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エイミーと旦那さま  作者: トウリン
『伯爵とメイドの日常』
9/60

得難きモノ◇サイドA

「あ、カルロさん、ゲイリーさん、ちょっとお手を貸していただけますか?」

 部屋から出たところで、連れ立って歩いていたお二人にばったりと鉢合わせしました。

 ちょうど、探しに行こうとしたところだったのです。


 カルロさんとゲイリーさんはフットマンです。お掃除で大きな家具の裏とかをキレイにしたい時、わたしたちハウスメイドだけでは動かせないような物はカルロさんたちに手伝ってもらいます。


「やあ、俺の小鳥ちゃん。昨日と変わらず可愛いね」

 わたしのことを変なふうに呼ぶのはカルロさんの方です。

 お二人とちょうど三歩離れたくらいのところで、わたしは足を止めました。お二人ともとても背が高くて、あんまり近くに行くと見上げるのに首が痛くなってしまうので、これくらいがちょうどいいのです。それに、カルロさんの方は、また別の理由であんまり近くに行かないようにと、同じハウスメイドのシェリルさんやアラーナさんに常々言われています。


「お願い事は何かな? そうだな、今晩一緒に星空を見てくれるなら何でもするよ?」

 カルロさんは本題に入るまでに余計な言葉が多すぎるので、少し面倒です。わたしはゲイリーさんを見上げて用件を伝えました。

「ちょっとソファを動かしていただけますか? 下をモップ掛けしたいんです」

「ああ、大丈夫だよ。ボクらも今は暇だから。旦那様も今日は夜遊びしないようだしね。どの部屋?」


 ゲイリーさんはいつも柔らかく微笑んでいて、ゆったりとした口調でお話しします。

 いつも調子のよいことばかりおっしゃるカルロさんとは対照的に、とても穏やかで落ち着いている方です。わたしに男兄弟はいませんが、たぶん、お兄さんというものがいたらゲイリーさんのような感じなのでしょう。


