プロローグ
空には細々とした雲しかなく、太陽は真上からこれでもかという程に照りつけている。
夏休み前最後のホームルームも終わり、俺以外の生徒はみんな早々と教室を後にした。遊ぶ予定を立てている者もいれば、部活漬けの毎日だと嘆いている者もいた。
しかし、俺はそんな彼らとは違う。強いて言えば文化祭の準備と練習があるが、それ以外は毎日何も考えずに一人でいたい。
というのも、高校に入ってから今日までの一年と少しの間、一人で落ち着いた時間というものがほとんど無かった。
理由が無かったわけではない。俺は母を殺した奴らに復讐する為に東京までやって来て、この学校に入学した。当然、誰ともつるんだりするつもりなど一切無かったのだが……。
俺は彼女と出会ってしまった。いや、再会してしまった、か。それからは彼女の所為で、俺の周りには人が集まるようになってしまい今に至る。
だから、一人になる時間は気分転換する事が出来る貴重な一瞬だ。窓から外を見ると、グラウンドではもう野球部がキャッチボールをしている。ケータイを取り出して時間を確認するともう一時を回っていた。
ホームルームが終わったのが11時前だったからもう一時間以上も教室で一人ポツンと座っていたという事になる。
もういいかな、と席を立とうとした時、手に持っていたケータイが震えた。画面を見てみると例の彼女からの連絡で、今どこにいるのかと俺に聞いている。もう気分転換は十分だ。「教室」と端的に返信すると、すぐに向かうと返ってきた。何故ここに来るのかは分からないが、理由を聞くのも面倒だ。何も返信せずに待っている事にして今日のニュースでも見ていよう。
サイトを開いて画面を下へスクロールし、見出しを流し見していく。だが、興味がわいてくるようなものは無い。結局、スポーツニュースのページへ飛んで昨日のプロ野球やサッカー、その他のスポーツの結果を見ていた。
そして、めぼしい記事全てに目を通し、最後にトップページに戻ってからケータイを閉じようと思ったが、ある記事の見出しが目に入った。
それは、人のサイボーグ化についての記事だった。その記事は、施術を受ける事により仕事の幅が広まり、社会にもプラスになるからと手術を推進しようとするものだった。
しかし、これまで被術者がやってきた事から考えると、こんな記事書けるはずはないのだが……。でも、その辺りは大人の事情でもあるのだろうから仕方ないか。
もういい、自分からわざわざ気分を悪くする事もない。俺は、さっさとタブを閉じてケータイをしまった。
再び外を見るとシートノックが始まっていた。見ているだけでプレーしない俺からすると、何も考えずにぼーっと浸かれずに見ていられて良い。
しだいに、内野の連携へと変わり、慌ただしく選手が動き始めた。
それとほとんど変わらないタイミングで階段を駆け上がってくるバタバタと足音が聞こえてくるようになった。だんだんと床を叩く音は大きくなり、すぐにこの教室のある階に着いたようだ。
そして、その音はすぐそこという所で止まった。そして、スライド式のドアが開かれて、例の彼女の姿が現れた。
彼女は一言「帰るぞ」と言っただけで、それ以外は何も言わずにただただ俺を見ている。俺も一言「ああ」と返しただけで席を立ち、教室を出た。
このまま学校を出ると夏休みが始まる。俺たちにとって実質初めての夏休みだ。どんな事が起こるか分からないが、もう悪いことは起こらないはずだと信じたい。