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エイミーと旦那さま  作者: トウリン
『伯爵とメイドの攻防』
47/60

迷走の末に◇サイドA

 まだお母さんが生きていた頃、夜寝る前に必ずおとぎ話を聴かせてくれたものでした。

 その中に、普通の町娘が魔法使いに助けられてお城の舞踏会に行き、王子さまに見初められて――というようなお話があったような気がします。

 そんな夢物語を、幼い頃のわたしは、わくわくしながら聴いていたのかもしれません。

 けれど、大人になった今、それが現実に起こると喜びよりも困惑の方が大きいものになるのだということをしみじみと実感しています。


 ――あの七日前の舞踏会から、わたしの生活はがらりと変わってしまいました。

 こんなふうに、繊細なレースがあしらわれた柔らかなドレスを着て、絹張の身体が沈み込んでしまいそうな長椅子に座って、セレスティアさまと向かい合わせでお茶をいただいているだなんて。

 メイドだったわたしは、いったいどこに消えてしまったのでしょう。

 あまりに現実離れしていて、まるであの晩からずっと夢の中にいるようです。

 ――どちらかというと、悪夢寄りで。


 どうしてこんなことになってしまったのかと言えば、ひとえに旦那さまのせいです。

 いえ、もっと遡れば、旦那さまをおかしくさせてしまった戦争のせいでしょうか。

 それとも、わたしが何か間違ったことをしてしまったのか……


「それで、エイミー。あまり楽しそうには見えないのは、どうしたことかしら?」

 銀の鈴を振るうようなお声でそう言われてしまい、もう何十回も繰り返してきた原因究明の自問自答にふけっていたわたしはハッと我に返りました。

 そうでした、今はセレスティアさまがいらっしゃいますのに。

「申し訳ありません」

 慌てて謝罪すると、セレスティアさまはコロコロと明るくお笑いになりました。

「別に、わたくしといて上の空なことを言っているのではなくてよ。こうやって、優雅にお茶とお菓子をいただく生活を過ごすことになったことについて、ですわ」


 そのご質問に、正直にお答えしても良いものでしょうか。

 迷ったわたしが口をつぐんだままでいると、セレスティアさまは呆れたようなため息をこぼして何か小さく呟かれました。

 あまりレディらしくない――「朴念仁」とか「甲斐性なし」とか、そんなお言葉が聞こえたような気がしたのは、きっとわたしの気のせいです。

 ええ、きっと。


 思わずまじまじと見つめていると、セレスティアさまはにっこりと艶やかに笑顔を返してこられました。

「まあ、セドリック様が意外に女心をお読みになれないのは判っていたことですものね」

 もしかしなくても、それが旦那さまをお褒めになっていないことは明らかで、わたしは何か旦那さまを擁護するようなことを言わなければならないような気になりました。

「その、わたしが、何か旦那さまのお気に障るようなことをしてしまったようなのです」

 とっさに口を突いて出てしまったその台詞に、セレスティアさまの目が心持ち細められます。

「セドリック様が? あなたに対してお怒りに?」

 セレスティアさまが問いかけるような眼差しを向けてこられましたが、説明しにくいことなのです。わたしが口にしたことのどれがあんなにも旦那さまを怒らせてしまったのか、考えに考えたのですが、結局未だに判らずじまいなので。


 あの夜、旦那さまは、以前された求婚のことを持ち出されて――途中から、だんだん雲行きが怪しくなってしまいました。

 旦那さまが次第にイライラされていくのは判りましたが、どうしたらそれを和らげることができるのかは判りませんでした。

 最後は、もう、これ以上はないというほどに怒らせてしまったに違いありません。

 だから、あんなふうに、……キス、を、されたのでしょう。


 途中から気が遠くなってしまって、いつ、どうやってお屋敷に帰ってきたのかは記憶にありません。覚えているのは息が苦しかったことと旦那さまの腕がきつくて痛いほどだったということくらいです。

 あんなふうにされたのは、怒っていらしたからに他ならないでしょう。


 ――でも、なぜ……?