「応接室です」

「了解」

「ありがとうございます」

 わたしは答えて、先に立って歩き出そうとしました。


 けれど。


 お腹の辺りがグッと後ろに引かれたかと思ったら、背中が硬いモノにぶつかりました。ついで、頭の上に何か重いモノが。


「うぅん、この抱き心地、このスッポリ感」

「カルロさん、重いです」

 カルロさんは何かと女性に触りたがる人で、シェリルさんいわく『乳離れができていない』のだそうです。

「カルロさん――」

 もう一度、放してくださいと言おうとしたわたしの耳に入ってきたのは、ゴツッという硬い物同士がぶつかる音に、それに引き続いた呻き声。


 そしてわたしは解放されました。


 振り返ってみると、渋い顔で頭の天辺の右側辺りをさすっているカルロさんと、いつも通りの笑顔でとても硬そうな握り拳を作っているゲイリーさんがいました。

「イテェな、ゲイリー……お前の拳はシャレにならないんだよ」

「女性に気安く触るなと、いつも言っているだろう?」

「これは触ってるんじゃない、慈しんでるんだ」

 堂々と胸を張って言い返すカルロさんに、ゲイリーさんは思いっきり大きなため息を吐き出しました。つくづく呆れた、と言わんばかりに。


 この方たちは、いつもこんな感じですね。

 でも、人柄は正反対のお二人ですが、これで結構仲は良いようです。


「それは君自身がしたいことであって女性の方がして欲しいと望んでいることじゃない。つまり、単なる嫌がらせ、ということだ」

「愛情のなせる業じゃないか」

「一方通行の愛情はうっとうしいだけだ」

 カルロさんとゲイリーさんの女性の扱いについての論議はいつも平行線を辿ります。そこにはとても大きくて深い溝があるので、多分、絶対に、交わることはないと思います。


 早くお掃除を終わらせたいのだけれどな、と胸の中で呟きながらお二人のいつものやり取りが終わるのを待っていたわたしに、突然クルリとカルロさんが向き直りました。

「でも、冗談抜きで今晩、どう? 今日は晴れてるから星も良く見えるよ? エイミーももう十六なんだから、ワインでも持ってさ」

「だから、君は……つべこべ言わずに働け」

「仕事でも励みってのは必要じゃないか」

「仕事というのはその本分を全うすることそのものにやりがいを覚えるものだ。自分が為すべきことを為しているという――」

「お前はそうでも俺は違う」

「いいか、カルロ……」


 ゲイリーさんは渋い顔で、もう何度も口にしたお説教を繰り返し始めました。

 はっきり言って、無駄な努力です。けれどゲイリーさんは、何度も、何度でもめげずに、『正しい使用人の心得』をカルロさんに叩き込もうとするのです。

 放っておくといつまでも続けられてしまうので、わたしは少し考えて、いつぞや旦那さまが仰っていた方法を試してみることにしました。


「カルロさん、手伝ってくださいますか?」

 さっきと同じ言葉を繰り返して。


 次の瞬間、カルロさんは目を丸くしました。ゲイリーさんも、変な顔をしています。


 おかしいですね、旦那さまは笑顔でお願いすればやる気が倍増する、と仰っていたと思いましたが。うまく笑った顔にならなかったのでしょうか?


「どうかしましたか?」

 黙りこくったお二人にそう訊ねると、カルロさんは大きな瞬きを一つ。そして、にっこりと笑顔になりました。

「いいよ、何でもやっちゃうよ」

 そう言うと、鼻歌混じりで先に立って歩き出しました。これは、効果があったと判定しても、良いのでしょうか。


「やれやれ、単純だね。ほら、ボクたちも行こう」

 ゲイリーさんは肩を竦めて、微笑みながらわたしを見下ろしました。

「でも、そのテクニックは誰に教わったんだい?」

 並んで歩くゲイリーさんが、不意にそう訊いてきます。

「テクニック?」

「そう、あんなふうに笑顔でお願いされたらね」


 ああ。


「旦那さまが教えてくださいました。笑顔でお願いされたらやる気が出る、と」

「あはは……確かにね。特にカルロだったらイチコロだよね。だけど、普段からもっと笑っていたらいいのに」

「? 何故ですか?」

「その方が可愛いよ。見た人も幸せになるしね」

 表情一つで、そんなに何かが変わるものでしょうか?

 わたしがそんなふうに思ったら、ゲイリーさんはまるでその声が聞こえたかのように頷きました。

「君だって、他の人の渋い顔を見るより笑顔を見る方がいいだろ? 笑っていると、その人がちゃんと幸せなんだって判るからね」


 そう言われて、ちょっと思い返してみました。

 ……確かに、そう言われるとそうかもしれません。ゲイリーさんは――いつも笑顔なのであんまり思いませんが、アラーナさんとかシェリルさんとか、にっこりされると何だか胸の辺りがほっこりします。カルロさんみたいに、『やる気』は出ませんけれど。


「まあ、でもね、無理に笑う必要はないんだよ。自然とね、笑えるのがいいんだ」

 あんまり、自分の表情を意識したことがありません。どうやったら『自然と』笑えるのでしょう?

 見上げたわたしの顔に、その疑問が浮かんでいたのかもしれません。でも、ゲイリーさんはその答えはくださいませんでした。代わりに優しげに笑いながら「それに」と付け足します。

「それに滅多に見られないものを見られると、凄く得した気分になるしね」

 でも、できたら、皆さんに楽しい気持ちになって欲しいものです。これからは、ちょっと意識してみることにしましょう。


 ……こんな感じでしょうか?


「うん、良い笑顔だよ」

 わたしを見つめて、ゲイリーさんはにっこりと頷いてくれました。


 と。


「ちょっとちょっと? 何俺抜きで仲良さげにしてんの?」

 その声に前を向くと、先に行ったと思っていたカルロさんがわざわざこちらに戻って来るところでした。効率よく働くには、無駄な動線をできるだけ減らすことが一番なのですが。カルロさんは、言葉といい、動きといい、何かと無駄が多いヒトなのです。

「行く先はそちらなのですから、来ないでください」

「ツレないなぁ……さっきはあんなに可愛く笑いかけてくれたのに」

 その場に立ち止まったカルロさんが、胸を押さえて天井を見上げました。ついでに、これ見よがしな溜息までついています。


 やれやれです。


「カルロさん、お部屋はそこなんですから、お早くお願いします」

「承りました、お嬢様」


 カルロさんはそう言ってキレイにお辞儀をすると、扉を開けて部屋の中に入って行きました。ゲイリーさんはわたしを見下ろして「仕方ないな」というふうに笑い、カルロさんの後に続きました。

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