真昼の対面◇サイドC
まずい。
こんな狭い密閉空間になる箱馬車なんて選ばなければよかった。
多少遠くても、徒歩にするべきだったんだ。
ほんの少し脚を伸ばせば斜め向かいにきちんと膝を揃えて座っているエイミーの足に触れてしまうような状況で、僕は後悔を噛み締めていた。
窓のカーテンを開けていることが、僕の自制心の手綱を辛うじて引き絞っている。そうやって、できる限りエイミーのことを頭の中から締め出そうとしていた。
もしもこんな狭い中でエイミーを意識してしまっては、三つ数える間もなく、僕はカーテンをピッチリと閉めて彼女を引き寄せてしまうだろう。そうしないではいられない自信がある。
まったく、ひと月も自分にお預けを食らわせていたのだから、こんな事態は避けるべきだったのだ。
ジェシーに求婚されたエイミーの戸惑いについて指摘された時、僕も反省したんだ。
確かに、今まで散々保護者面してきたのだから、突然夫――男として見ろと言われても困るだろう、と。まあ、夫も妻の保護者ではあるけれど。
いずれにせよ、あまり強引な口説きはやめて、取り敢えず、僕を男として見るように徐々にエイミーの気持ちを変えていく作戦――だったんだ。
その作戦には、途方もない自制心をもって臨まなければならないということは、まったく失念していたんだよな……
まず、エイミーに用事もないのにまとわりつかないこと。
これが、なかなかつらい。
特に用事がなくても、いや、用事がない時にこそ、少なくとも朝昼夕三回ずつは彼女の姿を見て声を聴きたいところだというのに、それを朝昼夕一回ずつに減らすように心掛けた。
次に、エイミーに気安く触れないこと。
これが、最高に、つらい。
彼女が僕の身の回りの用事をする為に近付いてくるたびに、手を伸ばしそうになってしまう。
触れて抱き締めてキスをして、彼女を感じたいのに。
ああ、まったく。
喉元に込み上げてくるため息を懸命に呑み込んで、窓の外の景色に集中する。街路樹や街灯の数を数えてもいい。
とにかく、気を逸らさないと。
街路樹、街灯、立ち並ぶ家屋の窓の数――そんなものを片っ端から数え、足していく。
……だが、そうやっていても、ふと気付くと僕の頭は今現在目に入ってくる情報そっちのけで物思いにふけってしまう。
そう、結局、僕の思考は考えまいとしているところに戻ってしまうのだ。
馬車に乗る前に目に焼き付けておいた、いつものお仕着せとは違うエイミーの姿は、最高に愛らしかった。
可愛らしいのと同時に、至極女性らしい。
彼女に対して『女性らしい』という表現を使う日が来るとは思ってもいなかったけれど、僕がいなかった二年という月日は、着実に彼女を変えていた。
別れた時には残っていた幼さは、もう、僕が度を越してしまった時に見せる戸惑いの表情の中に現れるくらいだ。
歩くたびに揺れる長い栗色の髪に、丸みを増した身体。相変わらず華奢だけれども、抱き締めれば以前とは全く違う柔らかさがある。
緩い三つ編みの先はふわりと広がるスカートにかかるほどまであって、リボンを解いて指をくぐらせ梳いてみたらどんな感触だろうと夢想せずにはいられなかった。
――ああ、欲求不満に陥りそうだ。
こんな密室にいたら、疼く手を止めておくのがほとんど拷問のように感じられる。
幸いにして道は空いていて、馬車はさほど時間をかけずにこの生き地獄から僕を解放してくれたが、倍の時間があったらかなりまずいことになっていたに違いない。
先に降りて、エイミーに手を差し伸べると、やっぱり、彼女は困惑したような顔になる。
しばらく眉をひそめていたけれど、敢えて僕が馬車の降り口を塞ぐようにして立っていると、諦めたように、小さな手を絹の手袋に覆われた僕の手に重ねてきた。
彼女に触れることができる貴重な機会だというのにその感触は布越しで、礼儀上仕方がないとは言え、――……ああ、この手袋を取ってしまいたい。