 いえ、直接の理由は求婚をお断りしたからだとは思いますが、そもそも旦那さまがわたしに求婚などされたこと自体が何かの間違いです。客観的に見れば、お受けしないことこそ正しい対応なのは明らかでしょう。

 それに、提案を拒否されてお怒りになるなんて、旦那さまらしくありません。そんなお心の狭い方ではないのですから。

 なので、旦那さまが怒ってしまわれたのはどの点なのか、判らないままなのです。


 ふう、とため息をこぼした時、ふと視線を感じて、セレスティアさまがいらっしゃることを思い出しました。

 わたしと目が合うと、それをお待ちになっていらしたかのように、セレスティアさまはまたお美しく微笑まれます。


「で、セドリック様が怒っていらっしゃるというのは、どういうことですの?」

 揺るぎない笑顔は、言い逃れを許して下さりそうもありません。

 取り敢えず、何か――そう、

「……旦那さまはわたしに仕事をくださりません」

「え?」

 眉をひそめたセレスティアさまに、目を伏せてお答えしました。

「旦那さまは、わたしが旦那さまのお世話をすることを許してくださらないのです。たぶん、わたしが何かをしてしまったのかと……」


 この一週間というもの毎日お願いしていますが、旦那さまはいっこうにわたしをメイドに戻そうとはなさいません。

 実際のところ、これはわたしにとってはとても切実な問題なのですが。


 ――少しの沈黙。


「あなたは、今の状態が全然、嬉しくないのね?」

「少しも」

 朝昼晩のお食事を旦那さまと一緒に摂って、それ以外の時間はずっとこのお部屋にいます。旦那さまがお仕事の合間にいらっしゃるのですが、その時に不在だとよろしくないので、何もすることがなくてもここから動くこともできません。

