「お父様とお呼びすればよろしいですか?」「いや、パパと呼んでくれ」
目が覚めた。
一体どれくらいの時間が経ったのだろうか、などと思う前に、男の泣き声が聞こえてきてそちらを振り向こうとした。まだ頭に電極がくっついているため振り向けなかった。何だか髪が鬱陶しい。
男は大きな声でわんわんと泣いていた。
何が起こったかよく思い出してみる。そうだ俺は確か、先生に言われて謎の機械で才能をもらうんだった。
しかし何だろう。体に違和感がある。主に違和感があるのは、背中、胸、太もも、股間だった。背中はなぜか髪の毛の感覚があった。チクチクしていた。胸は少し重く、何かに締め付けられているようだ。太ももは何かひらひらした布がまとわりついていた。また、長ズボンを履いていたはずなのに、一部素足が出ているようで何だか寒かった。そして股間、あれの感覚がなかった。いや、気にならないときはならないものだけど、何か不思議だな、と。
手足を動かそうとして違和感の正体を探る。しかし、カタカタと音がするだけで固定された手足は動かなかった。
その音で同室の者が私が目覚めたことに気づいたらしい。
「もう一人も目覚めたようじゃ。様子を見ようかのう志十郎」
どうやら大倉博士らしい。
「調子はどうじゃ? 名前は言えるか?」
俺のことをヒョイっと覗き込むと博士は言った。椿先生は視界にはいなかった。
「柏木もみ……じ?」
何だろう声がおかしい。とても高い声だ。
「あれ……俺、声が……、何か変?」
俺は戸惑った。俺はこの機械で才能を得るはずだった。しかし、結果的に現状は、長い髪、高い声、思い胸、そしてスカートのようなものを履き、股間の感覚がない。この条件からわかることはすなわち……、
「あの、博士、笑わないで聞いてください。俺、もしかして……女になってませんか?」
大倉博士は嬉しそうに言った。
「ほっほーよくわかったのぅ。これがわしの作った大発明、人の心を入れ替える機械じゃ。女になったかだと? その通り、今の君は、椿楓その人じゃ」
大倉博士は非常に嬉しそうに言った。
一方の俺はといえば、パニックだった。
俺が、椿楓さん? 俺は確かに才能が欲しいと願った。椿先生の娘さんということは才能にも恵まれているのだろう。しかし、俺が女? とにかく体を確かめなければ。
「外してください。あと鏡を」
俺は叫んだ。その時やっと気づいた。俺は左の席に座ったのに、今は右に座っていることに。そして、この泣き声は他ならぬ俺の声であることに。
大倉博士はまず俺の右腕を外してくれた。
俺はバッと左胸を触り……
ぽよん
巨乳だった。
ということはもしや……恐る恐る下を触ると……
俺は女だった。スカートを履いていた。
こうなることを予期していたのだろう。俺の前に大きな姿見が持ってこられた。俺は楓さんだった。
改めて見ると楓さん、いや、俺は魅力的だった。端正な顔立ち、大きなめ、潤んだ唇、大きな胸、くびれた腰、細い足……
これが俺のものになるのか……
悪くない。
ついニヤっとすると鏡の中の俺が悪い顔をする。
これだけ異常なことが起こっているにもかかわらず、俺は意外に落ち着いていた。俺は立ち上がった。スカートがめくれないように気をつけながらだ。
俺が泣き声の方を振り向くと、やはり泣いているのは俺の体だった。椿先生に泣きついているが、椿先生は全く動じていない。椿先生は立ち上がった俺を見て言った。
「起きたかい、気分はどうだい? 楓?」
俺は楓と呼ばれた。
そのことに元俺の体がわけのわからない言葉でがなり立てた。何を言っているのわからなかった。
男と女では歩き方が根本的に違うということを俺は知っているので、できるだけ女の真似をしながら椿先生の元に歩いて行った。
「お父様とお呼びすればよろしいですか?」
「いや、パパと呼んでくれ」
「パパ」私は恥ずかしがることなく、そう呼んだ。
「楓」
私(もはや俺ではなく私と自称する)たちの間には奇妙な連帯感があった。