エイミーは地面に足を着けるなり手を引こうとしたけれど、そうはさせない。僕はすかさずそれを脇に挟み込んだ。
ぴくっと一瞬身体を強張らせた彼女に、澄まして笑顔を向ける。
「行かないの、エイミー?」
「……参ります」
複雑そうな顔をしつつもおとなしく僕の肘に手をかけている彼女に、頬が緩んでしまう。
頬にキスの一つくらいはしても構わないんじゃないか? という囁きが頭の片隅から誘いかけてくるのを退けて、僕はエイミーを誘って歩き出した。
腕の内側に触れている彼女の指先に、ほんの少し力がこもる。
その儚い感触に、ただ単に腕を組むというだけの行為がとてつもない幸福感をもたらしてくれる。
――そして、欲張りな望みも。
だが、焦ってはいけないのだ。
とにかく、紳士的に振る舞い、かつ、僕を男として見てもらえるようにしなければ。
爽やかな初夏の空気の中、ゆっくりと、足を進める。
墓前に着いたらエイミーを放さなければならないから、彼女と触れ合っていられる時間をできる限り引き伸ばしたかった。
時折チラリと横に目を走らせても、彼女と目が合うことはない。こんなふうに誰かと歩くことはないのか、少し緊張した面持ちをしている。
しばらくして、ふと気が付いた。
歩き始めた時よりも、エイミーの肩から力が抜けていることに。
何となく、僕の腕に寄り掛かってきているような気さえする。
まるで、想い合っている恋人同士が散策を楽しんでいるかのように。
――いやいや、多分、僕がそうであって欲しいと思っているからそう感じるだけなのだ。
そう、愚かな妄想を打ち消そうとしても、どうしよう、彼女をどこかの木陰に引っ張り込んでしまいたくて仕方がない。
あの、大きな樹の下なんていいかもしれない。
あそこなら、僕の身体で隠してしまえば、エイミーの姿は誰にも見られない。
また隣を見下ろすと、伏せがちな長い睫毛が丸い頬に落とす影と、小振りの可愛らしい鼻と……その下の、ふっくらと柔らかそうな桜色の唇がある。
優しいキスだけでいい。
そっと触れて、ついばんで、ほんの少し、その甘さを味わえれば。
――まずい。
他の人の姿が無いのも災いして、僕の妄想は際限なく広がっていってしまいそうになる。
無理やり彼女から視線を引き剥がして辺りを見回すと、神の救けか、目指す場所はもうすぐそこだった。
「エイミー、ここじゃないのかい?」
いささか唐突にそう声をかけると、エイミーがその長い睫毛をはためかせる。
「あ、はい」
「ボウッとしているなんて珍しいね」
だからこそ、間近で見つめることができていたのだが。
僕の指摘に、彼女はほんのりと色を帯びていた頬をいっそう紅くする。
それを両手で包んでキスをしないでいる為には、どれほどの自制心をかき集めなければならなかったことか。
「え、いえ、……」
そわそわと落ち着かなげにこめかみの辺りに垂れている一筋の髪を耳にかけようとするけれど、その手に持っている小さな花束が引っかかって、また零れ落ちてくる。
逆の手を使えばいいのに、僕の腕に手を置いていることも失念しているらしい。
何故か、つい、笑ってしまった。
固まっているエイミーの手を名残惜しくも解いて、彼女が持っている花束を目で示した。
「それ、置かないのかい?」
「あ、はい」
彼女は子どものように頷いてピタリと寄り添う二つの墓石の前にしゃがみ込むと、花束を二つに分けてそれぞれの前に置いた。
左に刻まれているのはエレナ・メイヤー、そして、右に刻まれているのはクレイグ・メイヤーという文字。
ここは、彼女の両親が眠る場所だ。
いつもしていて無意識の動作なのだろう、石に刻まれた父親の名前を指先で辿り、目を閉じる。
うつむいて祈りを捧げるエイミーの横に、僕もひざまずいた。
彼女と同じようにこうべを垂れて黙祷し、そうして、考える。
もしもクレイグが生きていたら、僕が娘を求めることを許してくれただろうか、と。
きっと、かなりの困難を極めただろう。
