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他人

「乗れ」

 あの裏路地で結月だと答えた少女に連れられて表通りへと出ると、普通の物よりも少し大きなワンボックスが目の前に止まった。窓は前三面以外は外から中が見えないように真っ黒になっている。

 止まったと同時にドアが開かれて早く乗るように催促しているように感じられた。逆らう理由も無く、俺は言われた通りにさっさと車に乗り込んだ。結月も乗り込みドアが閉まると直ぐに発進した。

 車内は運転席と助手席は普通の自動車と変わらないが、後部座席にはかなり手が入っている。後部の中央にはテーブルがあり、それを座席が囲んでいる。背もたれの上にはガラス戸の棚が設置されており、グラスが仕舞ってある。しかし、その中に注ぐ物を仕舞っている所が見当たらない。

 結月は俺の正面に座った。

「あの場所で何をしていた」

 前置き無しに唐突な質問だ。

クソ野郎供(サイボーグ)を殺す為に決まってるだろ」

 結月の目を見てキッパリと言い切った。

 しかし、結月の顔は何故か怒りの表情が浮かんでいる。そして、表情を変えずに立ち上がり、俺の目の前で立ち止まった。

「何だよ……」

 さっき、目の前でサイボーグ七体を瞬殺した奴に睨みつけられている。内心、ビビっている。

 けれども、その前に結月は俺の初恋の相手だし、まだその想いは残っている。その所為だろうか、俺は怖気付いた様子を隠して強気に目を睨み返した。

 ……しかし、それは一瞬で崩されてしまった。

「わ、わわっ!」

 突然、腰に手を伸ばされて仰け反ってしまった。

 俺の腰に伸びた手はホルスターに入っていた拳銃を掴み、銃口を俺の顔へ突きつけた。引き金にかけられた指は今にもそれを引いてしまいそうだ。

「こんな物で奴等が殺せるとでも思っているのか!」

 更に怒りの温度が上昇した結月は銃口を俺の額に押し当て、俺を怒鳴りつけた。そして、怒りの収まらない結月の言葉が続く。

「それに、『サイボーグを殺す為』と言ったな? なら、あの時の体たらくは何だ! 今も私に怖気付いたな?」

「今は銃を向けられてるし、あの時は……」

 銃口を向けられて怖がるなと言う方が無理だ。

「あの時は、何だ? 仕方無いとでも言うのか?」

 ……否定したかったが、頭の中ではそれを認めてしまっている。母を殺した奴等(サイボーグ)をこの世から消すことが出来れば、死んでもいいという覚悟でここまで来た筈だ。

 なのに、サイボーグが目の前に立った時の俺は恐怖で体が動かずに何も出来なかった。それどころか、目を瞑って諦めてしまうなんて覚悟が無かったと思われても仕方無い。

 俺は目を逸らし、少し俯いて黙り込んだ。

「やはりその程度か。これで懲りただろう。これからは大人しくするんだな」

 結月は銃を粉々に握り潰し、部品や破片が床に散らばった。そして、元の席へと腰掛け、腕を組んで窓から外を睨んでいる。

 俺はそれを見て何か言い返すことも出来ずに、これからどうするべきなのか考えていた。



 色々と考えている内にいつの間にか停車していた。窓から外を見てみると、工具箱やネジにナット、分解されたエンジン? が転がっている。これを見る限り、ここはガレージの中だという事しか分からない。

 結月はさっきと変わらず俺の正面に座っているが、今はヘッドホンをして目を瞑っている。音が聞こえていないから停車していることに気が付かないのだろう。一人で外に出るわけにもいかず、結月が目を覚ますのを待つ事にした。

 しばらく待っていても目を覚ます気配は無く、いい加減起こしてやろうかと立ち上がり、結月に歩み寄った。

 そして、もう少しで肩に手が触れたと同時にスライドドアが開いた。その方向を向くと微笑みを浮かべた女の人が車内を覗き込んできていた。

「結月ちゃん、そろそろ掃除したいんだけ……ど……」

 目が合った瞬間に微笑みは怪訝な表情へと変わった。

「あ……、いや……その、これは……」

 突然の事にびっくりしてその人と目が合ったまま硬直してしまい、頭の中も同様だ。弁解しようにも頭が働かないし、舌は上手く動かないときている。自分でも何を言っているのか分からない。

