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四時間目の授業が始まった直後に教室に入ったにも関わらず、席に着いている生徒は半分もいなかった。全く世も末だなと思いつつ、窓際の一番前の席に座る。席は自由である。後ろにいってもいいのだが、騒がしいやつらがいるのでめんどくさい。この距離ならちょうどいい。壇上ではおじいちゃんがモゴモゴと元素記号について説明している。素晴らしいBGMである。俺は腕を枕にして眠りにつく。
「ゆーとー」
野太い声と共に背中にのし掛かる重みで目が覚めた。
「うぜえ、死ね、仁」
教室は静まり返っている。そりゃまあいらんことして仁に睨まれたくないだろうし。
無理矢理起き上がるも、仁は俺の首に腕を回して抱きついている。脱色されたど金髪に手を伸ばして「離せ」と鷲掴みにしても離さない。
「ああ、俺の運命の相手はどこにいるんだろーな」
仁がぼやく。
「ああ?昨日の合コンでお持ち帰りしてたじゃねえか。乳のでかいそこそこ可愛い顔した子」
「違うんだって!!俺はあんなキャバ嬢予備軍じゃなくて清楚で乳のでかい子がいいんだよ!!」
「知るか」
運命の相手を探し求める仁に付き合わされて俺は合コンに行くことが多い。しかし、この高校を仕切ってるこの厳つい男に清楚な女の子は寄ってこないだろう。というか、清楚な女の子は合コンに来ないだろう。来てるとしても清楚もどきだろう。
「あれ?お前、今日は香水くさくねえな」
仁がすんすんと俺の匂いをかぐ。
「止めろ、ホモか」
見ろ、教室の男がドン引きしてるだろう。数少ない女の子の中には数名、目を爛々と輝かせている子がいるが。
「俺、お前相手なら全然いけるわ」
「乳はいいのかよ」
「あー…それは捨てがたい…」
「馬鹿か。飯行くぞ」
授業中の教室には一切現れない仁であるが、昼休みになると飯を食いに行こうと俺を誘いにやってくる。友達がいないのだろうか…いや、そっとしておこう。俺も他人のことはどうこう言えない。そして、仁のおかげで快適な高校生活を送っていることも事実だ。
「俺、味噌ラーメン」
金を渡すと仁が食券を買いに行く。俺はセルフサービスの水を取りに行く。入学式からのいつもの流れである。座席も確保する必要があったのは最初の数週間だ。一番奥の窓際の席を使うやつはもういない。
席に座って待っていると仁がトレイを二つ持ってやってくる。
「お待たせ、ハニー」
「ありがとー、ダーリン」
ノリよくニッコリ笑うと仁が叫ぶ。
「くっそおお、美形死ね!!もうマジで死ね!!お前がかわいこちゃんを全部持っていくから俺に回ってこねえんだろーが!!」
「うるせえ、お前が死ね」
味噌ラーメンを受け取る。仁は唐揚げ定食だった。目の前の仁を見るが、決して不細工なわけではない。むしろ、男前というレベルである。ライオンのようなど金髪に厳ついけれども凛々しいといえる顔である。身長だって俺よりもあるんだから女も寄ってくる。ただ、清楚な女の子は寄ってこないだろうが。
「唐揚げ一個ちょうだい」
「お前は女の子のみならず、唐揚げ定食のメインであるところの唐揚げすら俺から奪おうというのか」
「くれないの?」
「いや、やるけど」
何でこんな優しくて愉快なやつに友達がいないのだろうか。まあ、怖いっちゃ怖いが理由なくキレるタイプじゃない硬派な男だというのに。
「お前、午後どうすんの?」
「図書館」
「好きだねえ」
「というか、将来に関わるからな」
「俺もいっていい?」
仁が聞くが、その質問を断ったことはない。
「いいけど、ヤニ吸うなよ」
「あいあい」
ラーメンを完食したあと、学食を出る。仁と廊下を歩いているとみんなが視線を合わせないようにして、避けていく。便利だ。俺単体だと数少ない女生徒が寄ってくる。男には睨まれるが、とりあえず目を合わせてニッコリ微笑むことにしている。
「あっ…」
「ん?」
仁を避けるためにチャラそうな男が後ろに下がり、その後ろにいた眼鏡のもやしっ子が踏みつけられてこけた。チャラそうな男がそれを見て舌打ちしている。無視してもいいが、放っておけばこの眼鏡、このあとしばらく殴られるかパシリだろう。後味の悪いことはあまりしたくない。そして何より、ちょうどいい。俺は眼鏡のもやしっ子に手を差し出す。
「だいじょうぶ?」
「あ…は、はい」
差し出した手は取ってもらえなかったが彼は自力で立ち上がるとペコペコ頭を下げて走り去った。チャラそうな男は俺を睨み付ける。「仁さんがいなかったら何も出来ないくせに」ぼそっと囁かれた言葉にいらっとくる。昨日生まれて初めて女の子から不合格を食らって苛立っていたのだ。ちょうどいい。
男の顎を掬い上げ、至近距離でニッコリ微笑む。
目を見開く男の腹を思いっきり拳で殴る。
「ぐっ…」
男は呻いて崩れ落ちた。
後ろでは仁が楽しそうに口笛を吹いた。
「あは、俺さあ、機嫌悪かったんだよね、実は。だから、ありがとー」
男の頭を踏みつける。
「画ビョウ持ってたらさあ、床にばら蒔いてからその汚い顔面押し付けてあげたのにねえ。少しは綺麗になったんじゃないその汚い顔も」
男の顔を足で上げさせてから、全力で蹴りつける。
「ま、いっか。こんな仕上がりで。行こっか、仁」
鼻の骨と頬も少しくらいはいっただろう。
「そういやお前、サッカー部だったなあ」
「そりゃ女の子にモテるからね」
「やっぱり死ね美形」
軽口を叩きながら図書館へと向かう。どうも雰囲気でなめられがちなので定期的に誰かを見せしめにすることにしている。それがたまたま彼だったというだけのことだ。運が良かった眼鏡男子と運が悪かったチャラ男。
「俺、仁と友達になれて運が良かったなと思うわ」
「ああ?出会えたのは運だろうがあとはお前の実力だろ」
「…ありがと」
照れながら笑って仁を見上げる。
「やはりお前、俺をホモの道に誘う気か」
「勝手に一人でやってろ」