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第六話 勝手に賽は投げられた

 八月上旬。短い休みが終わり、また文化祭の準備をする毎日が始まった。

 準備には何故か最美と心音も参加していて、すっかりクラスに溶け込んでしまっていた。

 最美は思っていた通りの働きぶりだったが、心音は予想通り遊んでばかりだった。それでも、邪魔をするような事は無く、騒がしいのが一人増えたというだけだった。

 休み明けでみんなが効率良く動いてくれたおかげで、予定よりも早く進んでいる。おそらく、このままのペースだと今週中には全て完成するだろう。

 という事でこの事はみんなに任せて俺達出演者はひたすら劇の練習をするだけなのだが、まだメインの配役が決まっていない……。

「なんでまだ決まっていないんだ」と文句を言っている者もいるが、脇役として何人かに出てもらわないといけないのを勝手に決めるわけにもいかない。

 という事で役を決めるために教室にクラスのみんなを集めた。既に役の決まっている俺が進行を、海斗が書記をする事になった。

 海斗が黒板に役名を書いているが、チョークに慣れていないせいかなかなか書き終わらない。

 ようやく主な役—俺達六人の役—を書き終えたところで話を始める。

「今書いてある役の名前の入ってない所は、篠田、東雲、斎藤、睦心がする事になってます。この後に書かれる役は出番がそんなに無い脇役なので、やってくれる人は手挙げてください」

 そう言ったものの、まだ黒板に全ての役が書かれていなかったから教卓に足を組んで座って書き終わるのを待っていた。みんなの視線が集まってもそれを気にもせずにマイペースでゆっくりと手を動かしている。こんな事なら最美に任せれば良かった……。

「よーし、終わったぞ~」

 ようやく書き終わりみんなの方を振り返りもう一度手を挙げるように言った。

 すると、意外にも結構な人数が手を挙げてくれて、速やかに役を決めることができた。やっぱり、脇役でメインと比べると比較的楽だからなんだろうか。

 この流れでメインの方も簡単に決まってくれれば良かったのだが、そうはいかないのは分かっていた。

「えー、次はこの……」

 ヒロイン役を指差して手を挙げるように言おうとした時だった。それまで興味が無いという風に腕を組んで眠っていた篠田が目を開けた。

「海斗、江崎の隣に私の名前を書け。後は勝手にしろ」

 俺は主人公役だから、その隣は当然ヒロイン役となる。前からこの役をやる気だった事は知っていたから驚きは無い。

 しかし、それは篠田だけでは無い。

「じゃあ、私の名前もそこに書いて。江崎の横に」

「何っ……⁈ 准、本気で言ってるのか?」

 自分と同じ言葉が東雲から出てきて、珍しく篠田は驚いている。

 しかし、それだけでは終わらなかった。

「あの……私もヒロイン役の所に名前書いて!」

 斎藤さんは二つ隣のクラスまで聞こえてるんじゃないかというくらい大きな声で、自分もこの役をしたいと宣言した。

 今度も篠田は驚いて斎藤さんに本気なのかと聞いている。でも、確かに斎藤さんがこの役をしたいと思っていたのは意外だった。

 この流れだと残る一人も、と思ったけれどもそれは無さそうだ。睦心は特に表情を変えずにこの状況を見ている。

 しかし、海斗がジッと睦心の方を見ている。しばらく見つめてから何か分かったように頷いて笑った。

「睦心もやりたいんだろ? 書いといてやるよ」

 突然の事にクラスのみんなと驚いたが、一番驚いているのは睦心だ。

「なっ、兄さん何してるんですか⁈ 私は何も……」

 名前を書き終えた海斗が振り返った。

「嘘ついても分かるんだよなぁ~。体温と心拍数が上がってるし。自分もこの役したかったけど、自分から言うの恥ずかしかったんだろ?」

 体温と心拍数? サイボーグはそんな事も分かるのか、凄いなぁ。

「ああもうっ! 言わないで下さいよ! そうですよ、私もその役がしたいんですよ!」

「え、前に聞いた時と言ってること違う……」

「そんな事は忘れました」

 忘れるはずないだろ……、特にお前は……。

 しかし、この状況は思っていた以上に面倒だ。篠田と東雲だけだと思っていたのに斎藤さんと睦心まで同じ役がしたいなんて……。どうすれば丸く収まるのか考えても良い案が出てこない。じゃんけんで決めようとしても、どうせ篠田がゴネて自分が勝つまでやるとか言うだろうし、話し合いなんてしてもまとまらないだろう……篠田のせいで……。

「何してんだよ祥汰? もうお前が決めろよ」

 頭に無かった事を言われて一瞬俺は頭の中が固まってしまった。

「おーい、祥汰~。どうしたー?」

「えっ? いや、何でもない。でも、俺が決めても良いのか?」

 そう聞き返すと海斗は「さあ?」というジェスチャーをして四人の方を見た。

 それを追ってその方向を向くとクラス全員と妹二人の視線が俺に集まっていた。みんな、俺が誰を選ぶのか興味津々と言った様子で笑い出しそうになっているヤツもいる。それでも、みんなは何も言わずに俺の言葉を待っている。

 しかし、どれだけ考えても、やっぱり俺には決められないという結論になってしまう。何か理由があって四人はこの役がしたいと思っているのだろう。なのに、この場の一瞬の勢いで決めてしまうのは良くない。