「分かった。すぐに降りる。お前はいつ迄そうしているつもりだ」

「あ……ごめん……」

 結月は肩に置かれた俺の手を掴んで立ち上がった。そして、そのまま手を引いて車から降りた。

「すぐに帰れるとは思うな。あの場に居合わせたお前が悪い」

 そう言いながら結月は、ガレージの奥にあるドアを開いた。

 手を引かれドアを通るとそこは、だだっ広い部屋だった。壁にはいくつものモニターが並び、様々な場所の映像が流れている。そして、俺の正面にある一番大きなモニターの手前2メートルほどには、複数の小さなモニターに囲まれてパソコンが机の上に置かれている。

 学校の教室二つ分以上はあろう部屋なのに、そこに居たのはギリギリ青年と呼べそうな男と小学生くらいの女の子。

 女の子は部屋の中央に立って一番大きなモニターを凝視している。時折、他のモニターにも視線を移すが、すぐにまた元のモニターへと視線を戻す、という事を繰り返していた。

 男はこの広い部屋にポツンと置かれた丸いテーブルの横で、カフェにありそうな木製の椅子に腰掛けカップで何かを飲んでいる。香りからしてコーヒーだろう。

「うっ……! この配合はダメだな……。……おっ、来たか結月。よく休めたか?」

 男はカップを置いて立ち上がり、結月を迎えた。

「ああ、それよりもこいつをどうするかだ」

 二人の視線が俺に集まった。しかし、少女は俺に見向きもしないで、同じルーティーンでモニターを見続けている。

 男が腕組みをして「うーむ……」と言いながら俯いて部屋の中を歩き始めた。

 歩いて歩いて、部屋を丁度二周した時にパッと顔を上げて俺に言った。

「君、サイボーグに復讐したいんだよね?」

「えっ……? はい……そうですけど……」

 それがどうした。俺には無理だと言いたいのか。

「じゃあ、仲間にならないか? もし、今回の事で諦める気になったのなら、無理にとは言わないけど」

「えっ……」

「っ! 何を言っている! こいつは……!」

 驚きでポカーンとした俺とは対照的に、結月は男の言葉にすぐさま反対しようと詰め寄った。男はそれを、「まあまあ」となだめて邪魔が入らない内に説明を始めた。

「そんなに目くじら立てなくても……。今の俺達に足りないのは何か分かってるだろ? 人だよ、人。これが圧倒的に足りていない! 某ドームがスッポリ入る広大な秘密基地の掃除を俺と静の二人でしなきゃいけないくらいには足りてないんだ!」

 しかし、これを聞いた結月は納得がいかなかったのか反論した。

「そんな事は知ったことでは無い! 他の者を一人か二人掃除に回せば良いだけだろうが」

「ダメダメ、そんな事したら諜報班がマトモに回らなくなる。それは困るだろ?」

 結月にとってそれは図星だったようだ。納得できないという顔をしているが、何も言わずに身を引いた。

 しかし、納得いかないのは俺も同じだ。

「ちょっと待ってください! 何勝手に掃除係にしてるんですか⁈ そんなの嫌ですよ! まず、まだ仲間になるなんて言ってないですから」

 せっかくサイボーグと戦う人間と出会えたのに、掃除係として仲間になるなんてどうして認められようか。

「ふーん。でも、そうなると……無事にここを出る事が出来ると思ってるのかい?」

「どうする……つもりなんですか……?」

 男は結月の目を見て何かを確認するような素振りをした。結月は呆れたように首を振り、壁の方へと離れて行った。

「そうだなぁ。まず、君がサイボーグ、あるいはその仲間なのかどうか確認させてもらおうか。リサ! 電気椅子用意してくれ!」

 リサと呼ばれた少女が振り返り、無表情のまま頷いた。金髪碧眼に白い肌。日本人では無い事は確かだ。ヨーロッパの方だろうから……。

「リサは俺の助手でな、サイボーグの開発・研究をしてるんだ」

 俺の視線で察したのか、男は少女の事を聞いてもいないのに話し始めた。しかし、少女の話よりも引っかかる事がある。

「開発・研究? 壊す側なのに……」

「まあ、そうなんだけど、それが俺達の仕事なんだよ。それに、標的としているのは犯罪を犯すサイボーグだけで無差別に壊し回ってるわけじゃない。君はどうなんだ? やっぱり、サイボーグ全てが憎いか?」

