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終業式にきちんと出席するというのも馬鹿らしい。一応、朝から登校はしてみたものの、教室で一人だらけきっていた。仁は何やら夏休み前だから一暴れしてくると言っていた。なんとも迷惑なやつである。きっと配下のカラフルな頭のやつらを連れて何かをやらかしているのだろう。そろそろ全校集会を放送で行った方がいいと思う。俺が生徒会長なら絶対そう提案する。
「ふはっ」
俺が生徒会長。全く想像がつかない。何が起きたのかは知らないが、疲弊しきった担任と一部の真面目な生徒がぞろぞろと教室に帰ってくる。
「おつかれさん」
隣に座った眼鏡のもやしっ子に声をかけるとびくっとしつつも言葉を返してくれる。
「あの、高山くんもお疲れさまです」
「俺なんにもしてないのに恵斗くんったらー」
ニコニコ笑いながら言うと挙動不審になる恵斗くんは最近の癒しである。この前、チャラ男を蹴り飛ばした時の眼鏡のもやしっ子が同じクラスだったということに気付いたのは次の日のことだった。ビクビク震えながら菓子折を渡しながらお礼を言ってくれたのだ。えー、いいのにーと言いつつも姉ちゃんが好きな高級ブランドのチョコレートだったのでありがたくいただいた。「で、俺は何をすれば…」と怯える恵斗くんが可愛かったので「じゃあ…うん、一緒に授業受けよう」と提案した。それ以来、彼はビクビクしながら隣の席に座ってくれる。友達に飢えていたのは何も仁だけではなかったのだ。
ここ二週間の変化といえば恵斗くんの存在も忘れてはいけないだろう。
まだ友達といえる仲ではないが卒業までに是非とも友達になりたいところである。
ガラッと教室の後ろの扉がスライドされ、仁が入ってくる。教室が静まり返る。教壇の先生の顔は真っ青である。窓際の一番前である俺の指定席の後ろに座る。
「お前、ほんと何したの?」
「花火大会」
「まあ夏だしねえ」
俺の隣の席で恵斗くんはガタガタ震えている。
それは小動物のようで可愛らしい。
「お前、だれ?」
仁が恵斗くんに聞く。そういえば、授業中の教室に来ない仁は恵斗くんを知らないのか。
「恵斗くんだよー」
「なに?お前の連れ?」
「んー、友達になりたいなってところ」
「ふーん」
「ハムスターみたいで可愛いでしょ」
「ふーん」
ビクビク震え続けている恵斗くんに仁が話しかける。
「で、お前はどう思ってんの?」
「どう…とは?」
「俺がこいつ殺せって言ったらお前、こいつ殺すの?」
こいつ、と俺を指差しながら仁は威圧感をかける。
「ちょっと、恵斗くんいじめんなよお前」
俺が口に出したところで仁には無意味だと分かっているが、一応、言葉をかける。教室の空気が重い。先生は成績渡しの進行をとっくにストップさせている。
あーあ、せっかく友達できそうだったけど。そう思ったところで恵斗くんは口を開いた。驚くべきことに仁の顔を見つめて、震える声でそれでも言った。
「侑都くんは俺の友達です。松宮くんの命令なら、俺は松宮くんを殺します」
仁のプレッシャーがさらに重くなる。これはなかなかいない逸材だったらしいと俺はニンマリしてしまった。数秒、見つめ合う二人。恵斗くんは目を反らさなかった。教室の空気がふっと軽くなる。
「俺を殺すとかこの学校で宣言したのお前が初めてだぞ」
仁が笑いながら恵斗くんの頭に手を伸ばす。びくっとなった恵斗くんの頭を荒々しく撫で回す仁は俺を見て親指を立てた。
「友達の査定とか親でもしねえだろうが、過保護か」
「だって俺、お前のこと大好きだし」
「もういいよ、禿げろ」
「やれやれ反抗期か」
「死ね」
教室の空気はまだ緊張感を保っているものの緩くはなった。
「あ、いいよ。先生、再開して」
20代の筋肉ゴリゴリの体育会系の先生であるがゆえに仁のクラスの担任を任された生け贄である。押さえられると思っていたのだろうか、校長は。ちなみに俺と仁は三年間、同じクラスである。普通は分けるだろうと思った二年の春に仁に溢すと「他の配下は別のクラスで構わないけどお前とクラス分けたら俺がうっかりストレスでさらに暴れてしまうかもしれないって面談で担任に涙ながらに訴えた」と述べていた。仁の涙は絶対嘘だろうが、担任はきっと本当に涙を流したことだろう。合掌。
成績渡しが再開になったが、仁と俺は教壇に取りに行くこともなく担任が席まで届けてくれる。何この特別扱い。二年の担任のじいちゃんはいちいち叱ってくれるので面白かったのに。入れ歯が飛んだこともあったな。ちなみに、恵斗くんの名前を呼ぶ担任の声が震えていた時は仁は爆笑してた。
「夏休みどこ行く?どうせお前、来年から夏休みなんざねえんだろ」
「もう海外でもナンパしに行こうか」
「お前の顔なら海外でも通用しそうでなんかいや」
「いや、お前だって海外ならモテモテかもしんないじゃん」
「よし!海外へ行こう!!」
「恵斗くんも行こうよー」
簡単にのせられる仁はさておき、恵斗くんも誘う。恵斗くんは残念そうに眉を下げて言った。
「俺はちょっと家庭の都合で無理だと思います」
「そっかー、残念だね」
悲しそうに言い合う恵斗くんと俺に仁が口を挟んでくる。
「俺だけじゃ不満だっていうのか!?いつからそんなだらしない体になったんだ、お前は…」
「うん、そのネタもう飽きた」
周りもドン引きしてるし、俺も本気で嬉しくない。
「ほんと最近うっとーしい男の視線浴びてるんだからさ」
「ついにホモまで開拓し始めたか」
「いや、昔からホモのおっさんに誘拐されそうになってたけど」
「美形ざまあ」
「うるせー、死ね」
恵斗くんが遠慮がちに話を戻す。
「その、最近の視線というのは…?」
「ああ、二週間くらい前からなーんか男の粘着質な視線感じるんだよね。たまにあとつけられたり」
「なぜ、男だと…?」
「なんとなく分かるじゃん」
「それはお前だけだっつの女好きが。お前こそ禿げろ!!禿げて女が寄ってこなくなれ!!」
「なんか禿げても寄ってきそうだけどね」
「否定できないのがムカつくわ!!死ね!!」
そんな風に仁と俺はふざけていたが、恵斗くんは黙って何かを考えているようだった。デコピンしてみると笑って会話に参加してくれたので、その時のことを俺は忘れていた。