戦場でエイミーのことを語る彼の姿を毎晩目にしていたから、余裕で予測できる。
クレイグは、娘のことを至上の宝のように思っていた。直截な言葉で露わにすることはなかったけれど、目と耳を閉じていても伝わってくるような愛情だった。
そんな彼が、最期の言葉で僕にエイミーを託してくれたわけだけれど。
――クレイグは、僕の望みを理解して、受け入れてくれるだろうか。
ある意味、彼がこの世から去ることで、僕はエイミーと出逢えたようなものだ。
そして、彼が死ぬことになったのは、僕の力が足りなかった所為で。
――本当は、僕に彼女を望む権利などありはしないのだ。それは解かっているけれど、求めずにはいられない。
クレイグがまだ生きていたら、何かの折で彼の家を訪れた僕は、やっぱりエイミーと出逢っていたのだろうか。幼い少女ではなく、成熟した女性のエイミーに。
そうであっても、きっと僕は同じように彼女に焦がれることになっていただろう。
――もしも、そうやって出逢えていたら、彼女は僕のことをどう思っていただろうか。
庇護者でも主でもなく、一人の男として見てくれただろうか。
そうであれば、僕の求婚も、怪訝な顔をせずに受け入れてくれたかもしれない。二人の間の障壁は、エイミーの気持ちよりもクレイグという存在になっていて、今頃僕は彼を説得する為に通い詰めていたかもしれない――それすらも、楽しみの一つとして。
だが。
――全て、僕がいけないのだ。僕の力が足りなかったことが。
僕が失わせてしまったものを埋め合わせる為にも、僕はエイミーを幸せにしなければ。
そう決意を新たにして、目を開ける。
僕は彼女を手に入れる。
それは、僕の為ではなく、彼女の為に。
守り、慈しみ、幸せにする為に、僕はエイミーをこの腕の中に閉じ込めるのだ。けっして、利己的な想いからのものであってはならない。
そう胸の中で自分自身に告げ、拳を握りしめる。
と、隣から、微かに身じろぎする気配が伝わってきた。
そちらに目を向けると、エイミーは顔を上げ、墓を見つめている。
「もういいの?」
そう声をかけると、まるで僕がいることをすっかり忘れていた、と言わんばかりにパッと彼女が振り向いた。その眉根が、微かに寄っている。
「はい、もう結構です」
頷きながらそそくさと立ち上がろうとするエイミーに、僕はすかさず手を差し出した。
彼女は一瞬怯んだようにそれを見つめ、そして手を重ねてくる。
来た時と同じように、逃げられないうちにその手を脇に挟み込んで微笑みかけた。
「じゃあ帰ろうか」
促して歩き出すと、彼女も黙ってついてきたが、数歩で突然立ち止まる。
「あ、旦那さま、今日は人と会う約束があって……」
「約束?」
「はい。ブラッドさん――ブラッド・デッカーさんという、警官の方です。妹さんが、この墓地に……」
ブラッド・デッカー。
その名前には聞き覚えがある。
この墓地で、エイミーを助けてくれた男だ。
恩はあるが――気に入らない。
僕がいれば僕が助けられたのにと思うし、彼女が親しげに名前を口にしているのも引っかかるし、何より、未だに付き合いがあるということが、不快だ。
逢わせたくなどない。
が。
「僕も一緒にいていいのかな?」
さりげない笑顔を心がけたつもりだが、心の底から不承不承なので、うまくできている自信はない。
今すぐ帰るぞと言いたい僕の心の声になど気付いていないエイミーは、すんなりと頷いた。
「是非とも、お会いになってください」
むしろ、嬉しそうにすら見える。
僕が嫉妬しているなど、きっとエイミーは夢にも思っていないのだろう。
歩き出した彼女の足取りがどことなく軽いような気がしてしまうのも、僕を苛立たせた。
墓地の出入り口に戻るようにしてしばらく歩いていると、来た時に目にした大きな樹が目に入ってきた。その下に、先ほどはなかった人影が、ある。
やたらに図体の大きなその陰に気付いた途端、僕の腕から温もりが消えた。