「それは……」

 さっきは結月に勢いでサイボーグを殺すと言ったが、それが全てなのか母さんを殺した奴等だけなのか考えていなかった。

 そういえば、今までサイボーグを殺すという漠然とした目的しかなく、具体的なものが無くここまで来た。そのせいなのだろう。具体的な計画と準備もろくにせずに銃だけ手に入れて出来ると思い込み、後は気持ちでなんとかなると頭のどこかで思っていた。よく考え無くてもこんなので上手く行く筈が無いって分かっただろうに。それが結月には見えていたのかな……。

「おーい、どこ見てる〜?」

 目の前で手を振られて我に帰った。

「考え過ぎだよ。……で、どうなんだ?」

 考え込んだ結果、脱線してしまい答えが出なかったとはなんとなく言いにくい。

 しかし、そんなに考えなくても素直に思った事を口にすればいいだけだ。

「俺は母さんの敵討のためにサイボーグを殺します。と言っても俺一人じゃできないかもしれないですけど……」

「そうか、うん、それで良い」

 男は頷き、電気椅子の準備をしている少女に向かって取り止めだというように手を振った。

 しかし、もうセッティングは完了していた。少女は一目見ただけでスイッチと分かる物を持ち椅子の横に立って、後はそれを押すだけという状態だ。

「先生、遅いです」

 声に感情はこもっていないように聞こえるが、目には抗議の色が見られる。

「あ……ゴメンゴメン! そのままでいいよ」

「先生、もう勤務時間を十時間もオーバーしています。その分はしっかり出ますよね」

「大丈夫、大丈夫! ちゃんと払うから〜……。金にうるさい所は変えられなかったなぁ……。あっと、そういえば自己紹介してなかったな。俺は篠田英輔《しのだえいすけ》と言って、ミツキホールディングスの代表取締役社長をやってます。よろしく」

「あっ! 言われてみれば……。昔、お会いしたことありませんでしたか?」

 曖昧だが、映像で見ただけでなく、直接会ったことがあるような気がする。

「んん……。いや、多分人違いじゃないかな。いつ頃のことか分からないけど、兄から会社を受け継いでから忙しくてねぇ。子供の前で話すような事は無かったと思うよ」

「そうじゃなくて、パーティか何かだったと思います。六、七年前くらいだったかな……」

「それは無いよ。その頃はパーティなんかには出ないで研究に没頭していた頃だからね。人違いだよ」

「そう……ですか……」

 納得がいかない。けれども、降って湧いて来た疑問でしつこくするのも良くない。

「江崎祥汰です。……それ以外何か言わないといけないことありますか?」

「いや、いいよ。それはまた追々聞かせてもらうから」

 そう言うと背後に準備された電気椅子に座るよう促して道を開けた。

 もう拷問にかけられるような雰囲気じゃ無かった。だからといって免れることが出来たと期待したのは間違いだった。

「やっぱり、それ使うんですか……」

 うなだれながら椅子へ向かって歩いた。そして、どっかりと座り込んで背もたれにもたれかかる。椅子は木製であまり座り心地が良くなくて、勢いよく座ったせいで背中が痛い。

「まあ、使うと言っても電流は流さないよ」

 そう言いながら英輔さんは部屋の一番大きなモニターの前へ向かってゆっくりと歩いている。俺の視界から消えた時に、椅子の横に立っていたリサが明後日の方向を見ながら俺に忠告した。

