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第七話 再び現れた脅威

 今、目の前には見たことの無い甘いと思われる物が大量に並んでいる。そして、それは全て篠田の腹に消えていく運命にある。見てるだけで胸焼けしそうな程の量だ。

 今日は珍しく篠田に呼び出されたかと思ったら行き先は甘い物の店で、今いる店で四軒目になる。いつもは静さんと一緒に甘い物巡りをしているらしいが今日は静さんに用事が入っていたらしい。そこで目を付けられたのは俺だった。

「よくそんなに食えるな……」

 俺の言葉に反応して篠田は何か言っているが口がパンパンで言葉になっていない。

「飲み込んでから話せって」

 かなりの量を口に入れていたが数秒で飲み込んだ。しかし、口に甘い物を運び続けるのは止めなかった。

「甘い物は別腹だからな。江崎は食べないのか?」

「もう食ったんだよ!」

 一軒一軒での量はそんなに多くなかったが、四軒も回ったとなると話は別だ。もう十分俺の別腹は満腹だ。というか、篠田は甘い物しか食ってないだろ!

 篠田はそれから数分で机の上にあったもの全てを平らげてしまった。これまでの流れからそろそろ次の店に移動する頃だ……。

 俺は恐る恐る篠田に聞いてみる。

「次……行くのか……?」

「いや、今日はもうダメだ。この時間ではもう閉店している所が多い。仕方ない、帰ろう」

 ようやく解放される……自然と体が軽くなるような気がした。

 ————

 店を出ると日曜という事もあり人通りがかなり激しくなっていた。

「うわっ、人多っ!」

「これでは思うように動けないか……人通りが落ち着くまで何処かに入っていようか……」

 それは聞き逃せない言葉だ。次は絶対無理だ、絶対吐く。

 さっさと帰る方法をどうにかして見つけないといけない。人通りが少ない所を無理矢理にでも見つけてそこから何とか帰れないか……。

「あっ! あそこを通れば良いか!」

 突然大きな声を出したから周りの人が少しこちらを見た。篠田も何だ? という顔でこちらを見ている。

「ついて来いよ。良い道あるから」

 そう言って俺は篠田の手を引っ張って歩きだす。

「おいっ……! 何をするつもりだ?」

「ここの近くで人通りの無い道。お前も知ってるだろ?」

 俺としてはあんまり思い出したく無い所だ。その道を通ってしまったから散々な目にあってきた。でも、篠田や他のみんなとの今の関係はこの道を通らなければ無かっただろう。

 人を掻き分けようやく目的の路地に着いた。篠田の手を握っていた手は汗でビチョビチョになってしまっていた。

「ごめん、結構強引に進んで。大丈夫か?」

 人の流れが激しく、後ろにいる篠田を振り返っている余裕がなかった。篠田は表情を変えずに問題ないという風に軽く頷いて歩み出した。

 この路地は俺と篠田が初めて会った場所……いや、再会した場所だ。その頃の篠田は両親を殺された復讐のためにサイボーグ集団と戦っていた。そして、その現場となっていたこの路地を俺が偶然通って、篠田とサイボーグの戦いを目撃してしまった。篠田は口封じの為に、俺に死ぬか仲間になるかという選択を与えた。もちろん今生きているのは仲間になったからだ。

「篠田」

 話す事など無かったが何となく名前を呼んでしまった。

「何だ?」

 何も無いとか言い難い……。適当な事を言ってしまおう、それでこの場が凌げればいい。

「この路地どう思う?」

 篠田は何言ってるんだコイツ? って思ってるだろうな……。篠田の顔を見ると表情は全く変わっていなかった。

 俺達はしばらく無言で歩いていたが、突然篠田が立ち止まった。そして、俺が篠田の方に振り向くと同時に聞こえてきた。

「好きだ」

 唐突な告白か……? いやいや、そうでは無い。さっきの質問に答えたんだ。

「考えてたんだな……。それって何でなんだ?」

 さっきの無言の時間は質問の答えを考えてくれてたみたいだ。

 篠田は表情を変えずに話し出した。

「そんなの一つしかない。お前と再会できたからに決まってる。お前と再会できなかったら私はとっくに戦いの中で死んでいる。もし生きていたとしても薬の副作用で今みたいな生活は出来なかっただろう。今こうしていられるのはお前のお陰だ、ありがとう……」