気付いた時にはエイミーは離れていて、小走りに遠ざかっていく。
向こうもエイミーに気付いたのか、走り寄っていく彼女に向き直っていた。
今の僕に見えるのは彼女の背中だから、どんな表情をしているのかはわからない。
だが、空気が、楽しげだった。
まるで長年の付き合いがあるように、打ち解けているように見えた。
と、男が手を上げ、エイミーのこめかみの辺りに触れる。
その途端、僕の胸の中はざわついた。いや、むかついた。まるで、たいまつで炙られているかのような感じだ。
多分、僕の視線に気付いたのだろう。
男が僕に目を向け、次いで、エイミーが振り返る。
とっさに笑顔を浮かべたが、どうだろう。僕は本当に笑えていただろうか。
「エイミー、その方がデッカー氏かい? 紹介してもらっていいかな?」
偽りの笑顔を貼り付けて僕が近付くと、エイミーは微かに戸惑いを滲ませた眼差しで僕を見上げてきた。
「旦那さま……ええ、こちらがブラッドさんです。以前に、ここで助けていただきました」
「それはそれは。彼女は私の大事な人だから、私からも礼を言わせてもらうよ」
そう言いながら手を差し出すと、彼はいぶかしそうな、あるいは、何かを見透かそうとするような目を僕に向けてきた。
年のころは二十五、六というところか。
当然、三十二歳になった僕よりもエイミーとの差は少ない。世間一般では「丁度良いくらいの年齢差」だろう。
貴族の僕を相手に媚びへつらうこともなく、いかにも警官らしい生真面目そうな態度を崩さない。きっと、皆から頼られ尊敬されているのだろう。強面でごつい身体をしていても、見ず知らずの少女を助けるくらいだ。内面は好青年に違いない。純真な少女に良く似合うような。
――気に入らない。
握り返してきた彼の手は、大きく、硬い。
その武骨な手がエイミーに触れたところをふと思い出し、知らず手に力がこもる。
ブラッド・デッカーは微かに目を細めて僕を見て、次いでチラリとエイミーに視線を走らせた。
再び僕に戻ってきたその眼差しに、得心の色がチラついている。
「助けたと言っても、少し取り乱しただけの男でしたから。彼もあの後、彼女を怖がらせて申し訳なかったと、とても恥じ入っていました」
淡々とそう言って、ブラッド・デッカーはエイミーを見下ろした。
猛禽のように鋭い眼差しが、エイミーに向けられる時だけ和らぐことが、無性に僕を苛立たせる。彼女がブラッド・デッカーの隣に寄り添うように立っていて、僕と相対する形であるのも腹立たしい。そして何より、彼の方が彼女にはふさわしいのではないかと思わせられることが、耐えられなかった。
彼女の腕を掴んで、僕の側に引っ張り込んでやりたい。
――これ以上ここにいたら、とてつもなく愚かなことをしでかしてしまいそうだ。
僕は完璧に作り込まれた微笑を浮かべて、エイミーとブラッド・デッカーを交互に見やる。
「エイミーと私はそろそろ帰らないといけなくてね。すまないな、エイミー。そう言えば、誰にも行先を告げずに出てきてしまったんだ」
申し訳なさそうにそう言うと、彼女は眉をひそめて返してきた。
「皆さん、お探しなのでは?」
「ああ、だからもう帰ってもいいかな」
頷きかけたエイミーに、ブラッド・デッカーが余計な口を挟んでくる。
「何なら、彼女は後でオレがお屋敷まで送りましょうか」
「いや、結構。彼女にもして欲しいことがあるんだ」
返事が速すぎたかもしれない。
が、エイミーに、彼の提案について考える暇さえ与えたくなかった。
僕は手を伸ばして彼女の腕を取る。引き寄せると、怪訝そうな顔をしながらも、抵抗なく僕の隣へとやってきた。
並んだ僕たちを見て、ブラッド・デッカーが微かに目を曇らせる。まるでエイミーのことを案じているようなその眼差しから、彼女を隠してしまいたくてならなかった。
彼がエイミーのことを心配する必要など、微塵もないのだ。
そんな筋合いは、髪一筋分ほどもない。