 なんだか、籠の鳥になったような気分です。

 何のお役にも立てないということは、ほとんど拷問に近いです。


 零れ落ちてしまいそうになるため息を呑み込むと、ボソリとつぶやくお声が耳に届きました。

「まったく、殿方というものは……」

 見れば、セレスティアさまは少し怖いようなお顔をされています。いえ、変わらずお綺麗なのですが――手にされている扇が、ミシリと音と立てたような気が。

 と、その時、静かなノックが忍び込んできました。


「どうぞ」

 わたしよりも先にセレスティアさまがお答えになると、扉を開けてジェシーさんが入ってこられます。

「失礼致します。そろそろセディ様がこちらにお出でになるので」

 ジェシーさんがそうおっしゃると、セレスティアさまはパチンと音を立てて扇を閉じられました。

「あら、そうですの? ならば、わたくしはお暇しないとですわね。ではごきげんようエイミー、また会いましょう」

 そうおっしゃりながら、わたしの頬に優しいキスを落として。

 わたしがお返事をする隙もなく、ずいぶんと慌ただしくセレスティアさまはお部屋を出て行ってしまわれました。


 その唐突さに呆気に取られていたわたしを、ジェシーさんの声が引き戻します。

「エイミー、何か不自由はないか?」

 不自由と言われれば、何もかもが不自由です。

「……旦那さまに、わたしをお仕事に戻してくださるようにおっしゃっていただけませんか?」

 ジェシーさんにもマーゴさんにも何度もお願いして、そのたびに却下されてきた要望ですが、やっぱりジェシーさんのご様子は芳しくありません。


「済まないが、それは難しい」

 ジェシーさんはどこか諦めたような素振りでかぶりを振りました。

 その様子は本当に申し訳なさそうで、それ以上言い張ることなどできません。

 ため息をごまかす為にうつむいたわたしの肩に、そっと大きな手がのせられます。


「エイミー」

 顔を上げると、ジェシーさんは真剣な眼差しでわたしをご覧になっていました。

「セディ様は、お前を幸せにしたくてたまらないのだよ」


 わたしの幸せ、ですか。

 ですが、わたしの幸せは――

「わたしには、旦那さまのお世話をさせていただけることが一番幸せなのです」

 そう訴えたわたしに、いつも泰然とされているジェシーさんが困ったように眉根を寄せました。


「もう少しだけ、セディ様に付き合って差し上げてくれ」

 ジェシーさんのおっしゃりようには、何か含みが感じられます――何もかもをご存知でいらっしゃるかのような、そんな含みが。

 見つめていると、フッと微かな笑みを口元に浮かべられました。

「いずれ、全てうまくいく」


 それは、また旦那さまのメイドとしてお仕事をさせていただけるようになる、ということでよろしいのでしょうか。

 そうお尋ねしたかったのですが、残念ながら、為せませんでした。

 その前に、ノックに続いて間髪入れずに旦那さまがお部屋に入ってきてしまわれましたから。


「やあ、エイミー。退屈させてしまったね」

 スタスタとわたしの前にやってきた旦那さまは、とても明るく朗らかにそうおっしゃいました。そして、すぐそばにジェシーさんが立っておられるというのにわたしの頬を両手で包み、さっと撫でるようなキスをされます。


 この一週間、顔を合わせるたびに同じことを繰り返されていますけれど、未だに慣れません。

 ……多分、どれだけ経験しても、慣れるものではないでしょう。


 旦那さまが顔を離された時にはもうジェシーさんは部屋を出て行ってしまわれていて、部屋には二人きりで取り残されました。

「今日は何をしよう? 散歩? 芝居を観に行ってもいいな」

 そうおっしゃりながら、旦那さまの目は何かを探るようにわたしの目を覗き込んでいます。その眼差しは少し居心地が悪くなるほど強くて、つい、視線を下げてしまいました。


「エイミー?」

 どこかためらいがちにわたしの名前を呼ばれたそのお声は、穏やかで、優しくて。

 それは以前の旦那さまとまったく変わりのないものでしたから、もしかしたら、今ならわたしの言葉を聞き入れてくださるのではないかと思ってしまいます。


「わたしをお仕事に戻してくださいませんか?」

 発作的にそう申し上げた途端、旦那さまの表情が硬くなりました。

「君はもう仕事なんかしなくていいんだ」

「ですが――」

「心配しなくていいんだよ。僕は絶対に君を幸せにするから、何も考えずに僕の妻になったらいいんだ」

 わたしがお仕事をしたいのは、単に生活の糧としているからというわけではありませんのに。


「わたしは旦那さまのお役に立ちたいのです」

 それはただの『職務』ではなく、わたしの『望み』でもあるのです。

 旦那さまのお世話をさせていただけることは同時にわたしの喜びでもあるのです。


 それなのに。


「そんなは必要ない。僕がちゃんと幸せにしてあげると、言っているだろう?」

 なんだか、噛み合いません。

 旦那さまのおっしゃるのは、ただわたしを甘やかして生活を充足させるというだけのことではないのでしょうか。これでは、わたしという人形を飾り立て座らせておきたいだけではないかと思ってしまいます。

 第一、結婚というものは、片方だけが一方的に相手を満たすものではない筈。

 それは、互いに相手を幸せにするものであるべきなのではないでしょうか。

 どちらかだけが相手の為に力を尽くすのではなく、お互いにそうし合うべきです。


 旦那さまのなさりようは、あまりに強行で一方的で――『そうしたいと思っている』ではなくて、やっぱり、『そうしなくてはならないと思っている』からなのではないかと思ってしまいます。

