった後、無意識に東雲の顔を見てしまった。東雲は口に手を当てて、今にも吹き出しそうな程笑っている。
睨み付けて目で止めろと言っても止めるどころか、机を叩き始めてエスカレートしてしまった。
これ以上笑われるのは癪に障る。いい加減やめさせる為に席を立ちそうになるが、ここはなんとか堪えて腰を浮かせるだけに留めた。
この様子を見ていた東雲は更に笑い出し、腹を抱えて机を叩いている。そんなに笑うような事なのか……? アイツの頭の中はどうなってるんだろうか。
「って、アホかアイツは……」
誰でもわかる事だが、アレだけ騒げば当然視線は集まる。俺も結構目立ってたかもしれないが、アレ程違う所で注目を集めれば俺を気にする者なんていないはずだ。
そして、先生が何も言わないはずもなく、東雲は注意された。注意されてようやく騒ぎ過ぎていた事に気がついた東雲は、先生とクラスメイトに申し訳なさそうに笑いながら頭を下げた。クラスメイトからは好意的な笑いが起きて、和やかな雰囲気だ。
その雰囲気の所為なのか、先生も授業を止めて笑い出した理由を東雲に尋ねた。
「えっ、あー」
少し考えて、俺の方を向いた。
「江崎が変顔してくるんですよ〜。注意して下さ〜い」
「はぁ? 俺? してませんよそんな事!」
必死に否定したが、東雲が更に話を続ける。
「いや、ホントに面白かったからね! こーんな顔してたから、こーんなの!」
そう言ってさっきの俺の顔を真似し始めた。かなりオーバーで絶対に違うのだが、それを見たクラスメイト達はゲラゲラ笑い出して俺が何か言う間も無くなった。
あの後、東雲以外から話しかけられなかったのは今までと変わらなかったが、周囲から俺に向けられる視線が増えた気がする。どうせなら話しかけられた方が精神衛生上まだマシだ。
「もういい、忘れろ。余計な事は」
頭の中に今日の出来事がこびり付いて離れない。いつか、穏便な方法で仕返ししてやらなければ。
「ここか……」
犯罪はどこでも起きるが、普通は人目を避ける。しかし、普通ではないサイボーグはそんな事を気にはしないようだ。
今、俺が立っている路地裏は少し表に出れば飲食店が並んでいる。当然、夕飯時になれば家族連れが増え、更に遅くなると今日一日の憂さを晴らす会社員がやって来る。
こんな風な場所がすぐそこにあるのにサイボーグはこの場所で人を殺した。奴等からすれば獲物を手軽に得られる事の方が、人に見られるリスクよりも重要なのだろう。
しかし、この現場には不可思議な点がある。サイボーグによる殺人ほど頻繁では無いが、逆にサイボーグが破壊され、その残骸が転がっているという事が起こっているらしい。不意打ちをして破壊したという可能性もある事にはあるが、不可能に近い。現実的に考えれば仲間割れでもしたのだろう。
日はとっくに落ちていて、頼りになるのはポツポツと立っている街灯と月明かりだけだ。それでも、路地を歩いて『殺人機』を探す。
この周辺の地図を持っていないから、手当たり次第に角を曲がる。そうして数十分後歩いただろうか。同じような建物ばかりで方向感覚が無くなってしまった。その上、かなり入り組んでいる所為で、一発で表通りに出る事はできないだろう。
獲物としてここに追い込まれた人間は、今の俺のような状態になってしまい逃げる事が出来ずに殺されたのだろうか。
更に数十分彷徨っていると、段々表通りの喧騒が耳に入ってくるようになった。
「今日はもう切り上げるか……」
左腕を見ると、時計の針は十二時を過ぎていた。こんな事をしているのに、学校の事を考えているなんて自分でも可笑しく感じる。
方向感覚が無い所為でどっちに歩いて行けばいいのか分からないが、人の気配がする方へ向かう事にした。
そうして歩いて行くと行き止まり……また行き止まり……またまた行き止まり……。
「ヤバイ……完全に迷った……」
迷ったと気が付く前に既に迷っていたと気が付くなんて事はよくある。でも、それが今起きるなんて……。
ケータイを使おうにも、ついさっきバッテリーが切れてしまい使い物にならない。クソッ……、東雲が勝手に弄ってた所為でっ……!