「では、失礼」
慇懃に会釈して、僕はエイミーを掴まえたまま歩き出す。
来た時よりも数倍速く歩いて、馬車へと戻った。
箱の中へと彼女を押し込んで扉を閉めると、ようやく一息つける。と、無意識のうちに胸元のクラバットを緩めていた僕に、向かい側から声がかけられた。
「……旦那さま、何か怒っていらっしゃいますか?」
「え?」
目を向ければ、眉根を寄せたエイミーが、その栗色の大きな目で僕をジッと見つめていた。
「わたしが何かお気に障ることをしてしまいましたか?」
問われても、答えられるはずもない。
気に障ったのはブラッド・デッカーのことだけれど、それは彼にもそしてもちろんエイミーにも、何の責任もないことなのだから。
「何も、していないよ」
「ですが――」
「本当に、何でもないんだ。僕がおかしな態度を取っていたのなら、悪かったね」
それは、おかしかったに決まっているさ。
心の中で浮かべた自嘲の嗤いは、エイミーには見せなかった。
やんわりとした口調で言ったつもりだったけれど、僕の返事は彼女の口をつぐませた。天辺のつむじを見せている小さな丸い頭に、胸が締め付けられる。
僕は、自分を制御できていない。
それは判っているけれど。
うつむいているエイミーを抱き締めたいと疼く手を、固く握り締める。
黙り込んだ彼女との間に分厚い壁があるように感じて、息苦しかった。僕は来た時と同じように、流れていく窓の外へと目を向ける。
外の風景を眺めていても、意識は全て、エイミーに向いていた。
だから、不意に彼女が沈黙を破った時も、一言一句、聞き逃さずに済んだのだろう。
「わたしは、旦那さまの嫌がることはしたくありません」
エイミーの声は小さかったけれど、ガラガラと響く馬車の車輪の音にも、邪魔されることなく僕の耳に届けられた。
けれど、音としてはちゃんと聴こえても、意味がよく解からなかった僕は、思わず訊き返してしまう。
「え?」
今は顔を上げて真っ直ぐに僕を見つめていたエイミーは、同じ台詞を繰り返す。
「わたしは、旦那さまの嫌がることはしたくありません。旦那さまには、いつでも安らかで心地良くいていただきたいのです」
彼女は、真剣だった。
一途に僕を見つめ、言葉と眼差しで訴えかけてくる。
「エイミー……」
ぐらぐらと揺らぐ理性と自制心をつなぎとめるのに必死な僕に、彼女はなおも続ける。
「わたしは、何をして差し上げたら良いのですか? わたしにできることは、ありますか?」
「君にできることは――」
――もう、とっくに伝えてあるじゃないか。
そう言いたいのを、僕はぐっとこらえた。
「……君は、僕の傍にいてくれるだけでいいんだよ」
ずっと、片時も離れず、永遠に。
心の中でそう付け足した言葉は、エイミーには届いていない。きっと。
「それでしたら、今までもしてきました」
ほら、だからこんな言葉を返してくる。
ああ、違うんだ。
ただいるだけではなくて、君の心ごと、君の全てを僕の中に欲しいんだ。
僕は、彼女との温度差に、歯噛みする。
僕の求めているものと、彼女が与えていると思っているものは、あまりに違い過ぎた。
多分、エイミーは、頭がおかしくなりそうなほど誰かを欲しいと思うことなど、無かったに違いない。その人が他の者に微笑みかけるだけで相手を絞め殺してやりたくなる気持ちなんて、知らないのだ。
だから、僕が何にイライラしているのか、心の底から望んでいるものが何なのかなんて、想像することもできやしないのだ。
――どうやったら、このズレを正すことができるんだ?
どうにもならない溝を埋めようと僕が足掻いているうちに、ヒョイと現れた誰か――たとえば、ブラッド・デッカーのような男がいとも簡単に彼女を攫っていってしまいそうで、堪らない焦燥感と、殆ど恐怖と言っていい感情に襲われる。
僕の胸の内を満たしている説明できないモヤモヤに気付きもしないだろうエイミーの無垢さが、ほんの少し、恨めしかった。