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とりあえず、久々の来客ではあるがもてなすことはできる。それなりに上等な茶葉の紅茶を注ぐ。茶器もそれなりに高級なものだ。冷蔵庫から昨日姉が職場でもらってきたのだろうケーキを出す。和服の女に出すものではない気もするが、構わないだろう。さすがに抹茶はうちにはないからな。
リビングのソファーに座る女の前にそっと紅茶とケーキを置く。女は微笑む。それは色気も何も含まない幼子のような笑顔だった。
「私が飲んだ中で二番目に美味しいわ」
「一番は?」
「あら、負けず嫌いなのね。ぼうや」
負けず嫌いなのは自分でもよく分かっているが、それより何よりも突っ込みどころがある。
「ぼうやってお前、俺より年下だろ?」
手慣れた雰囲気と凄まじい色気であるが顔立ちや肌から察するに16かそれくらいのはずである。女の年齢は読み違えたことがない。
「ふふっ」
彼女は吹き出した。
「すごいわね。遊んでる雰囲気は伊達じゃないのね。ええ、昔は16歳だったわ」
ローテーブルに膝をつき身を乗り出す。正面に座る俺の両頬に手を添える。カラコンの黒い瞳とかち合う。
「今は、143歳よ」
「…なにものなんだ?」
彼女はソファーの横のラックにある超常現象の雑誌をちらっと見る。
「吸血鬼、というのが分かりやすいかしら?」
「へえ、実在するんだな」
「疑わないのかしら?」
「マンションの屋上から無傷で飛び降りてきたやつの言うことなら信じるだろ、一応」
ああ、そういえばそうねと彼女は頷く。
「お願いがあるの」
彼女は面白そうにこちらを見る。
「なんとなく予想ができているが」
「血をくれないかしら?」
「やっぱりな」
俺は自分の紅茶を一口飲む。姉に教育されただけあって美味しい紅茶である。茶葉もいいしなあ。
「それは俺も吸血鬼になったりはしないのか?」
「私が吸う分には。私の方から血を送ると吸血鬼になるわねえ」
どうする?と彼女は聞く。彼女の心次第で俺は吸血鬼デビューというわけか。
「いい。でも一つ条件がある」
「なにかしら?」
「そのカラコン、外してくんない?」
不思議そうな顔をする彼女に俺は言った。
「綺麗だったからさ、あの紅い瞳」
なぜだか泣きそうな顔をしながら女は「分かったわ」とカラコンを外す。
今度はローテーブルを乗り上げることなく、俺の隣にやってくる。そっと俺を押し倒し、上から見下ろす。黒い髪がハラハラと落ちてきて俺の首を擽る。
「大丈夫よ、痛くしないわ。怖いなら目を閉じて」
「さっき負けず嫌いなのは分かったんだろ」
「そうね」
クスリと笑うと彼女は俺の首筋に口を寄せる。俺はそっと彼女の黒髪を左手で撫でる。さらさらの黒髪は触っているのが気持ちいい。
チクリともしなかった。
2分も経たずに彼女は顔を上げるとその紅い瞳を緩ませて「ごちそうさま」と笑った。