 そこで言葉を区切って篠田は歩き出した。そして、俺を追い越し数メートル前で立ち止まった。

 今は篠田の顔が見えないから表情はわからない。だが、俺の横を通った時に少しだけ見えた気がする。

「長ったらしく話したが本当はもっと単純な理由なんだ。私は…………」

 言葉はそこで止まった。俺は何も言わずに篠田の言葉の続きを待っていた。

 だが、おかしい、篠田の後ろ姿からさっきまでの温かさは伝わって来ない。今の篠田の後ろ姿からは冷たいモノしか感じられない。

「江崎……引き返せ」

 篠田の声はさっきまでと違い鋭くなっていた。こんな声を聞くのは半年前にサイボーグ達との決着をつけた時以来だ。まさか……。

 俺は篠田の見ているモノが何なのか確かめる為に篠田の横に立った。篠田はまた俺に引き返せと言っている。だが、そんな事出来るはずがない。

 闇の中に赤い光が二つ、見間違えるはずが無い。篠田と再会した時に見たサイボーグの目と同じだ。

 しかし、何故だ……? 奴らはあの時全て破壊した筈だ……。

 赤い光が揺れ動き、より強く光り出した。恐らく、俺達を殺す為に接近しているのだ。

「どうするんだ⁈ 篠田!」

 今俺達に武器は無い、丸腰だ。こんな状態でサイボーグと戦って勝てるはずが無い、確実に二人とも殺されてしまう。しっかりと装備を整えて戦っていた半年前でも戦闘の後はボロボロになっていたんだ、死は疑いようがない。

 しかし、篠田には逃げる素振りは無い、むしろサイボーグと戦うつもりの様に見える。どうやって戦うつもりだ……?

「江崎……下がっていろ。私がやる」

 そう言って篠田は自分のシャツの中に手を突っ込んで何かを引き千切って引っ張り出す。篠田の手には注射器が握られていた。

「お前、それって……! 駄目だっ!」

 俺は注射器を持った篠田の腕を掴んでそれを取り上げる。

「何をする!」

「言っただろ! お前を守るって!」

 篠田ははっとした様子で大きく目を見開いたまま動かない。

敵はもうすぐそこまで来ている気配を感じる。時間は無い。だが、カッコつけた後で言いにくいが正直な話、薬を打つのは怖い。心臓を刺すのを失敗すれば戦う前に死んでしまうし、使用後の副作用は薬を使う度に酷くなっていく。そんな副作用があるにも関わらず薬を使って来た篠田の体はボロボロになってしまった。今は薬を使っていないから大分体は回復したが、もしまた薬を使ってしまうとまた副作用に体が蝕まれていつ死んでしまうか分からないようになってしまうかもしれない。篠田を守れるのは俺だけだ。

 俺は意を決して心臓を突き刺す。刺すと同時に薬が注射され身体中に流れ出すと同時に感じる嫌悪感もかなりの苦痛だ。しかし、薬が身体中に流れて数秒で嫌悪感が無くなり効果が現れる。見るからに筋肉量が増え、視覚、聴覚がより鋭敏に強化される。そして、頭の中の雑念は消えてクリアな状態となり、視覚、聴覚から得られた情報の処理速度が格段に上昇する。

 サイボーグとの戦いでは一度の判断ミスをしただけで体に風穴を開くことになる。そのようなミスを犯さないためにも最適な行動を導き出す事のできるクリアな思考、確実にそれを実行する肉体を得ることができるのがこの薬だ。

「すぐに終わらせる……」

 地面を蹴った瞬間に俺の体は闇の中へ消えた。

 サイボーグは生身の人間に機械を埋め込み改造し、命令に忠実に行動するように調整された人に取って代わる新たな兵器だ。

 サイボーグに感情は無く命令を淡々とこなす。殺せと言われれば対象を殺し、戦えと言われればどんな状況であろうが機能が停止するまで戦う。そんな敵を相手に恐れるなというのは無理な話だ。

