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第三話 甘い罠

 暑い毎日が続くが、それに負けずに頑張ろう……とかは特に思っていない。でも、ドタキャンばかりなのは如何なものか————。

「えっ? 来られないのか? 」

『うん……ゴメンな、江崎だけだと大変だと思うけど……頑張れ!』

「はぁ……うん、頑張るよ……」

 東雲がいないのか……。大丈夫だろうか……。

 ————

「んー……、とにかく、来られないって事だよな?」

『あ、ああ、静がどうしても付いてきて欲しいと言ってな……』

「……本当かぁ?」

 何だかいつもよりもソワソワしている気がするのは何でだろ?

『あ、ああ! 本当に決まってる! 一人でスイーツ巡りは恥ずかしいからって……!』

 ああ……そういう事か。嘘だな。自分が行きたがってるのを人のせいにしてるし……。

「わかったよ……、次はちゃんと来いよ」

 正直な話、篠田はあまり準備に関しては役に立たないから戦力的に痛い訳ではない。でも、決めないといけない事——誰がどの役をするのかまだ決まって無い——があるからやっぱり来てもらわないと痛いか。

 少ない人数でどうしようかと考えているとまた携帯が鳴る。何となく察して画面を見てみると……やっぱりそうか。

「来られないんだよな?」

 どうせそうなんだろうからさっさと結論を言ってしまおう。

『えっ? あ、はい、そうなんですけど……』

 何故? という調子の神谷に理由を話す。

『そうなんですね……ゴメンなさい……』

「気にしなくて良いよ、どうせ海斗の所為なんだろ?」

『はい……兄さんが急に何処かへ行ってしまって……』

 この双子の兄妹はいつも兄の海斗を妹の睦心がフォローするという関係だ。海斗の落ち着きの無さが過ぎて完全にフォローはできていないけど。

「ハハハ……こっちは気にしないで良いから……そっちも頑張って……」

『はい……では、失礼しますね』

 これで今日は六人中四人の不参加が決まった。

「斎藤さん、これで今日は俺たちだけだね」

 リビングでソワソワとした様子で座っている小柄な女の子の体が飛び跳ねた。

「ど、どうしたの?」

「あ、いや、あっ……な、何でも無いよ……!」

 何故か顔を赤くして俯き加減で答える斎藤さん。さっきからずっと少し顔が赤いし、落ち着きがない様子で心配になってくる。

「大丈夫? さっきからちょっと変だけど……」

「そ、そんな事ないよ! 元気だから!」

 そう言って勢いよく立ち上がるが、直後に鈍い音がする。

「あぅぅ……」

 斎藤さんは立ち上がった時に脛をテーブルにぶつけた痛みに悶える。

「やっぱり大丈夫じゃないよ! ……ちょっと見せて」

 そう言って俺は斎藤さんの脚に顔を近づける。ほっそりとした綺麗な脚だ、これは中々の脚線美だなぁ。

 しばらくの間魅入ってしまい脚のぶつけた箇所を見るのを忘れてしまっていた。それに気が付いたのは、斎藤さんの脚が少し強張ったように見えたからだった。

「あ……あ、脚は大丈夫みたいだ」

 少し青くなっているけどこれくらいなら問題なさそうだ。

「う、うん……。あの……、みんな今日は来られないんだよね……?」

 恐る恐るという感じで俺の悩みの種に触れる。俺は頷いて「どうして?」という視線を送る。

「あ、その……、良かったらでいいんだけど……。行きたい所があるから……その、一緒……付いて来て欲しいなって思ったんだけど……」

 突然の事で驚き、直ぐにそんなのはダメだと言いそうになった。しかし、よくよく考えてみれば二人で出来る事なんて特に無いだろう。それに、出先で何か良いアイデアを思いつくかもしれない。

 俺は出かかった言葉を飲み込んで、斎藤さんに同意する。

「良いよ、何か良いアイデアが出るかもしれないし」

「え、良いの!」

 斎藤さんは嬉しそうに顔を輝かせて勢いよく立ち上がった。

「はぅぅ……」

 今度は反対の脚をテーブルにぶつけてしまったようだ。俺は苦笑いでもう片方の脚の様子を見る。しかし、綺麗な脚だ……。

「こっちも大丈夫だよ……っ!」

 笑うのを堪えていたが我慢出来ずに吹き出してしまう。

 その時部屋の温度が少し上がったような気がした。何だろうと思い、外を見ようとしたがそうするまでもなく理由はわかった。

「はぁぁ……み、見ないで~!」

 湯気が出そうに真っ赤な顔の斎藤さんを冷ますのに三十分はかかったような気がする。外の暑さにも負けてなかったんじゃ無いだろうか……。



 周りは魚だらけ。様々な大きさ、色、模様……綺麗なのもいれば、思わず二度見してしまうようなゲテモノも水中に漂っている。

 照明は暗く、同じ様な水槽が並んでいる。BGMもゆったりとしたピアノの演奏が延々と流されていて眠気を誘ってくる。斎藤さんがいなければ立ったまま寝てしまっていてもおかしくなかった。まず、一人で来る事は無かっただろうが。

