「お嬢様、前より美しくなられましたね。亡くなった奥様もお喜びになるでしょう」
私が通うことになるのは名門の共学高校だった。
朝起きた。この体の持ち主はもともとかなりのねぼすけだったらしく、起きるのが大変だった。しかし、心の習慣が勝利を収め、朝の6時に起きだす。そして、自分が楓であることを確認する。
7時半に出れば間に合うからそれまでに準備をしなければいけない。制服を着て、化粧をするという基本的なことさえも元男であった私にはできなかったので、メイドの山谷さんに教えて貰った。
「お嬢様……ですよね」山谷さんは入れ替わりのことを知っているのかおっかなびっくりといった感じだった。
「はい。山谷さん。女としての生活について教えていただけるようお願いいたします」私が丁寧に言うと、少し警戒を解いたようだ。
「ではお嬢様、服の身に着け方から一つずつ教えていきますね。まず……」
詳細に教えてくれた。
最初は警戒していた山谷さんも、私が素直ないい子なのを見て、心を許し始めているようだ。終わる頃には、
「お嬢様、前より美しくなられましたね。亡くなった奥様もお喜びになるでしょう」
ここまで言ってもらえた。前の楓さんどんだけ素行悪かったんだろう?
高校まではリムジンで送ってもらえらた。
高校には送り迎えの車用のロータリーがあり、何台もの車がそこを利用する。私と同じく高そうな車で送り迎えされている人も何人かいた。
「おはようございます」
高校では丁寧におとなしく過ごそうと決めていた。教室に入っておしとやかに挨拶したら、皆がこちらを振り向いた。
ざわっとなる。
「え、楓どうしたの?」
「あれ椿さんだよね。なんであんな挨拶してるの?」
みんな私が挨拶しただけで驚いているらしい。私のもともとの評価はどうなっていたんだ。
教卓の上にあった座席表で自分の席の場所を確認した。座っている位置と座席表から名前と顔を一致させていく。来ている人全員の顔と名前が一致するまで1分程度しかかからなかった。やっぱ私って天才。確認を済ませて席へ行く。
隣に座っていた女の子に挨拶をする。
「おはようございます。武田さん」
隣に座っている子はおとなしそうな子で、ぬれ羽色のストレートが美しい。そして、制服の上からでもわかる巨乳だ。
「おはようございます。椿さん。今日はどうしたんですか?」
「どうした、と言いますと?」
私はごまかした。
「えーっとその……なんか今までと印象が違う気がして」ぼかした言い方だが戸惑っているようだ。
「うふふ、私はもともとこうですよ。どこも変わっていません」
私は静かに返した。
先生が来てまた驚かれた。
「なんだ椿、もう来ているのか、どうした?」散々な言いようだった。
「先生。朝学校に来るのは生徒として当然のことです。何か問題がありますか」そう言うと、先生はたじろいでしまった。
「いや、問題など何も……、申し訳ない」
こんな調子の私だったが、教師との間にトラブルがなかったわけではない。それは1時間目の数学の時間だった。
「椿、俺の話を聞かず内職とはいい度胸だな」
あまりに簡単すぎて退屈だったので、私はパパに借りた大学のテキストを読んでいた。そうしたら先生に目をつけられたのだ。とはいえ、これだけ簡単な内容を1時間もかけて説明するという無駄な時間に付き合ってあげる気はなかった。何せ問題文を一読しただけで解き方がわかり、紙に2〜3行途中式を書くだけで答えがわかるのだ。
それにしても、高校教師というのは大した職業でもないくせに非常に偉そうだ。
「先生、はっきり言ってこの授業は簡単すぎて退屈です。この無駄な授業で私の時間を奪わないでください」
「椿、どういうつもりだ。俺の授業が無駄だというのか?」おお、怒ってる怒ってる。挑発するのも楽しいかもしれない。
「先生、私は、この問題集の問題程度なら一読しただけで解き方がわかります」教室がざわっとなる。
「そんなわけがあるか。教えてもいないことがお前たち高校生にできるものか」あなた、ちょっと高校生なめすぎじゃないですかね?
「先生が適当に問題をだしてください。もし私が全部正解できたら、今後一切私に口出ししないでください」
「いいだろう」
売り言葉に買い言葉とはまさにこのことで、先生と私の一騎打ちとなった。
もちろん結果は私の全勝。こうして私は、授業時間を平穏に過ごす権利を勝ち取った。
それにしても先生と教室中の驚いた表情。たまらないね。