「ハァァァァッ!」

 しかし、今は恐怖も何も感じない。サイボーグを倒すには同じ領域に至る、あるいは超えるしか無い。そして、俺は今その領域に一時的に至っている。これでほぼ対等な条件の中での戦い、後は相手を上回ればいいだけだ。一つのミスでも死に繋がるがそんな事は考える必要は無い、論外だ。

「お前は江崎祥汰だな?」

「……。どうして俺の名前を知っている?」

 お互い数発打ち合い少しの距離を取り相手の出方を伺う。その時、突然敵が一言俺に問いかけた。その言葉だけで俺は嫌な、考えたくも無い結論に至ってしまった。そんなのは認めたくない。

 サイボーグを生み出すことが出来るのは奴かその仲間しかいない筈だ。もし、このサイボーグを差し向けたのが奴なら俺の事も篠田の事もよく知っている奴だ。サイボーグを差し向けた理由も分かる。しかし、半年前に俺達と戦って死んだ筈の人間がどうしてこんなことが出来る……?

「江崎祥太本人と確認した。目標の優先順位を変更し、任務を続行する」

 機械的な言葉が終わると同時に刺客はこちらへ飛びかかってきた。

 やはりこちらの質問に答える気は無いようだ。命令に忠実に行動する機械の口から何か情報を抜き出すことは出来ない。

 ならば、この機械の頭の中から脳(記憶媒体)を奪い、直接抜き出してやるまでだ。

 この戦闘での目的は決まった。記憶媒体を奪い取る。その為にする事は目の前の機械人形の頭を残して他の部分は叩き潰す。それだけでいい。

 優先順位を変更したと言っていたから元々の第一目標は篠田だったのだろうが、変更したという事は俺が第一目標になっている筈だ。俺が死ななければ篠田に危害は及ばないだろう。篠田を守る事を考えなくてもよくなり、目の前だけに集中することが出来る。

「ふっ……さっさと終わらせてやるよ」

 俺は飛びかかってくる敵を待ち構え、一撃で首を刈り取ろうと頭をめがけて足を振り上げた。

 しかし、敵はそれを受け流し俺の目の前に着地した。そして、互いに考える事は同じで腕を鞭のようにしならせて俺の首を取ろうとした。それをなんとか仰け反るように躱したが、それによってバランスが崩されてしまった。

 そこに間髪入れずに足払いが飛んできた。頭からアスファルトに突っ込みそうになったが、ギリギリ手が間に合い体勢を立て直すことができた。

 しかし、敵が目の前から消えてしまっていた。背後にも気配が無い……ならばっ!

「上っ!」

 見上げた時には踵が一メートルほど上にまで来ていた。そのまま足が振り下ろされアスファルトに直撃した。もう少し気がつくのが遅ければ掠っただけでは済まなかっただろう。

 だが、掠っただけでもシャツの前面が破れ、胸から腹にかけて深くは無いが切られたような傷ができた。

 躱して安心している場合では無い。踵落としで砕かれた大小様々な大きさのアスファルトの破片が衝撃で飛び散った。

 頭だけでも守る為に腕を頭の前に出す。これで頭を守る事はできたが、無防備な首から下に破片が直撃する。幸い突き刺さるような破片は無かったが、傷口にめり込む破片はかなり痛い。

 こんなに無防備な状態で0.数秒経ったが敵は何もして来ない。破片が飛び散っていようが関係なく仕掛けて来る筈だ。

 腕の隙間から様子を伺うと、まだ一メートル程前に敵は立っていたが明らかにおかしな所があった。

 おそらくさっきの踵落としの衝撃に足が耐えきれなかった様だ。膝から先が不自然な方向に曲がり、内部の機械の部分が露出している。

 サイボーグは感情が無い、だから体が潰れることにもなんの抵抗も無い。この性質があるから人にできないことも出来るのだが、サイボーグにも限界はある。元々ソレが出来るように作られているなら良いのだが、そのように作られていない場合は今の目の前のサイボーグのようになってしまう。