「あんまりヒントにはならないと思うけど……ごめんなさい……」

 そんな事は無いと言って笑顔を作る。だが、斎藤さんの言った通りで、俺が担当している事のヒントにはならなさそうだった。今日も何も進まずに間に合うのだろうかという不安がまた胸に積もっていく。

「……偶には良いと思うよ、水族館」

 この水族館は初めて来るから好奇心が湧かない事も無いけど……。正直な話、動物を見るよりも女の子を見ている方が好きだな。

「あ、あのっ……! どうしたの? やっぱり怒ってる……?」

 突然、斎藤さんが顔を赤くして不安そうに尋ねる。何の事だ? と思ったが、直ぐに理由がわかった。俺は、あんな事を考えていた所為なのか斎藤さんを見続けてしまっていた。

「怒ってないよ。考え事してて、ボーっとしてただけだから」

「あ……、そうだったんだね、はぁ……」

 その後も館内を周り一通り見終えてエントランスに戻って来た。

「一通り回ったと思うけどまだ見たい所あったりする?」

 これ以上睡魔に勝つのは無理だと感じていた俺は、もう帰ろうという言葉を期待していた。しかし、返ってきた言葉は予想外のものだった。

「この後、イルカに触ったりエサをあげたりできるイベントがあるんだけど……」

 エントランスの壁にそのポスターが貼ってあるのが見える。

「へぇ、それは面白そう」

 軽く本音が出てしまったが斎藤さんは気が付いてないようだ。

 ここに来る前にも水族館に行った事はあるが、さっさと帰ってしまってばかりでイベントなんて参加した事がなかった。小学生の頃の俺は、外で走り回るのが好きでこういう所からは早く帰りたがる子供だった所為だ。

「そうだよねっ! ……でも、抽選だから参加できるって決まってるわけじゃ無いんだけどね……」

「今まで参加した事あるの?」

「無い……んだよね……私の運が悪いから……あはは……」

 斎藤さんは自嘲するように小さく笑っている。

 そうこうしているうちに抽選発表の時間になったようで、斎藤さんが勢い良く立ち上がった。

「よしっ! 見に行かないと!」

  ————

 抽選結果が書かれた張り紙の前には結構な人集りができている。

「うわっ……人多っ……」

「じゃあ、見て来るね!」

 そう言って斎藤さんは人集りの中に飛び込んで行った。さっきから気合が入っている斎藤さんはずんずんと人を掻き分けて進んでいく。

 しばらくして斎藤さんが戻って来た。今にも飛び跳ねて喜びそうな顔をしていて、結果は聞くまでも無いようだ。

「どうだっ……うわっ!」

「やったよ~! 初めて当たったんだよ! 全然私の番号が出てこなかったから今回もダメだと思ったんだけど、一番最後に書いてあったんだ!」

 よっぽど嬉しいようで、普段からは想像できないくらいはしゃいでいる。はしゃぎ過ぎているせいなのか、俺に抱きついている事に気が付いていない。俺とすればそれで良いから指摘はしないし、もう少しこのままでいたい。柔らかい感触が腹の辺りにしていて心地いい気分。だが、そうもいかなかった。

 しばらくして、自分が何をしているのか気が付いた斎藤さんはまた顔を真っ赤にして飛び退いてしまった。

「あ、あ、あぁぁ~~!!」

「ちょっと⁈ 斎藤さん⁈」

 そして、呼び止めようとしたがそんな間も無くどこかへ走り去ってしまった……。

 ————

「戻ってきてくれて良かったよ……」

「ゴメンね……」

 あの後、俺は斎藤さんを探して館内を走り回った。けど、結局見つける事が出来ずに抽選結果が貼り出されていた部屋に戻って斎藤さんが帰って来るのを待っていた。

 斎藤さんがどこに行っていたか話してくれなかったが、戻って来てくれただけでも良かった。一人でイルカと触れ合っても楽しいわけ無いし……。

「はは……大丈夫だよ……あ、順番来たみたいだ」

 飼育員に呼ばれてイルカの泳いでいるプールへ向かう。その時、無意識に斎藤さんの手を握っていた。

 手から伝わる熱と鼓動で斎藤さんがまたまた赤くなっているのだろうという事がわかる。更に斎藤さんの体温は熱く、鼓動は速くなっていく。このままだと心配だが、初めてイルカを間近で見られるんだ。何となく楽しみになってきてグイグイと斎藤さんを引っ張り、イルカのいる水槽へ到着した。

 水槽は端から端までで20m弱くらいだろうか。その端にある今立っている足場は3mほどで、濡れているせいで滑りやすくなっている。その事を飼育員さんに注意されたが危うく滑って水槽に落っこちそうになった。