 例えば、そう、『約束』だから、とか、あるいは、『罪滅ぼし』だとか――


 そう思って、ふとあることに気付きました。

 もしかしたら……もしかしたら、旦那さまの視界に入っているのは、『わたし』だけではないのかもしれない、と。

 旦那さまがわたしを通してご覧になっているのは、他の『護れなかった人たち』なのかもしれない、と。


 戦場から戻られてすぐの頃、旦那さまはとても沈んでおられました。

 護ると誓ったのに、護れなかった、とおっしゃって。

 あのお言葉がとても重く響いたのを、今でもはっきりと覚えています。

 あれは、とてもお辛い思いをされているのだということが、ひしひしと伝わってくるお声でした。

 きっと苦しいお気持ちはそう簡単には消えるものではないのでしょう。

 こんなふうに明るくされていますが、きっと、今でも――


 そう思い至って、気付きました。


 ああ、そうなのですね。そういうことなのですね。

 あることを悟った瞬間、もう言葉がわたしの口から零れ出していました。


「旦那さまは、まだ亡くなった方々に対して申し訳ないという気持ちでいっぱいなのだと思います。きっと、その影響でわたしの父のことも思い出しているに違いありません。ですから、あの……お申し出は、きっと、強まってしまった義理と義務からのお考えを別のものだと勘違いしているのです」

 そう、きっと、無意識のうちにわたしをその方々に重ねて、わたしを『幸せ』にすることで罪滅ぼしをしようとされているのです。

 元々旦那さまの中でくすぶっていたわたしのお父さんへの義理と義務に、戦死された方々への贖罪の思いも絡まって、あんな突拍子もない、『求婚』という形になってしまったのでしょう。


 筋が通るその説明に、旦那さまは、ポカンとしておられます。ご自分でも気づかれていなかったことを指摘されて、目からうろこ、なのかもしれません。

 ここ数日のうちでようやく旦那さまを正気にお戻しするための切り口が見つかった気がします。


「わたしの為に何かしなければとか、わたしを守らなければとか、思われる必要はありません。わたしを十年近くお傍に置いてくださったことで、父との約束は十分に果たされています。ましてや、今回の戦争で亡くなってしまった方々とわたしや父とは、まったく関係ありません。これ以上、わたしに何かしてくださる必要はないのです」

 旦那さまは固まっておられます。反論はありません。

 これは、脈がありそうです。

 平和で普通な日常を取り戻すべく、説得を重ねましょう。

「確かに父を喪ったことは悲しいです。とても、残念です。泣いて叫んで誰かを責めれば戻ってくるというのなら、いくらでもそうしましょう。けれど、それはけっして叶わないのです」


 ほんの一瞬、旦那さまの目尻が歪みました。

 きっと痛いところを突いてしまったのだと思います。

 不意に、無性に、旦那さまを抱き締めて差し上げたくなりました。おこがましいとは存じますが、抱き締めて、痛いところにキスをして、慰めて差し上げたい、と。

 多分、怪我をした子どもを見た時にそうしたくなるのと同じような気持ちからなのではないかと思います。

 旦那さまの方が遥かに大きな身体をしているにもかかわらず、わたしの中に包み込んで差し上げたくて奇妙に腕がうずきました。


 そんな衝動を振り払い、わたしは続けます。旦那さまを正しい道へと引き戻すべく。

「父を喪ったことは悲しい――けれど、旦那さまにお逢いできたことは、その悲しみを包み込んで癒してくれるほどの喜びなのです。誰もみんな色々なことを失っていくけれど、失うだけではなくて、得るものもあるのです。それは、もしかしたら失ったからこそ巡り逢えたのかもしれないのです」

「エイミー」

 旦那さまがわたしの名前を呼ばれました。

 けれど、それだけです。

 名前を口にしただけで、石膏で固められてしまったかのように、ただわたしを見つめているだけです。

 わたしは旦那さまのその真っ青な目を見返しました。


「起きたことは、どうやったって変えられません。それに多分、過去に起きたことは、次に起きることの布石になっているのだと思うのです。だから、もし変えられるとしても変えるべきでもないのです。でも、だからといって、過去に起きたことを未来に行うことの理由にしてしまっては良くないです。それは、ちゃんと切り離して考えないと」