「終わりだな」

 俺の勝利は確実。後は目的の脳を奪うだけだ。

 曲がっていない方の足の膝の部分を踏みつけへし折る。これでもうほとんど抵抗は出来ないが、まだ抵抗をしようと腕を振り回すが何の意味も無い。

 両腕を踏みつけて大人しくさせて左手で頭を抑える。サイボーグの頭の中も人と同じような構成になっている。抜き出すのは記憶を保存している部分だけで良いが、俺には細かい事はわからない。

 右手で口に手を突っ込み奥を探る。サイボーグが声の音声と機械音が混じった悲鳴のようなものを上げた。かなり耳障りだ。

 数分かかってようやく抜き出す準備ができた。

 俺は脳を掴み思いっきり引き抜いた。サイボーグの顔の皮膚が破れそこから俺の手に掴まれた脳が現れる。

「終わった……」

 コレが何かの手がかりになれば良いが……。



 足元には鉄屑が転がっている。

 右手に持っているモノを引き抜いた後直ぐに薬の効果が切れた。薬が切れると頭がぼんやりとする。そのせいでしばらくその場に突っ立っていた。

「早く戻らないと」

 頭の中がハッキリしてきた事で、篠田を待たせていた事を思い出して道を戻ろうとしたがその必要は無かった。

「待たせ過ぎだっ! 直ぐに終わらせるんじゃなかったのかっ!」

 頑張って戦ってたのにこの言いようは酷い……。でも、確かに直ぐに終わらせるって言ったしなぁ……。

 少し怒り気味だった篠田だが、俺の事がよく見える距離まで来ると心配そうな顔をした。

  しかし、俺が右手に持っているモノを見ると直ぐに心配する様子は無くなった。

「そこからデータを抜き取るのか」

「こいつの口からは聴けそうになかったからな」

「そうか……」

 篠田は俺の言葉を適当に流して、携帯で誰かと会話を始めた。

 電話の相手は予想がつく。彼女はサイボーグを作れる奴の仲間だったが、利用されていただけで最後には捨てられて殺されそうになった。その後、彼女はサイボーグを作ることに協力した過ちを償うために俺達の仲間となった。

 黙っていれば俺の好みなのだが、いかんせんかなりがめつい性格で事あるごとに何かを要求して来る。それさえ無ければ良いんだけどなぁ。

 篠田は呆れた様子で電話を切った。

「ちっ……、あの守銭奴……!」

 今の時間は二十時を少し過ぎたくらいの時間だ。おそらく残業代でも要求されたのだろう。

「どうやって研究室まで行くんだ?」

 ここからだと彼女のいる研究室は結構な距離がある。それにさっきの戦いで疲れたし、薬の副作用で頭痛がする。できれば……いや、車を呼んで欲しいんですけど。

「歩きだ。もう運転手は帰っている時間だ。行くぞ」

 そう言って篠田はさっさと歩き出してしまった。

「おいっ! ちょっと待てって!」

 車が使えないのは仕方ないが、もう一つ問題があった。

「何だ……? 歩きたく無いのか?」

「いや、服どうしよ……」

 そう、さっきの戦いでシャツは前が破れて上半身裸に近い状態になっている。こんなので表を歩けるわけがない。

 篠田は数秒考えて俺の足元に視線を移した。足元には鉄屑と化したサイボーグが転がっているだけだが……。

「そこにあるじゃないか」

 篠田は俺の足元を見たままそう言った。

「そこ……?」

 始めは意味がわからなかったが、直ぐに意味がわかった。

 篠田はサイボーグが着ていたシャツとスーツの上着を着ろと言っているのだ。

「はぁ⁈ ヤダよ!」

 反射的に拒否ったけど……。他に着るものは辺りを見回しても見当たらない。ゴミ箱の中を漁れば出て来るかもしれないが、そんなのを着るならサイボーグの身ぐるみ剥いだほうがマシだ。

「嫌なのか。なら、その格好で歩いて通報されるなり補導されるなり好きにしろ」

 篠田はまたそう言って歩き出してしまった。

「ああ! すぐに着るからちょっと待ってろっ!」



 一時間歩いてようやく研究室のあるビルに到着した。道中すれ違った通行人の奇異の目が辛かった……。確かに、服は上下ボロボロで噛み合っていないから変な目で見られるのは仕方ない事だったけど。ここは補導されなかっただけマシと考えよう。

