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白い着物に、漆黒の髪。
そして、鮮血のような紅の瞳。
すっと通った鼻筋に切れ長の目。薄いけれども引き寄せられるような色気を感じる口元。
俺が高校三年生の夏に出会ったのは、最上級の美少女だった。
ただし、彼女の年齢は143歳。
その正体は、吸血鬼。
深夜まで続いた合コンの帰り道。顔だけは無駄にいいよねということで合コンにはよく誘われる。客寄せパンダにでもなった気分だが女の子たちは嫌いじゃない。彼女と呼べる存在は今までいたこともないが特に寂しいとも思わない。好きなときに呼び出して来てくれる女の子には不足していない。クズともよく言われるが、そういう女の子たちの方がまともで好感がもてる。とはいえ、何でもしてくれる可愛い女の子たちを手放す気は更々ない。
繁華街では酔っ払いがホステスに店に連れ込まれたり、俺にもスカウトが声をかけてきたりなんやかんやと騒がしかった。しかし、少し歩くと静かな住宅街にたどり着く。この街は都市計画というのが破綻しているのか、小学校の隣にラブホテルがある。親からも苦情は出ない。絶対頭がおかしいと思うのだが、陰で街を牛耳っている男が余程怖いのか。名前は知らないがこの街に住むなら知っておかなければならないルール。白いメルセデスベンツには絶対に近付くな。俺もまだ見たことがないので眉唾物だと思っているが、それでも誰もが知ってるこのルールに逆らう気はない。
住宅街の中のそこそこお高そうなマンションの602が俺の家。一番お高そうなマンションはこの街の中心にそびえ立っている。住んでいるのは上流階級というやつである。お金は持っていても水商売やってるやつなんぞ、審査を通らない。上級の公務員や経営者なら少々ブラックなことに手を染めようとも住めるらしい。まあ、俺には関係のない話だけれども。
「あー…」
黒いTシャツに学ランのズボンのまま悪友に合コンに拉致されたのだ。女の子たちにもみくちゃにされた俺は香水くさい。制服に関しては諦めているが、早くシャワーを浴びたい。
たどり着いたマンションを見上げる。すると、20階の上、屋上から白い影が見えた。
自殺かなあと思う。止めてやる義理もないし、間に合うかも分からない。まあ通報くらいはしてやるか。
そんなことを考えていたら、その白い影は地上の俺へと迫ってきた。巻き添えは勘弁して欲しいなあと後退る。あ、しまった血みどろになるなこの距離ではとぼんやり思った時には、白い影だった女はふわりと優雅に俺の前へと舞い降りていた。
異常すぎる事態であるが、混乱した俺が一番に起こした行動はいつも通りだった。
そっと女の髪に手を伸ばし、耳にかける。耳まで美しいのかと感動した。そして、耳元で囁いた。
「綺麗だな」
水商売の綺麗なお姉さんにもお世話になっている俺であるが、目の前の女は異次元の美しさだった。白い影だったのは、白い着物の美少女だったのだ。とりあえず女の子には、思ったことを素直に伝えて誉めておきなさい。俺の三つ上の姉が幼少の頃より叩き込んだわけであるが。
その美少女は、柳眉をしかめた。
「匂いが無理。不合格」
それは俺が、人生で初めて女の子からもらった不合格だった。