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第二話 熱血系乙女ギャル

 俺とした事が集合時間を間違えるなんて……。篠田に時間を守れとかもう言えない。

 今日は、東雲と二人で劇で使う小道具の材料を買いに行く予定……だった。昨日、寝る前に目覚ましをセットした時にはまさか三十分も遅く集合時間を覚えているとは思わなかった。それでも何とかいつもの四倍速で起床後のゴタゴタを済ませて、今は学生と思われる集団やカップルの波を掻き分け目的地へ向かっている。

「ハァ……ハァ……東雲は……?」

 みっともないくらいに息を切らして辺りを見回す。が、人が多すぎて東雲を見つける事ができない。

 探すのを諦めて携帯を取り出す。東雲からはまだ何も連絡は無い、時間に気がついてないのだろうか?

 とにかく連絡しよう、『ごめん。遅れた。どこに……

「よっ! 江崎! 遅かったな!」大声と共に背中に強烈な張り手が叩きつけられた。

「痛ってぇ!」

「んん? そんなに痛かったか? ゴメン、ゴメン」一応謝っているが悪いとは思ってないようだ。確かに悪く無いからいいんだけど。

「いっ……東雲、どこにいたんだよ?」降って湧いたわけは無い。どこかにいて俺の醜態を見ていたはずだ。

「どこって、そこのテーブルにいたけど?」おかしい、ここから十メートルほどの所だ、見落とすはずがない。何か変装でもしていた……とかでないと見つける事ができなかった理由にならない。

「何? 疑ってる? ホントだってば」それでも俺が疑った目で見ると「これのせいかな?」と、笑いながらバッグから帽子、サングラス、折りたたみの日傘を取り出して俺に見せつけて左右に振る。

「そんなのしてたら判んないって」軽く首を振って無理と伝える。

 東雲は「そうかなぁ?」という風な顔をして手に持っている物を見ていたが、不意にそれを身に付けた。

「ホントに判らない?」目の前にいるのはいつもの男勝りな東雲ではなく、アンニュイな午後を過ごしていそうな淑女だった。こんなの判るはずがない!

 唖然として何も言う事ができなかったが東雲のニヤけた顔に何か言ってやろうと口を開く。

「お前っ……えっと……似合ってるな……」何も考えずに口を開くからこうなる。

 東雲はありがとうと笑い、サングラスをズラし、舌を出してウインクした。

 これに俺は不意を突かれて鼓動が大きくなった。

 さっきから不意を突かれてばかりだ……この後も攻撃されっぱなしにならないように気を付けないと……。



「あ、こんな所にバスケコートなんかあったのか」

「おいおい、こっちに来て一年以上経つのになんで知らないんだよ?」

「この辺はあんまり来ないんだよっ!」

 結局、半日歩き回ったが収穫は無かった。

 今はモールの近くにある公園に来ている。この公園はかなり大きく、テニスやバスケのコート等のスポーツ施設や広い野原、森がある。

「そんな事より何も買わなかったのは何でだよ?」

 歩くのに疲れて目に付いた日陰のベンチに腰を下ろし、疑問に思っていた事を尋ねる。

「……えっ?」

「えっ? じゃねぇよ、あの指輪とかヒロインの付けるヤツにちょうど良いと思ったんだけどな」

「あれは……そうだな、良いと思うけどな……」

「?」

 なんだかはっきりしない反応だが、劇の衣装や小道具は女子が担当すると決まっている。これ以上は口を出さないでおこう。それから東雲は上の空な様子でコートに転がっているボールをじっと見つめていた。