 研究室はビルの最上階1フロア全体を使っている。色々と好き勝手しているようで天井を開閉式にしたり、壁のあちこちにスピーカーを設置していたる。更に、自分のベッドまで持ち込んでいる。もう完全に自分の部屋状態だ。このビルも機材も全部会社の物なんだけどな……。

 エレベーターが上昇をやめて停止する。大音量で何かを聞いているのだろう、ドアが開く前から振動が伝わって来る。

「残ってくれてるみたいだ」

「あいつは金さえ払えば何でもするからな」

 確かに彼女が金が絡んだ頼み事で断った所を見たことがない。流石に限度はあるだろうけど。

 ドアが開くと大音量の演歌が鼓膜に突き刺さる。

「うっせぇ!」

 咄嗟に耳を耳を抑えたが、耳以外にも大音量に揺さぶられて吐きそうだ。

「オイッ! この五月蝿いの消せっ!」

 篠田が大声で叫んでいるようだが隣にいる俺にさえもかすかに聞こえる程度で、十メートル程の距離で椅子に座っている彼女には全く聞こえないだろう。

 その後も篠田は何度か叫んでいたがダメだった。

 そして、篠田は耐えられなくなったようで、全力で彼女に向かって走って行き、彼女の後頭部を引っ叩いた。

 引っ叩かれた彼女は机にあったキーボードに頭から突っ込んでしまった。

 だが、それと同時にスピーカーから大音量の演歌は流れてこなくなった。突っ込んだ時に偶々オフにするボタンを押したのだろう。

「コォノヤロッ! 殺す気かっ! ああっ⁈」

 金髪碧眼の白人美少女。その口からあんなに汚い言葉が吐かれるなんて……夢が壊れる……。

「その台詞そのまま返してやる! バカみたいな大音量は止めろと言っただろ! それも金か⁈ この守銭奴がっ!」

「なっ……! てか! 守銭奴言うな! もしかして名前すら覚えられないバカなの? バーーーーーカ!」

「貴様……立場が分かってるのか!」

「分かってますよぉ~~~。アンタが社長で私はタダの雇われ」

「なら言う事を……」

「でもぉ~、別に他所に行ってもいいんですよねぇ~。毎日、まぁ~い日声かけられて困ってるのよねぇえぇえぇ~~~」

「ふんっ! お前なんかが他所に行っても半日でクビだ!」

「何でよ」

「その性格でクビにはないわけないだろ。ハッハッハッ!」

「何をーーー!!!」

 この二人が会うといつもこうだ。この喧嘩のせいでいつも本題に入るのが遅れてしまう。

 かと言って仲裁に入ろうとすれば今度は二人とも俺に噛み付いて来る。それで一度俺は悪く無いのに延々と罵られた。それは考え方によってはご褒美になるのだろうが、俺にそんな趣味は無いから唯々辛いだけだった。

 今回も当分終わりそうに無いからこの喧嘩が終わるまで座って休んでいることにした。薬の副作用とさっきの大音量でもうフラフラだ。

 座る事のできる椅子や場所を探したが良さそうな場所は無かったから壁にもたれて座っている事にした。ようやく休むことが出来る。少し寝てしまっても二人の口喧嘩の長さなら大丈夫だろう…………。

 と、思ったがこの部屋はよく音が響く。そのせいでさっきの大音量ほどでは無いが頭と腹の中が揺さぶられる。

 この部屋には良い場所なんて無かったんだ……。



 結局、あの後データを吸い出すには時間がかかると分かり俺と篠田は追い出された。俺と篠田がいると邪魔になるから、データの吸い出しが終わったら連絡するからまたここに来いと言われた。

 今は朝の九時。篠田が家に来る時はいつもこのくらいの時間だ。

 俺はいつもこの時間はリビングのソファに座ってボケ~っとしている。いつも騒がしいメンバーに囲まれてるから貴重な落ち着ける時間だ。

 それに、篠田が家に来るとこのソファは占領されてしまう。そして、クッションを敷いて寝転び、いつも好きな事をしている。音楽を聴いたり、雑誌を読んだり、昼寝したり、偶にテレビも見ている。加えて昼寝している時以外の間、ずっとお菓子を貪っている。

