第一話 白い死神
七月下旬。溶けてしまいそうな暑さが続いている。だが、それにしても寝苦しい。何だ……? 目を開けると白い髪の少女がこちらを見ていた。
「どうした江崎? 苦しそうにしていたが……?」
「うわっ!」
慌てて飛び退くが壁がすぐ後ろにあり頭を打ってしまった。
「ん? 何を驚いてる?」
いやいや、起きていきなり目の前に顔があれば誰でも驚くよ……。
この白髪の少女の名は篠田結月。俺のクラスメイトで、一年前に俺をある戦いに巻き込んだ張本人だ。
ぶつけた後頭部をさすりながら、篠田に何故こんなに早くきたのかを訪ねる。
「誰だって驚くって……。てか、早くないか? まだ9時だろ。集合は1時だったはずだろ?」
それというのも、今年もまた同じメンバーで劇のメインをする事になってしまった。2年連続で同じメンバーで良いのかと俺は異議を唱えたが、そんなにやる気のない男子、やる気はあるが主役やメイン所はちょっと……という女子達により決定されてしまった。そんなわけで、今日は劇の事で話をする為に俺の家に集まる事になっている。
来るのが早過ぎるんじゃないか? という俺の問いに、篠田はむくれた顔をして。
「むぅ……静がクーラーつけてくれない。暑い。だから来た」
「……」
「どうした?」
何も言わない俺を篠田は不思議そうに見る。
「なんでもないよ。ほら、着替えたいから部屋出てくれよ」
篠田は半年前に戦いが終わってからかなり変わった。前とは見違える程に表情が豊かになりより可愛さが引き立っている。俺は、ニヤケてしまいそうなのを我慢して部屋から篠田を追い出した。
二階にある自分の部屋を出て篠田が待っているはずのリビングへ行く。しかし、いつも寝転がって我が物顔で占領しているソファに篠田の姿は無かった。そこへキッチンから何かを焼いている音が聞こえてきた。不思議に思い、キッチンを覗いてみると篠田は険しい顔をしてフライパンで目玉焼きを作っていた。
「目玉焼き作ってるんだな」
「えっ……」
篠田は俺に気がついていなかったみたいだ。どういうつもりで作っているのか……?
気になって聞いてみる。
「朝飯食って来なかったのか?」
篠田は首を振り、何故か俺から顔を逸らして答えた。
「違う。……その、これは江崎に作ってるんだ……」
「へー、ありがとな。他に何作るんだ?」
流石にそれだけじゃないだろう、フライパンの向こうに鍋もあるから味噌汁はあるな。
「目玉焼きの他は、焼きジャケ、サラダ、味噌汁、米、だな。顔洗って歯を磨いてくるといい」
「ああ、そうさせて貰うよ。あ、火傷すんなよ」
特に難しい物は作らない様だからから安心だとおもうが、少しぎこちないところがあったので一応注意してから洗面所へ向かった。
顔を洗いゆっくりと歯を磨く。今日は朝飯作らなくていいから余裕がある。しっかり時間をかけて歯磨きをして、朝飯のあるリビングへ向かう。篠田の料理何て食べた事が無いから少し期待してしまう。
しかし、テーブルに着いた俺の目の前には予想だにしない物が並んでいた。何故こうなったのか、難しい物はなかったはずなのに……。
「すまない……」
「えぇ……」
俺のすぐ目の前にあるのは、半熟にしようとして失敗したのだろうと思われる目玉焼き。その横には形、大きさバラバラで切られて皿にブチ込まれたサラダのような物。
「コレって……シャケ?」
「そうだ……」
唯一マトモに見えるのは味噌汁とご飯だけだった。
「あの後何があったんだよ……」
篠田はバツの悪い顔をして軽く俯いていたがしばらくして口を開いた。
「目玉焼きは半熟で皿に移そうとしたら黄身が破れた……」
「うん……」
「サラダは味噌汁が沸騰して急いで切って皿に乗せたせいだ……」
「うーん……」
「シャケは、味噌汁の沸騰で慌てて焼いているのを忘れてしまって焦がした……」
「はぁ……」