「怪しい動きをすれば押すから」

 何をとは言わなかったが、電流を流すボタンの事だろう。

「英輔さんは使わないっ……!」

 少し前のめりになってしまったからだったのか、リサはボタンを俺に見せ付けて押した。

「うわっ!」

 電流が来るっ! ……と思って身構えたが、体が焼かれるような事は無く、椅子が反転し、巨大モニターの前に立っている英輔さんの方を向いただけだった。

「回っただけかよ……。脅かすなよ!」

「次は押す」

「……はい」

 椅子に深く座り直して前を見た。それを確認してから英輔さんが話そうと少し大きく息を吸った時に、部屋の隅から沈黙を破って結月が口を開いた。

「英輔! 何を始めるつもりだ」

「何って講義だよ。まだ何も知らない少年に全てを知ってもらおうと……」

「本当に引き入れるつもりなのか!」

「さっきの反応はOKって事だと認識したんだけどなぁ」

「違う! なら、こいつに何を教えるつもりだ。掃除の仕方でも教えるのか!」

「全てっていただろ? まあ、今は無理だろうからコレも追々だな。まずはWLCの事だけでも知ってもらわないとな」

【WLC】というのは聞いた事がある。といっても知っている事は、サイボーグ達が集まって組織されているテログループという事くらいだ。これくらいならテレビやネットを見ている人なら誰でも知っている。そういえば、ネットで情報を漁っていた時に中心メンバーの顔写真を見た事があったな。信憑性は無いが。

「やはり、私にこいつのお守りをさせるつもりか」

「ああ、そうだな。もしもの事があるかもしれんからな、学校でも頼むぞ」

「学校⁈ 何故そこまでしなければいけない!」

「いや、学校に行くのは結月のためでもある。お前はコレが終わればどうするんだ? 死ぬつもりか? いやいや、お前が自分から死を選ぶなんて無いよな? なら、その先の……」

「ああっ! もういい! 黙れ!」

 結月の怒鳴り声が英輔さんの話を遮り、部屋は静まり返った。白髪のせいでカンカンに怒った赤い顔の色が引き立っている。

 結月は壁に立てかけてあった刀の絵を掴んで振り上げ、思いっきり床に叩きつけた。

 そして、こちらを見る事なく、部屋を出て行った。

「あ〜あ〜……。機器に被害が出なかっただけ良しとするか……。じゃ! 気を取り直して、講義を始めようか!」

 ————

 普段は授業で居眠りはしないようにしている。しかし、今回の講義はそういかなかった。

 淡々と先生が話すだけという退屈な授業はよくある。普段なら余裕で起きていられる筈だが、今日は普段通りではない。二十四時間も起きていたのは初めてだ。だから……。

「ぐぁぁっ!」

「これで16回目。やる気あんの」

「今のはちょっと頭下げただけだからな!」

「怪しい動きをすれば押すって言ったから」

 電流のスイッチは持っているリサの判断で押される。危険な程の電圧ではないと言っているが、かなり痛いし少し焦げ臭い気がする……。

「もう少しだ頑張れ〜。最後に、簡単にここまでのまとめといこう。まず、サイボーグ化手術を受けるのはどのような人間だ?」

「一定の年収に満たない層の人間で、主に男性。それと、逆に金の有り余った金持ちですよね」

 サイボーグ化手術にはかなりの費用がかかるから、並みの家庭では到底受けることはできない。

 しかし、収入が少ない貧困層には仕事を選んでいる場合ではない者もいて、稼ぐためにはどんな危険な仕事にも飛び込んで行く。そのせいで貧困層の死亡率が跳ね上がった。これを受けて、政府は貧困層のサイボーグ化手術を無償化を決定した。その動きには批判の声もあったが、一応は死亡率が落ち着いた事もあってか、今では取り上げられるようなことは少なくなっている。

 反対に、金持ち、富裕層が手術を行うというのは道楽のためというのが大きい。美しさを求めて、趣味に没頭したい、より強くなりたい、そのような願望を持って手術を受けるのが富裕層だ。

「簡単にいえばそうだな。そんな感じで短く答えてくれ。次は、サイボーグの管理について」

 サイボーグは常に管理ネットワークに接続されていて、サーバーへと常にバイタルデータが送信されている。そして、一定値を超えると強制停止が行われる。

 それに加え、潜在意識の中に人間を襲うなという命令が刷り込まれており、根本的に危害を加えられないようにされている。潜在意識と言っても、本人には認識できないように異なるデータにカモフラージュされて脳内に仕込まれているだけだが。