「そんな生活続けてたら太るぞ」と夏休みに入ってから言っているが、太る気配はない。それどころか少し身体が絞られて筋肉質になったような気もする。

 理由を聞いても「太らない体質だからな」としか言わない。太らない事はあるだろうけど筋肉まで付くわけが無い。絶対自分の家で何かしてるはずだ。

 俺個人としてはもう少し肉を付けた方が健康的に見えると思う。それに今の状態だと余りにもむ……。

「あっ……」

 携帯のバイブが俺の妄想をストップさせた。

 携帯の画面にはリサ・ドールマンの文字。早く出ないと何か言われるかもしれないから、さっさと着信ボタンを押して携帯を耳に押し当てる。

「そこに誰も、いや、結月は居ないな?」

 開口一番に何故そんな事を聞くのか分からないが、ここには俺しか居ないと返した。

「そうか、良かった……」

「何が良かったんだ?」

「いや、お前には関係無いから気にすんな! それよりデータの吸い出し終わったから。こっち来るよな?」

「うん。でも、チャリでゆっくり行くから一時間後くらいに……」

「ふっふっふ~~、安心しろ~~貧乏人。さっきタクシーをお前の家に送ったから。もう付く頃かな? あと、金のことは気にするなよ~」

 多少ムカつく所もあるが、気が利いているからまあいいか……。

 それにしてもタクシー代まで出してくれるとはどういう風の吹き回しだろうか?

「タクシー代出してくれるんだ」

「ああ、それは私の交通費で落ちるから気にするな。実質私は払ってないっ!」

 会社に泊まる事が多いくせに……。

「あ、タクシー来たかな」

 家の前に車が停まった音がした。そして、直ぐ後にインターホンが鳴り確認するとやっぱりタクシーだった。

「じゃあ後でな」

 そう言って電話を切り玄関に向かった。

 ————

 自転車でゆっくりだと一時間はかかる距離だったが、今日は運良く信号には引っかからず、他の車もほとんど走っていなかったから二十分弱でビルに到着した。

 受付でカードキーを貰いエレベーターに乗り込む。リサの研究室に入る事ができる人間は限られている。篠田とリサに許可を得た人間だけが研究室に入る為のカードキーを受け取る事ができて入る事が許されるが、危険な実験、開発を行う場所に好んで入りたがる者はいない。だから、出入りしているのは俺、篠田、海斗、睦心、それと偶に東雲、斎藤だ。要するにここに出入りするのはいつものメンバーという事になる。

 エレベーターが止まりカードキーでロックを解除して足を踏み入れる。

 やはり、昨日と同じように大音量で演歌が流れている。昨日よりも音量が小さくなっているのは反省したのかな。

 と言っても体の内側が揺さぶられるような感覚がする事には変わりない。さっさと消して欲しい。

 だが、リサの姿が見当たらない。声を張り上げてもこの中では意味が無い。

「勝手に消しても良いよな……?」

 自分に問いかけるが答えなんて最初から決まってる。

 他人のパソコンを勝手に弄るのは気が引けるけど今のこの状況では仕方ない。まあ、スピーカーを切るだけだからそんなに気にする事も無いか。

 手早くスピーカーを切り、リサを呼んでみたが出てこない。何度か呼んでみたがそれでも返事すら無い。仕方がないから椅子に座って待っている事にした。

 待っていても何もする事が無く、ボケッと周りにあるよく分からない機械を見ていた。が、それにも直ぐに飽きて椅子でクルクルと回って遊んでいた。

「ん……?」

 誰かが歩いて近づいて来ている? スリッパが床に擦れる音。それが俺の背後で止まった。

 この部屋にはなかなかリサ以外の人は入らないから、後ろに立っているのもリサのはずだ。俺は無意識に振り向いた。

「やっとき……」

 振り向くとやっぱりそこに立っていたのはリサだった。

 しかし、様子がおかしい。何かに驚いているようで、口を開いたまま声にならない声を出している。

 最初は何故か分からなかったが、直ぐに分かった。リサは髪と体が濡れているからシャワーを浴びていたのだろう。そして、流していた演歌が止まり様子を見に来た。ここまでは普通にありえる事だろう。でもですねリサさんバスタオルくらい持って出て来ようよ。全部見えてしまってます……。