 旦那さまは微動だにせず、食い入るようにしてわたしをご覧になっています。

 わたしの考えは、うまくお伝えできているのでしょうか。

 そして、一番解っていただきたいことを、解っていただくことができるでしょうか。


 わたしは、一度息を吸い込んでから、その、『一番解っていただきたいこと』を口にします。

 しっかりと、旦那さまの目を見つめて。


「結婚は贖罪のためにするものではありません」


 そこで、旦那さまは大きく瞬きをされました。熟睡していたところを叩き起こされた、というように。

 けれど、そう、結婚は、義理でも、義務でも、もちろん贖罪でもいけません。


 旦那さまの幸せは、わたしの幸せでもあります。

 もしも――もしも旦那さまがわたしに対してお気持ちを抱いてくださっていて、わたしと結婚することで旦那さまが幸せになるのであれば、身分の違いなど些細なことです。妻として全力を尽くしましょう。

 でも、義務や贖罪での結婚では、幸せになんてなれませんから。


「旦那さまには幸せになっていただきたいのです。ですから、また、元の通り――ッ!?」

 話を続けている途中で突然腕を引かれて、一瞬後には旦那さまの硬い胸に顔を強く押し付けていました。慌てて顔を上げようとしましたが、頭の後ろも押さえられて思うようにいきません。


「ああ、君は、何て……」

 頭の上から覆い被さるようにして囁きが落とされました。

 と思ったら、顎の下に指がかけられて、顔を持ち上げられます。ハッと息を吸い込みかけたところで、口を塞がれました。

 先ほどのキスよりも長くて――深い、です。


「放してください」の意思表示のつもりで旦那さまの袖をギュッと掴んだら、わたしの腰に回されている旦那さまの腕が一層きつく締め付けてきました。


 ――こんなのは、あの舞踏会の夜以来で。


 あの時と同じように頭がクラクラして、あっという間に何も考えられなくなってしまいます。

 ほんの一瞬だけできた隙に息継ぎをしようとしたら、狙いすましたようにまた奪われました。

 どれだけそうされていたか、判りません。

 ただ、もう、されるがままになって。


 ――でも、どうして、わたしはされるがままになってしまうのでしょう。

 こんなことは不適切なことだと判っているのに。

 わたしが本気で嫌がれば、旦那さまはきっとやめてくださいます。

 けれど、この間の夜も、今も、指一本動かせなくて。

 旦那さまがくださるその感覚を、心地良いとすら思ってしまう自分がいて。


 わたしが息も絶え絶えになった頃、ようやく唇は離してくださいましたが、腕はそのままです。締め付けてくるその力はとても強くて、わたしはつま先立ちにならざるを得ません。よろけないように旦那さまに掴まると、笑い声ともため息ともつかないものが、わたしの首筋をくすぐりました。

「そんな可愛らしいことを言われて、諦められるわけがないじゃないか」

 ――可愛らしいこと……?

 なぜ、そんな結果に……?

「君はとことん僕の自制心を揺さぶってくれる。待てなくなってしまうよ。……いや、そもそも、待つ必要なんてないのかもな」

 旦那さまの不穏なお言葉に、ボウッとしていた頭が一気に冴えていきます。

 これはつまり、わたしは墓穴を掘ってしまったということですか?

 正しい道に戻そうとしたのに、間違った方向への近道を作ってしまったということになるのでしょうか?


 良かれと思って言葉を尽くしたのに、全く逆の効果をもたらしてしまうだなんて。

 もう、何をどうしたら旦那さまの目を覚ますことができるのか、判りません。

 わたしが旦那さまの視界に入っている限り、ダメなのかもしれません。

 それに、旦那さまに触れられると頭が働かなくなってしまう自分自身も、信用できません。


 となれば、あとは……


 その時わたしの頭の中にあった手段は、一つ。

 ――それはとても確実で、けれど一番わたしがしたくないことでした。

 けれど、人は、やりたくないことをやらなければならないことが、あるものです。

 そうすることを考えただけで、とても――とても胸が痛くて苦しくなってしまうようなことであっても。


 ――わたしは、しなければならないことを、やらなければ。


 旦那さまの腕の中で、わたしは心を決めました。

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