 俺はこれに加えて、暴走の原因についても答えた。

「で、その接続を切断することができる技術者が金儲け等の野心を持ってしまったから、今現在存在するようなテロ組織が作られてしまった。これでいいですよね?」

 少し自信を持って採点を求める。

「そうだね。けど、事故に遭ってたまたま切断される事もあるってのが抜けてたから減点だよ」

「あ……、そこ聞いてなかった……痛っ! ……何でスイッチ押してるんだよ!」

 何もしていないのに何故か電流が俺の体を流れた。

「先生の話を聞いていなかった罰だから」

「罰なんてあったのかよ……」

 突然の新ルールのことはもう気にしないでいよう。英輔さんはこのやり取りを見て笑っていたが、俺としては笑い事ではない。

「聞いてなかったのならもう一度説明しよう。ネットワークに接続したり、データの送信は頭部に埋め込まれたマイクロチップで行なっているんだ。けれど、コレは結構脆くてね。一応、耐久基準値を設けてはいるけどあって無いようなもので、ほとんどが基準値を満たしていないんだ。で、それをクリアしようとすると時間とコストがかかって中々安価で量産できない。しかし、政府は『安く、早く』チップが欲しい。そこで、政府と企業が癒着し、粗悪品が出回る事になった。その粗悪品が事故等で、過剰な負荷がかけられると破損してしまうという事だね。もちろん、ウチはそんな事してないけどね。よし、次でラスト。WLCについて」

「えっと、『この汚れた世界を破壊し、新たに世界を創造する』という目的を掲げて、世界中で大量虐殺を行うテロ組織、ですよね」

「ああ、世間ではそこまでしか知られていないな。それで?」

 俺も英輔さんもこれで終わりではないと分かっている。

「その構成員は全てサイボーグで構成され、一般社会にも溶け込んでいる。当然、裏の世界でも幅を利かせていて、マフィア、ヤクザにも多大な影響力を持っている。こんな感じでいいですか?」

 これで良いですか? と言ってしまったが、言い忘れていた事もある気がする。

 しかし、英輔さんは「うん、いいね」と言ってくれた。恐らく、俺の横に立っている押したがりの事を気にしての言葉だろう。まあ、そんな優しさも意味は無かったのだけど。

 ————

 講義が終わったのは朝の七時半くらいだった。

 この基地がどこにあるのかも分からないし、家まで帰って着替えて学校に行こうとすれば間違いなく遅刻してしまう筈だ。

「これ着ていけばいいよ」

 英輔さんは制服一式を持って来て手渡してくれた。他にも、シャワーを使わせてもらい、朝食もご馳走になった。

 色々と手助けしてもらえたおかげで、八時には準備を整えることができた。でも、ここどこだ……?

「英輔さん、ここから学校ってどれくらいありますか?」

 飲んでいたコーヒーのカップを置いて、英輔さんは立ち上がった。

「すぐそこだよ。でも、今日は送って行ってあげよう。疲れただろう?」

「いえ、いいですよ」と言うのが日本人だろう。けれど、今はそんな事はどうでもいいし、気にも留めるつもりもない。俺はお言葉に甘えて、英輔さんの運転で学校まで送って行ってもらった。

 そのおかげで、学校に着いたのはいつも通りの時間だった。

 そういえば、結月はどうしたのか……? シャワーを浴びたり、朝食を食べている時も姿を見なかった。もう学校に来ているのか?

 まあ、俺のお守りを英輔さんに言い付けられたからもう来ているんだろう。

 校舎に入り、階段を登り、教室のドアの前に立った。すると、教室の中がざわついているのを感じる。

「やっぱり先に来てたのか」

 納得してドアを開けて教室の中へ入ると、俺の席の横に威圧感を放つ制服姿の死神が座っていた。

 自分の席へと向かい、隣の結月を見た。足を机の上に乗せ、腕組みをしている。何かの組長なのかと言いたくなる。目は真っ直ぐと前を見ていて、前の席の斎藤さんが睨まれているという状況になっている。

 睨まれている斎藤さんはどうしたらいいのか分からなくてあたふたしている。涙目になっていて今にも泣き出すのではないか。

「結月、斎藤さんが怖がってるから止めろよ」

「篠田……」

「え……?」

「篠田だ」

 篠田? 名前は知ってるんだけど……。

「結月と呼ぶな。馴れ馴れしい」

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