 女の子の裸なんて初めて見た。しかも、初めてがおそらくこれから先でも最高になるだろう。普段はそうは思わなかった、というか見えなかったけど結構あるんだな……。体は細いけど出るとこは出てる。これで性格良かったらスゲーよマジで。

「凄いな……俺、好きだよ……」

「ハァ⁈」

 次の瞬間俺は意識を失った。

 ————

 今、リサは椅子に座ってキーボードを叩きながら、背後に立っている俺に吸い出したデータの事を話している。

 今のリサはバスローブを着ていて、頭の上にタオルを乗っけている。俺の立っている所からだと少し際どくて中々これもイイ。

「痛っ……」

 リサが俺の頬を叩いたようだ。その手は丁度良い温かさで、痛いよりも気持ち良いが大きかった。もう一回叩かれても良いかもしれない……。

「お前、聞いてなかったろ。ま、大してお前らに必要な話じゃなかったからいいけど」

「ごめん……。じゃあ、必要な事を教えてくれよ」

 俺がそう言うと急にリサは不機嫌そうな顔になった。何か言うと理不尽にキレられそうな気がしたから俺は何も言わなかったが、リサから口を開いてくれた。

「必要な事……ねぇ……」

「うん。何だ何だ?」

「ねぇ」

 リサは何を言っているんだ? ちゃんと教えてくれるまで聞き続けてやる。

「えっ?」

「だから! ねぇ! つってんだろ! 無いの! 収穫ゼロ!」

「えっ……えぇっ! マジかよ……」

 あんなに苦労して何の収穫も無かったなんて……。怒りを通り越して呆れてしまう。

「はぁぁぁ、割にあわねぇー。プロテクト突破するのに徹夜したんだぞ! その結果がこれだよ! クソみたいな残業手当てじゃ割にあわねぇー」

 かなり愚痴ってる。愚痴りたいのは俺の方だよ……と言いたかったけどそんな事をすれば火に油を注ぐようなものだ。でも、そんな事しなくても俺に飛び火しそうな気がする。

「ああもう! お前! 何か埋め合わせしろ!」

 やっぱりな。ここで文句を言うとやっぱり火に油を注ぐ結果になるだろうから大人しく従おう。

 しかし、予想はしていたけど俺に何ができるというのか。俺がリサより優っている事は体を動かす事に関してだけしかない。金も地位も持っている相手に出来る事って限られてるような……。

「どうやって埋め合わせするんだよ? 俺、何もできないぞ」

「じゃあ、水持って来い」

 そう言ってリサは冷蔵庫を指差す。パシリに使われるんだな。

 早足で冷蔵庫から水を取って戻り手渡す。500mlのペットボトルの中身を全て飲み干し、空のペットボトルを俺に手渡して次の命令が告げられる。

「じゃあ次はヨーグルト持って来い」

 ペットボトルをゴミ箱に放り込んでからまた冷蔵庫に向かいヨーグルトを取り出す。

 リサの元に戻り渡そうとするが受け取ろうとしない。

「食べるんじゃないのか?」

「食べさせろ。あー」

 そう言って口を開いて待っている。何だか少し暑くなってきた気がする……。

 リサは何かの作業をしていて常にモニターの方を向いているが、数秒毎に作業を止めてこちらを向いて口を開ける。

「効率悪くない?」

「いいの。急いでないし。あー」

「ふーん。これって美味い?」

 自分の手にあるのに食べられないのはもどかしい。話の流れを食べてもいいようになるように持って行きたい。

「さあ? 自分で確かめたら?」

「えっ? 食べていいのか?」

「どうぞご勝手にー。あー」

 そうか、ならお言葉に甘えて頂戴しよう。リサの口に持って行った後に、少し多めに掬って自分の口に持って行く。

「あ、美味い。美味いなこれ」

 素直な感想が口から出た。コレはそんなに高くなかったはずだ、スーパーで見たことがある。帰りにでも買って帰ろう。

「って、お前っ……」

 リサは突然俺の方を向いて恥ずかしそうに睨んでいる。顔も少し赤くなっている。もしかしたらさっきの所為で風邪でも引いたのか?