俺の為に頑張ってくれたのは分かるけどコレはちょっと……。俺がそんなことを考えていると、自分が食べると篠田が言い出した。
「江崎……コレは私が食べる。こんなモノをお前に食べさせるのは……」
「いや、いいよ。俺が食べるから」
器を下げようとした手を止めさせて、箸を取る。
「じゃあ、いただきます」
「無理なら残していいからな……」
食べた感想? 言うまでもない。
なんとか最後の一口を口に運び食べなんとか終える事が出来た。
「ごちそうさま…」
少し間を空けて篠田が尋ねてきた。
「ご飯と味噌汁はどうだった…?」
「えっと……」
マトモに見えた味噌汁とご飯も凄かった。味噌汁は味噌を入れすぎたのか飲めたもんじゃないくらい辛かった(飲んだけど)。ご飯は水の量を少なくしすぎたようでカチカチでコレも食えたものではなかった(食べたけど)。
俺が困って何も言えないでいると篠田はため息をついて片付けを始めた。
「俺がやるよ」
と言ったが篠田は片付けを止めずに座っているように俺に言った。
「あんなものを食べさせたんだから……」
と言って篠田は食器をキッチンへ運んで行った。
ソファに座ってキッチンを見ると洗い物をしている篠田が目に映る。また、なんだかニヤケてくる。まだ、その……付き合ってもいないし、当然何もしてないからこんな事考えるのもアレだけど……新婚とかってこんな感じなのかなぁ……。いや、やっぱり違うな。篠田の話し方が違う気がする。やっぱり俺が求めてるのは……。
「おはよう、結月」
「あ、祥汰!おはよっ!」
そう、無邪気な笑顔でのおはようだな。 で、その次は……。
「起きるの早いな。いつベッドから抜け出したんだ?」
当然ダブルベッドだよな。
「5時くらいかなぁ……」
「えっ? 早すぎだろ」
「だって今日は凄く忙しくなるって言ってたでしょ? だから頑張ってもらうために気合い入れて朝ごはん作ったんだよ!」
えっへん! と胸を張りドヤ顔で腰に手を当てる結月。
「ありがとな、頑張るよ」
と言いながら腰に手を回して頭を撫でる。
「ちょっとぉ~、今はダメだよぉ~。また焦がしちゃうよぉ~」
とか言いながらも嬉しそうにくっ付いてくる。
「少しくらいいいからもう少しこのままでいいだろ…?」
ここでハハッと笑う俺。んで、次は次は……フッフッフッ……。
「ニヤケすぎだ、童貞」
……えっ? 妄想から現実に戻った俺の目の前には篠田がいた。
「えっと……そんなにニヤケてた……?」
「マヌケなニヤケ顔だったな」
うわっ!見られてたか……。
「あと、すまないな、この話し方はもう変わらない」
「なっ、なんでその事を……」
「最初から最後まで全部口から出てたようだが?」
「マジかよ……」
「それに私はそんなに献身的にはならないし甘ったるい話し方もしない……ただ……」
急に篠田が顔を少し赤くして俺の目を見る。
「ただ…?」
「頭は撫でてもいいぞ……ほら、撫でろ」
そう言って篠田は俺の胸に飛び込んで来た。急な事で驚いて何も出来ないでいると、俺の胸に顔を埋めていた篠田の赤い目が上目遣いで一瞬俺を見た。その目は「早く撫でろ!」と言っていた……ように見えた。
そんな事をされてしないわけにもいかないが、俺は妄想だけで人の頭を撫でた事なんて無い……ああっ! もう妄想の通りにすればいいか! 俺は腰に手を回して篠田の頭を撫でた。
篠田は特に動きの反応は無くずっと胸に顔を埋めていたままだったが何か違和感が……。最初は真夏に人がくっ付いていたら暑いと感じるのは当たり前だと思っていたが明らかにおかしい、特に胸の辺り。言ってしまえば篠田の顔だ。おそらく、めっちゃくちゃ恥ずかしがってるな、これは。うん、俺の妄想の篠田よりもかわいいと思う。やっぱり違うなんて事はないな。
しかし……外の気温も相俟って本当に溶けてしまいそうに暑い。でも篠田と一緒ならこのまま溶けてしまっても構わない……。