 七月下旬の炎天下の中を歩き回った事もあり日陰で休めるのは有り難かった。

 ただ、東雲は何か考えているのだろうか、お互い無言でかなり気まずい。

 それに耐えられずに何か悩みでもあるのかと尋ねた。

「えっ……何でそんな事……?」

「何か考えてそうに見えたから」

「なっ、何でもないよ……」

 口ではそう言っているが明らかに何かあるという顔をしている。現に顔が少し紅いじゃないか。

 東雲は顔を背けたがそんなの関係無い、と俺は東雲の顔を見つめ続ける。しばらくその状態が続き根競べのようになったが、さっきより紅くなった東雲が折れた。

「ああっ! もう分かったよ!」

「最初っから言えば良いんだよ」

「ムッ……やっぱり止める」

 ちょっと気に障ったのかこんな事を言い出した。本当に言わないなんて事になると困るから笑って直ぐに謝る。

「ごめんって。早く聞かせてくれよ」

「別に大した事じゃ無いからな……?」

 そんな事を言われても気になるものは気になる。それに悩みの大きい小さいなんて関係無い。友達としてその悩みの解決のために何かできる事もあるかもしれない。

「えーっと……アレだよ……」

「アレって何だよ?」

「いやっ……えっと……」

 まだハッキリしない東雲に言ってやる。

「何だよらしく無いな。ハッキリしろって」

「うっさいよ! ……劇の事だよ……」

 劇の事? 内容についてか? 服とか小道具についての事か? どちらにしろ大事な事だよな。

 頷いてその先を待つ。

「あー……、私でもヒロインの役やってもいいのかな……って」

 東雲の口から出て来たのは俺の予想とは全く違う物だった。

 しかし、何でそんな事を聞くのか? 別にやりたいならどんな役でもやりたいと言えばいいのに。俺だってヒロイン役をやってもいいはずだ。

「何でそんな事で悩んでるんだよ?」

「えっ?」

「やりたいならやりたいって言えばいいだろ。俺は東雲のヒロインも良いと思うよ」

 それを聞いた東雲はまた紅くなりながら

「でも……私、去年は男役だったし……みんな、私がヒロインとか笑うって、きっと」

「大丈夫だよ。てか、そんな奴がもしいたら俺が許さない」

 俺がそう言うと東雲は少し硬直して、直ぐに顔を背けた。いや、今度は顔だけじゃなくて体ごと、俺に背を向けた。何か怒るようなことは言わなかったはずだけど……。

 しばらくして東雲がまたこちらに向き直った。表情にはさっきの様に悩んでいると言う様子は見られない。

「……話して良かった。スッキリしたし」

「そっか、良かったよ」

 どうやら良い方向に転んだようで良かった。

 悩み事も解決したようだし、休憩も十分だ。さっきまで日陰の中だったこのベンチも今では夕焼け照らされている。そろそろ帰ろうかと口を開こうとした時。

「ちょっとやってこうか」

 そう言い東雲はベンチから飛び降りて転がっていたボールを拾い上げる。

「今から⁈」

 今からと言うのもあるし、日が沈みそうになっていると言っても真夏だ、そんな時期に運動なんかすればどうなるかは言うまでも無い。

「タオルとか無いだろ! ビショビショになるだろ!」

「私は持ってる!ほら!早く獲りに来いよ!」

 そう言いながらボールをバウンドさせる。

「人のこと考えろよ!」

 そう言って俺もベンチを飛び降りて東雲の持っているボールを獲りに向かう。

「持ってこない方が悪いよ!」

「確かになっ!」

「はははっ! ほら、こっちこっち!」

 俺はバスケ初心者だ。いくら男と女だろうが経験者に勝てるはずも無い。必死に食らいつくが軽々と躱される。そして、だんだんバテて来た。東雲は疲れた素振りも見せずに笑いながら俺を躱している。

 —————

 結局、一度もボールを獲ることが出来ずに今はコートに倒れて空を仰いでいる。

 そこに歩きながらドリンクを飲んで東雲が帰って来た

「ふぅ……ほら、買って来たよ」

 東雲は飲み物を買いに行ってくれていた。

「ああ……ありがと……うはっ!」

「ん? どうした?」

 どうしたじゃない。いきなり腹の上に座られたんだ、何とも無い方がおかしい。

「いきなり座るなよ!」

「いきなりじゃなかったら良かった感じ?」

「良くねーよ!」

 東雲は笑ってスポーツドリンクを差し出してくる。だが、こんな体勢で飲めるわけがない。それを東雲は分かっていたようだが……。

「このままじゃ飲めないな……」

「分かってるなら退いてくれよ」

「口開けて」

「?」

 何言ってるんだ? さっさと退いてくれよ……。

「早く開けて」

 嫌な予感しかしないがそうしないと話が進まないような気がして渋々それに従う。

「うっ! ゴフッ!」

 やっぱりやりやがったな!