「リサ、顔赤いぞ。風邪か?」

 リサの額に手を伸ばして体温を確認する。

「ちょっ、止めろって……」

 しかし、リサが頭を動かして上手く体温を感じ取ることが出来ない。

「おい、動くな」

 そう言って俺は両手でリサの頭を軽く持って、互いの額を当てて体温を確認した。少し熱い気がする。

 額を離してリサの顔をじっくりと見ると、やはりいつもよりも顔が赤い。どうやら本当に風邪をひいているようだ。

「風邪引いてるかもしれないから横になってた方が良い」

「そ、そんなこと無いから! だ、だだ、大丈夫だしっ⁉︎ ほら! もう全部食べさせろ!」

 全然大丈夫に見えないけど本人がそう言うなら大丈夫なのだろう。俺は言われた通りに残っていたヨーグルトを全てリサの口に持って行った。

 そろそろパシリにされるのも面倒になってきたが、止めると言っても面倒な事になるだろうから今日一日は諦めようか……。

 次は、本来はおつまみの筈のビーフジャーキーを食べさせろと言う命令だった。自分で食べると手がベトついて、いちいち手を拭かなければならないのが面倒だからだそうだ。

 しかし、こんな物を毎日食べているのだろうか。もしそうなら体に良く無いからすぐにでも止めるべきだ。

「こんなの毎日食べてるのか?」

「そうだけど……? あ、健康に悪いとか何とか言うんじゃ無いだろうな?」

 どうやら自覚はあったらしい。分かっているのならすぐに止めるように説得した方が良いだろう。

「そうだよ。塩分の取りすぎだ、こんなの」

「でも、美味いから良いだろ。別に」

 確かに美味いけど食べ過ぎは良くないし見過ごす事は出来ない。

 俺が納得いかない表情をしていると、それを見ていたリサが言った。

「じゃあ、お前が噛んで塩分が減ったヤツを私に口移ししてくれたら良いんじゃないか?」

 なるほど、その手があったか。

  よし、早速やってみよう。俺はビーフジャーキーを千切って口に放り込んだ。

「え? 何してんだよ」

 何してるって、何を言っているんだ? さっき自分で言ってたじゃないか。

 結構味が濃くて薄くするのに時間がかかってしまったがこれくらいで大丈夫だろう。俺はリサに準備が出来たと目で合図する。

「お、おい、冗談だからな? バ、バカかよお前……」

 冗談? そんな冗談はよして欲しい。

 何故かリサは顔を近づけても離れてしまう。仕方がないから両手でリサの肩を抑えて離れられないようにする。

「ちょっ! 止めろって! バカ!」

 止めろと言われて止めるバカがいるわけがない。

 ゆっくりと近づいて行き残り数センチの間となった。もうリサは諦めた様子で抵抗せずに俺に身を任せている。5……4……3……。

 後少し、本当にあと少しの所だったのに。

「貴様ァァァ!! 私を呼ばなかったなァァァ!!」

 突然の怒号に俺とリサはその方向を見た。怒号の主は篠田だった。

「あ、ああぁ……」

 篠田はゆっくりと恐ろしい気を放ちながらこちらに向かって来る。もしも、今の篠田が敵ならば確実に勝てないだろう、それどころか確実に殺されてしまう。

 理由は分からないが、篠田の視線はリサに向けられている。どうやら俺は安全なようだ。

 だが、そう上手くいかないのが人生のようだ。

「結月ぃ~~!」

 リサは俺の腕を振り払い、泣きそうな顔で、助けを求めて篠田の元へ駆けて行き抱きついた。始めは訳がわからない様子の篠田だったが、リサがさっきまでの事を話すと何があったのか理解したようで俺に視線を向けた。

 リサの話した内容は部分部分で誇張されていたり、事実とは違う部分が含まれていたが、殆どの内容は事実だったから俺は何も言えなかった。

 気がつくと、篠田が拳を握り締めて飛びかかって来ていた。

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