「危ねぇ……。斎藤さん、気を付けて。結構滑るよ」

「う、うん……ありがと……!」

 その後は飼育員さんに従い何事も無くイルカとの触れ合いタイムは進んで行った。

「へぇー、イルカってこんな手触りなのか」

 想像していた手触りと違い思わず声が出る。

「凄くツルツルしてるねっ!」

「うん、想像してたのと全然違う。ヌルヌルしてるもんだと思ってた」

「私はプニプニしてるのかなって思ってたよ~」

 この様な風に何事も無く時間は過ぎて行った。

 ————

 触れ合いタイムももう終わりに近づいてきた。

 そんなに長い時間ではなかったが、十分にイルカと触れ合う事が出来た。直接イルカの体にさわったり、エサやり、簡単な指示の方法を教えて貰ってイルカを動かしてみたりもした。

 そして、時間が来たようで、飼育員さんにイルカの頭を撫でてお別れの挨拶をするように促された。

「じゃ、バイバイ。はい、斎藤さん」

 軽くイルカの頭を撫で、その場から少しずれて斎藤さんを呼ぶ。斎藤さんは直ぐに俺の横にしゃがんでイルカの頭に手を伸ばす。

「じゃあね、また来るから……きゃっ!」

 それはなんて事も無い些細な事だったが、いきなりの事で不意を突かれた。些細な事とはただイルカがいきなり水をかけて来た程度の事だったが、斎藤さんはそれによってビックリして俺に飛びついて来た。

 その時の俺はというと、斎藤さんと同じで不意を突かれていた。そして、更に悪い事にバランスを崩して体の制御が効かない状態だ。

 そんな状態の俺に足場が悪い中、斎藤さんが飛びついて来た。普段なら何も考えずに喜べる。

 が、今現在水槽にダイブしそうな状況ではそんな事は頭に無く、どうやって助かろうかとか考えていた。

 後ろ手で何とか体を支えられないか……自分だけなら大丈夫だろうが、斎藤さんの分まで支えるのは本当に骨が折れる。

 なら何とか体を反転させて正面でブレーキをかけるみたいに……すると、斎藤さんを投げ飛ばさないといけなくなる……。

 いっそのことこのまま勢いをつけて後頭部をぶつけてブレーキにすれば……水槽は血に染まるな……。

「あっ……」

 結局俺達は何も出来ずに水槽にダイブしてしまった。今回の事で一瞬でも考える時間はあるんだなという事がわかりました。

 とにかく起きてしまった事はしょうがない。今は無事に水槽から上がる為に体を動かさなければ。こういう時に今まで散々な目に会って来た経験のお陰で大して慌てていない。なら、イルカに水かけられたくらいで驚くなと思われるかもしれないけど……。

 斎藤さんは軽くパニクってバタバタしている。このままでは俺も抱き付かれる等で巻き込まれて溺れてしまうかもしれない。

 こういう時のためにネットで調べた知識を今、実践だ。

 まずは、溺れている人に抱きつかれないように一度距離をとる。その後、背後に回り抱きかかえるようにホールドだ。

 抱き抱えられた斎藤さんは意識はあるが、何故か体の力は抜けている。理由はわからないがこれは好都合だ。そのまま足場へ向かう為に片腕だけを斎藤さんの胸へ回して抱えるような状態となった。そして、飼育員さんの手伝いもあり無事に斎藤さんを足場へと引き上げる事が出来た。

 斎藤さんは横になっていて意識は…………無いな。ならば、重要となる人工呼吸、胸骨圧迫を行わなければ。

 気道を確保して鼻をつまむ、そして口を大きく開き傷病者の口を覆うように密着させる。イメージは出来ている……。

「人工呼吸……行きます……!」

「しなくてもいいよ!」

 ————

 俺達は怪我も無く服が濡れただけで済んだ。多少のお叱りはあったけど。

 全て片付いた頃には閉館時間を過ぎていた。本当は何処かで飯でも食べたかったが、斎藤さんが凄く疲れてそうだったからもう帰る事にした。

「江崎君……、聞きたい事があるんだけど……」

 帰路の途中、突然斎藤さんが立ち止まって真剣な顔で俺を見ている。

「何? ……学園祭の事……?」

 突然過ぎて何の事なのかわからず思い付きで聞き返す。

「うん。……劇の役の事なんだけど……。もう決まってるのかな? って思って……」

 頭の痛い事だ、何しろ全く決まっていない。しかも、それを決めるのは俺達みんなでしなければいけないはずなのに、俺に全て押し付けられているような状態になっている。こんな状態だから一緒に考えてくれるなら凄く助かるんだけどな。

「全くだよ。それがどうしたの?」

 手伝ってくれるのを期待しながら返事を待つ。

「そうなんだ……。あ、何でも無いんだ。大丈夫かなって気になって……。じゃあ、私はあっちから帰るから……。えっと……次は学校でだね、じゃあねっ」

 そう言って斎藤さんは走って俺から遠ざかり、曲がり角に消えた。

「それだけかよ……」

 今日は何とか配役を決められるかなと思っていた日だったのに……。結局何も決まらないまま学校での全体練習の日になってしまった。まず、俺一人に押し付けられてもできるわけないだろ! とか愚痴っても意味ないよなぁ。明日どうするか考えないと……。

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