 東雲は俺の口に少し高い所からドリンクを滝のように流し込んだ。息継ぎも出来ず俺はドリンクを吐き出し顔中ベタベタになってしまった。

「ゴホッ… 何してんだよ!」

「ごめんって!……フフッ……ハハハッ!」

 反省する様子も無く笑ってやがる!じとっと睨むと少しは悪いと思ったようでタオルを渡してくれた。

「ほら、これ使って」

「……んん、ベトベトは変わらないな……」

「うーん、それは我慢して。ドリンクは後で私のあげるから今は目瞑って欲しいな」

「何で?」

「今からシャツだけ変えるんだよ。この辺りには誰もいないし、江崎が目を瞑ってれば問題無いしな」

 これは……仕方ない目を瞑ってやろう。当然少しは開けるけど。

「分かったよ、瞑ってる」

 そう言って俺は目を瞑った。さあ!早くしろ!

 腹の上では東雲がゴソゴソと動いているのが分かる。こんなにリスクも無く……いや、なかったわけじゃ無いけど……良い思いができるようレアな出来事はなかなか味わえるものでは無い。

 腹の上のゴソゴソが止まったそろそろか……?

 ちょうど良い位と感じたタイミングで目をうっすらと開ける。

 どうだ……?見え……。

「やっぱり。そうすると思ってたよ」

「あ……痛ってぇ!」

 待ち構えていたと思われる東雲に強烈なデコピンをされ、タオルを頭に巻かれて完全に見えないようにされてしまった。

 そして、着替えが終わり俺の上から立ち上がる。

 俺はようやく飲み物にありつくことが出来た。

「はぁ……生き返る……ありがと、ほら」

 礼を言ってドリンクを東雲に返す。

「じゃあ、帰ろうか」

「……ん、うん、そうしよう。流石に私も疲れたよ」

「ほんとかよ? そうには見えないな」

「めちゃくちゃ疲れた、今すぐ寝られるよ」

 俺たちはゴミを捨ててからバス停へと向かった。そして嬉しい事に目当てのバスがちょうどやって来た。

「人乗って無いな」

「ここの平日のこの時間はこんなもんだよ」

 そう言って東雲は一番後ろの席に座る。俺もそれに続いて隣に座った。

「結局何にも収穫なかったな」

「……そうだな、私達がしっかりしないといけないのに」

 正直な所他のメンバーはあてにはならない。俺と東雲がしっかりしないと間違いなく何も進まないだろう。

「明日も時間あるか? 今日の分を取り返さないと……」

「……うん……、明日、大丈夫……」

「じゃあ明日も同じ時間に集合な。明日はちゃんとわかりやすい所にいてくれよ」

「……う……ん…………」

 何だか反応がおかしい。隣を見ると東雲は座席に身を任せて眠っていた。

「おい! 本当に寝るなよ!」

 体を揺すって見るが起きそうな気配は無い。仕方無い、明日の事は後で決めればいいか。

「はぁ……」

 窓から外を見る。本当にこのままで大丈夫なのだろうか。去年は何とか上手く言ったが偶然だ。また同じことをやれと言われても絶対にできそうに無いだろうし、やりたくもない。それなのにみんな俺たちに任せるなんてどうかしてる。特に俺と東雲以外のメンバーは本当にあてにならないし、東雲も今日の調子ならいよいよヤバイ……。

「うわっ……」

 バスがカーブして少し揺れる。

 そしてそれは座席に身を任せていた東雲をこちらに投げる。

 その結果、東雲は長い後部座席に横になる形なってしまった。

「どうしよ……」

 横になってしまった事は問題無いのだが、不幸なことに頭が俺の太腿の上に乗ってしまった。そう。非常に危険だ。

 物理的にヤバイし、目の前には東雲の寝顔もある。それがやけにそそる非常にマズイ。そんな時に目を覚まされたらと考えると……。

 いや、東雲を元の体勢に戻す、座らせてしまえばいいか。だが、それも途中で目を覚まされると……。

 くそっ! 結局攻められてるじゃないか! どう足掻いても東雲からは攻められてしまうのか……? いや、いつかは俺が攻め続ける日が来ることを信じる。

 ……とにかく今はここで耐えなければその日が来る事は永遠に無くなってしまうかもしれない……頑張れ、俺。

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