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神様の不良品  作者: 橘 明
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 リアルババ抜き 10




「よお。この間はどうも」

 僕は河井に笑いかけた。

 そして、奴に近寄ろうとしてふらつく。

「おい、大丈夫か?」

 河井が僕に手を差し出した。

「お前、めちゃくちゃ顔色悪いぞ。熱でもあるんじゃないのか?」

 しかし、僕はその手を払いのけると、

「土曜に一人で仕事かよ。情けねえな」

 と嘲笑ってやった。

「本当は、他の人も来るはずだったんだ。でも、出勤してみたら俺一人だった」

 その言葉に、僕は吹き出す。

「だっせえの。ハブられてんじゃねえよ」

「うるさいな。主任クラスの人は来てるよ。今、下の溶鉱炉のメンテナンスしてる」

「溶鉱炉?」

 言われて僕は柵の下を覗き込んだ。確かに、下のフロアには何人かの人が居て、ダクトを開いてなにやら作業をしていた。真下を見れば銀色の釜が口を開いているのが見える。吸い込まれたくなるような気持ちになる。けど、まだだ。まだ、その時じゃない。

僕は河井に尋ねた。

「で、お前はここで何をしてるんだ?」

「午後からこっちのメンテもやるっていうから、構内の片づけとかしてたんだよ」

「1人で?」

「ああ。1人で」

 それを聞いて、僕はもう一度吹き出す。やらされてるんじゃねーよ。

「お前こそ、何しにきたんだよ」

「僕か? 僕は……」

 何をしに来たんだろう?

「僕は……そうだ。終わらせに来たんだよ」

「はあ?」

 河井が訝しげな顔をした。

「何言ってるの?」

「頭大丈夫か? って思ってるんだろう? でも僕は正気だよ。ただ、なにもかもにうんざりしてるだけで」

「そんなん、誰だって少なからずうんざりしてるだろう。俺だって、いいかげんこの仕事にうんざりしてるさ」

「ふふ」

 僕は笑った。

「でも、河井君は強いよな。うんざりしてもハブられても仕事してるんだから」

「仕方ないだろう。逃げても無駄な事は、8年も引きこもってよく分ったし」

「そこが凄いよ。引きこもっても復活しようと思えたんだから」

「兄貴のおかげだよ。あと、みーさんと、その他色んな人の」

「つまり、良い人達に出会えたってことだ」

「まあ、そういう事になるのかな」

「まったく、うらやましいね。でも、僕だって……僕だって自分は強いと思ってたんだ。あれだけいじめられても、学校に通い続けた。いじめを克服して明るい奴にもなれた」

「? だったら、素直に喜んでおけば良いじゃないか。ていうか、本当にお前、何しに来たの? 家に帰って寝てた方がいいんじゃないか?」

「でも、もう、うんざりなんだ」

「何が?」

「松浦」

「松浦?」

「アイツは、逃げても逃げても追いかけてくる。どうしてか、僕に執着するんだ。この間はアパートにまで押しかけてきた。引っ越し先は黙っていたのに。僕には、もう、逃げ場所がない。もう、うんざりなんだよ。だから、もう、終わらせようと思って」

 自分でも、何を言っているのか分からなかった。でも、とりあえず立ち上がった。それから、柵に向かってふらふらと歩き始めた。

「おい。イナっち」

 後ろから河井の声がする。それは、高校時代にアイツがいつも僕を呼んでた呼び方だった。久しぶりに聞いた親しい響きに、胸の中が温かくなるのを感じた。それで、思わず僕は頬をゆるめ足を止めて振り返り、それから、やはり昔、僕が河井をそう呼んでいたように呼んで、こう言った。


「裏切ったりして悪かったな、セイちゃん。ずっと謝りたかったんだ。許してくれ」


 それは、自分でも思いもかけない言葉だった。信じてくれ、この後に及んで良い奴ぶるつもりなんかなかった。僕は、僕のままで全てを終わらせるつもりだった。なのに、そう言ったとたん、今まで心の中にあった固まりが消えていく気がしたんだ。

 僕は思わず口に出していた。


「そうか……わかったぞ! 僕は、このひとことが言いたかったんだ。これが言えないばかりに、ずっとずっと苦しんで来たんだ」


 僕の言葉に、河井が目を大きく見開く。信じられないって顔つきだ。怒ってるのか? そうかもしれないな。今さらって感じだもんな。分ってるよ。何を言ったって罪は罪なんだから。


「さよなら」


 言うと、僕は走り出した。そして、柵を飛び越えて一気に炉の中に飛び込もうとした。


「イナっち!」


 河井が僕の手を握りしめる。


「やめろ……」


「遅いよ」


 僕は宙づりの姿勢で言った。


「もういいんだ。手を離してくれ」

「やだよ。お前こそ、絶対に手を離すな」

「無理だよ。僕、体力ないの知ってるだろ?」

「何言ってるんだよ! おーい! 誰か! 誰か!」

 河井が声を上げた。

「助けてくれ! 人が落ちかけてるんだ」


 その声に気付いてか、下から人の騒ぐ声が聞こえはじめた。


「何してるんだ!?」

「誰か、早く昇れ!」


 続いて慌ただしく階段を昇る、カンカンという音が聞こえてくる。それらを聞きながら痺れた頭で思う。



 無駄だよセイちゃん。

 もう、ウデも限界だし……



 その時、背後でボンという音がした。

 なんだろうと思って下を見ると、真っ赤な火柱が昇ってくるのが目に入った。


 奇麗だなと僕は思った。


 赤く輝きながら天に駆け昇っていく龍みたいだ。





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