 このループを上の空な頭の中で何回繰り返しただろうか、教室の雰囲気が重くなっている事に気がついて現実に引き戻される。さっきまでのみんなの興味津々な様子は無くなり、早く決めろと言いたげな様子に変わっていた。

 それでも俺は決められずに黙っていたが、そろそろこうしていられる様な雰囲気ではなくなってきた。もうみんなに迷惑かける事になるが、謝るしかない。

「ゴメン……もう少し考えさせてくれ……あと一週間待って欲しい……」

 みんなからは呆れた様な声が聞こえてくる。

 しかし、それはすぐに止み静まり返った。教室の後ろから歩いてくる篠田に気が付いたからだ。

 篠田はそのまま歩いて俺の目の前までやって来て言った。

「何を言うかと思えば……それはダメだ」

「いや、ダメって言われても決められないんだから今は……」

 悪いとは思ってるけど突然過ぎる事なんだから勘弁して欲しい。

「違う」

 違う……? 何が違うんだ?

 篠田は俺を真っ直ぐに見て言葉を続ける。

「お前が一人であーだこーだ考えても結論なんか出るわけがない。だから私達が決められるようにしてやる。お前達もそれで良いだろう? まあ、結果は分かりきった事なんだが……」

 みんなの方を向いた篠田の顔は挑発をしているような顔だ。

 良いだろう? と言ったのが自分達に対してだと思ったみんなは、戸惑いながら頷いたり、突然のことでよく分かっていないような声を出していた。

 しかし、さっきの言葉は東雲、斎藤さん、睦心に向けられた言葉だった。その事を本人達はその事を分かっているようだ。

 最初に動いたのは東雲だった。椅子から立ち上がって教室の前に向かって歩き始めた。

「売られた喧嘩は買わないとねぇ~」

 篠田の前に立った東雲は目の前の体を下から舐めるように観察している。篠田が顔をしかめると、東雲は吹き出した。

「決められるようにするってさ、私たちの誰かが江崎を落とせば良いんだよね?」

「そう言う事になるな。だから何なんだ?」

「アハハッ! アンタの身体じゃ肝心なモノが無いから無理なんじゃない?」

「何っ⁈ ……じゃあ、お前は……」

「ダメですっ! 東雲さん!」

 東雲に言われた事が頭にきた篠田が何か言い返そうとした時、睦心が少し遅れて東雲の言葉に反応した。勢いよく立ち上がった睦心の顔は何故だか知らないが、赤くなっている。

「んん~? ダメって何がかなぁ~?」

 ああ言っているが、あの口ぶりだと何の事かは当然分かっているみたいだ。睦心に何が? と聞き返すなんて意地悪な事をするなぁ。

「何って……、篠田さんに無いモノと言えばアレ……ですよね? と、とにかく! そんなふしだらな事はいけません!」

「しつこく言うなっ!」

「じゃあ私も無理なの⁈」

 いつの間にか斎藤さんもこの馬鹿話の輪に入ってきていた。何でわざわざこのタイミングで……。

 斎藤さんの問いに東雲と睦心は明後日の方向を向いたり、無言で微笑んでいるだけだった。

 篠田はこの隙に流れを取り戻そうと大きく咳払いをして注目を集めた。そして、俺の方をもう一度振り向いた。

「とにかくこれで話は決まった。江崎、お前がする事は夏休みが終わった時に私たちの誰かを選ぶだけだ。明日から忙しくなるな……フフッ」

 篠田はそのまま教室から出て行った。ドアが閉まるまでは静まり返っていた教室だったが、すぐに教室はざわざわとし始めた。聞こえてくる話の内容は俺が誰を選ぶのかと言う事だけだ。

 教卓の前の三人はそれぞれ自分の席に戻っていて、近くの席の女子に応援されている。

「ショータ、良かったね。じゃあ私帰るから」

「えっ! 心音連れて帰れよ!」

 俺の声は聞こえていただろうが、最美は無視してさっさと教室から出て行った。

「……まぁ、いいか……。俺、どうすれば良いかな?」

 隣でまだニヤニヤしている海斗に話を振ってみた。

「聞かれても困るって。俺も楽しみにしてるからな~」

 言い出した奴なのにこれって……酷い奴だ……。

 楽しみにしているとヘラヘラ笑っていた海斗だったが、急に何か考え始めたようで下を向いた。そして、少しして考えがまとまったのか顔を上げた。

「もう終わりで良いよな。俺も帰るわ! じゃな!」

 そう言うと床の埃が巻き上がる程の速さでで教室から出て行った。

「おい! お前も帰るなよ! って、速っ……」

 今の教室はもう普段の休み時間と同じで、俺が前に立っている事なんて誰も気にしていない。もう今日はこのまま解散になるだろう。

 少し疲れて教卓に突っ伏して目を瞑った。

「はぁ……」

 これからの事を考えると溜息が止まらなくなりそうだ。まさか俺が四人の中から誰かを選ぶ事になるなんて考えてもいなかった。篠田は俺が決められるようにするって言ってたけど夏休みが終わった時にそうする事が出来るのだろうか……。

「あっ……」

 突っ伏した状態で目を開けると右足の靴紐が切れていた。いつから切れていたのか分からないが、今日の事はコレが原因なのかな……。って、思いたいけどさっき見た時には切れてはいなかった。

 という事はこれからまた何か俺に災難が降りかかってしまうのだろうか? などと考えても思い当たる事は無い。大丈夫、災難は今まで散々会ってきたんだ、もう俺には降りかからないだろう……。

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