もう、考えても仕方ない。何としても闇雲に歩いてここから脱出しなければ。
歩き続けて一時間余り。全く状況は改善されずに変わらないままだ。
時計を見るともうすぐ二時。丑三つ時と言えば、幽霊なんかが出てくるとか言われている。そんな物を信じるつもりは無いが、はぐれサイボーグなんかが存在している今のこの世の中だ。幽霊が出て来てもおかしくない気もする。
「どっち行けば良いんだ……これ、はぁ……」
どうしようもなくなって空を見上げる。空には満月が登っていて、俺が帰る事が出来るように辺りを照らしてくれている。
「うわっ……雲か……」
その照らしてくれていた月も雲がかかってしまい、ほぼ完全に暗闇と化してしまった。
それでも、動かなければ何も変わらないのは言うまでも無い。
仕方無く気の向くままに歩いていると、何かが近くを通ったような気配がした。
「まさか……な……」
信じていないとはいえ、この暗闇だと少し気になってしまう。
そして、歩き続けると今度は人の話し声が聞こえてきた。人に助けを求めるのはあまり好ましく無いが、今はそんな事を言っていられる立場じゃ無い。
声の方へ走って向かい、すぐそこの角を曲がった所から声が聞こえると言う距離までやって来た。
すぐに声をかけて脱出の協力を頼みたかったが、聞こえて来た話の内容はそんな呑気な事を言っていられなかった。
「最後に言い残したい事はあるか……」
女の声だ。怒りと憎しみが籠って今にも人を殺しそうな……。
角から覗き込んでみると、さっきの声の主と思われるフードを被った女の周りを男達——女もいるかもしれないが——が取り囲んでいた。街灯に照らされているおかげで、フードの女は置いておいて、他の奴等の顔が見えるくらいの明るさはあった。
周りの奴らは女を嘲笑い、どのように殺してやろうか、どう楽しむか、という内容で盛り上がっている。奴らが本当に俺たちと同じ人間だとは思えない。
そして、それを聞いて気が付いた事がある。
「……同じだ……、これまでの殺人と……」
ここに来る前に見た記録の殺害方法と同じ方法を奴等は口にした。普通の人間の殺人とサイボーグの殺人では明らかな違いがある。なのに一致したという事は、奴等はサイボーグの可能性が高い。いや、そうに決まっている!
俺は腰の銃をホルスターから引き抜き、奴等の一人の頭に狙いを定めて引き金を引いた。
狙いは完璧だった。弾丸の軌道は正確に頭を貫くはずだった。しかし、銃弾は空を切り闇の中へと消えた。
避けられたと理解した時にはもう俺の運命は決まってらいた。さっき俺が狙った頭が無傷で俺の目の前に突き付けられ、そいつの持っていたバットが振り下ろされた。
「あっ……」
呆気ない。こんな終わり方認めたくないけど、体は全く反応してくれない。一体も殺せずに死ぬなんて……クソッ!
反射的に目を瞑ってしまった。諦めた訳ではないが、そう取られてもおかしくないか。
「貴様、私に背中を向けるとは。命が惜しくなかったのだな」
目を瞑っていたから何があったのかは見ていない。それでも、真っ二つになった男の体の間から日本刀を振り下ろしたフードの女が現れた所を見れば、状況を飲み込む事はできる。
断面からは赤い液体が噴き出し、俺の体に降り注がれる。これは人の血ではない、体内環境を維持する為の循環液だ。
更に中の物が溢れ出てきた。かなり段階の進んでいたサイボーグだったようだ。心臓、内臓、から毛細血管までもが全てが本来の物と入れ替えられている。
散らばった中身から女のいた方へ視線を戻すと、もうそこにはいない。
もう一度視界に捉えたのは数秒後。その時には、更に三体分の肉塊が細切れにされて辺りに散らばっていた。
残っているのはあと三体だけとなり、そのうち一体の両腕が切り落とされ、今にも……いや、もう死んだ。
女は一撃一撃に怒りと憎しみを込めているのが分かる程、力任せで荒々しい。しかし、あれほど乱暴に扱って折れない刀が現代にあるなんて。
残りは二体は、もう冷静に物を考えられる状態では無いようで発狂しながら女に飛びかかった。それも、簡単に躱され一体は左腕を落とされ、もう一体は真っ二つに斬られて、上半身と下半身に分かれた。しかし、それだけでサイボーグは死ぬ事はない。くっ付ければ元通りになって好き勝手に活動してしまう。女はその辺り抜かりなく、今度は上半身を縦に真っ二つにした。
「な、何だ⁈」
仲間の死を見て次は自分が同じ姿になるのだと発狂した最後の一人が、俺の方へと突進してきた。しかし、俺の方に向かって来てはいるが、俺の事は認識していないようで、目の焦点が合っていない。
「そうか、死ね」
女とサイボーグとの間には二十メートル程の距離があった筈だが、サイボーグの胸からは刀が突き出している。
当然それだけではまだ仕留めた事にはならない。女は一気に距離を詰めて右の拳を頭部に打ち込んだ。
「爆ぁぁぁぜろっっっ!!!」
次の瞬間、拳を打ち込まれた頭部は本当に弾け飛び、周囲に肉片や鉄屑が散乱した。
爆発で飛び散った物をもろに受けたのは俺だけでは無く、フードの女も同じだった。爆風で女の被っていたフードが捲れてしまって、循環液や皮、肉片がモロに顔に直撃している。
それを右腕の袖で拭い、左手で残骸に刺さった刀を引き抜く。一振りして刀の付着物を落とし、アスファルトに突き刺した鞘へと収めた。
「ゆ、結月……だよな……?」
目の前の惨劇を作り出したのが、初恋の相手なんて理解が追い付かない。
それでも、この顔は先週すれ違った相手。その相手は篠田結月だ。理解出来なくてもそれは分かる、理由は分からないけれど。
名を呼ばれた『白い死神』は俺の目を見て答えた。
「ああ……そうだ……」