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神様の不良品  作者: 橘 明
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 リアルババ抜き 9



 まったく笑い話だよな。

 裏切った相手に助けられるなんてさ。

 僕なら、自分を裏切ったような奴、絶対に助けないだろう。そうだ。僕なら『ざまーみろ、これが裏切り者も末路だ』って捨て台詞残して、そのままそこから立ち去ってやるね。ドラマのヒーローのごとくさ。

 にもかかわらず、河井兄弟は僕を助けた。あの、凶悪な松浦から、僕を助けた。いったい、どういう風の吹き回しだ? 僕のせいで8年も人生を無駄にさせられたっていうのに。


 さあ、ここが思案のしどころだぜ、稲本誠二。河井君のうるわしい行為に涙を流して改心するか? それともヒールの哲学を貫くか……究極の2択ですよ、これは。


 なんちゃって、答えるまでもなく心は決まってるって。誰が改心なんかするか。河井が本心から僕を助けたわけがない。それどころか、みじめな僕の姿を見られて、さぞかし気分がよかっただろうよ。しかも正義の味方気分まで味わえちゃってさ。

 けどさ、河井。お前が、いくらいい奴ぶったって、僕は全てお見通しなんだよ。お前は、あの時、こう思ったに違いない。『それみたことかよ、稲本。やっぱりお前は、一生いじめられっ子なんだよ。どこまで行ったってババのカードから逃げられやしないんだよ。その証拠に、いまだに松浦にいじめられてるじゃねーか』って。



 それにしても、寒い……。

 ネガティヴな事考えてたら、ますます寒くなって来た。2月の公園の寒さはハンパじゃねーな。何しろ、吹きっさらしだし。

 何か温かいものでも飲みたいけど、今、50円しか持ってないんだよな。これじゃ、ジュースも買えやしない。

 銀行も、もう閉まってるだろうし、やっぱりアパートに帰ろうか? いや、駄目だ。松浦が、あれであきらめるわけがない。絶対に、またやってくる。今度捕まったら、どんな目に合わされるか分ったもんじゃない。


 僕は、頭からジャケットをかぶり、ベンチの上にうずくまった。

 PM 11:30。遠くから車の音ばかりが聞こえる。

 ここは、アパートから5分ばかり東にある『茜公園』だ。あの、松浦の襲撃を受けた日以来、ずっと僕はここで寝泊まりしている。

 本当なら、実家に帰りたいけど、あそこも松浦に知られている(というか、うちと松浦家は隣同士だから、遭わずにいられないだろう)。引っ越すにも金はないし。絶望だ。僕は一生アイツにつきまとわれるんだ。



 朝。

 ベンチの上で目覚める。

 なんとか生きてたようだ。

 けど、腹が減ってフラフラする。

 昨日の昼から何も食べてない。

 そろそろ、銀行も開くだろうから金をおろしに行こうかと思う。

 しかし、公園のトイレに映った自分の顔を見て思いとどまった。髪はバサバサ、頬もこけ、どう見ても怪しい奴になっている。

 松浦は怖いが、やっぱり一度アパートに帰ろう。そして、風呂に入って職探しだ。


 よたよたと歩きながらアパートに辿り着いた。しかし、階段を昇ろうとしても足が動かない。そのうち心臓がバクバクして手足が痺れてくる。僕は、身をひるがえして元来た道を戻った。


 そして、銀行に行く。

 周りの奇異の目にさらされながら、金を降ろしてコンビニで弁当を買い込む。

 公園のベンチで、食い物を一気に胃に収めると、吐き気がしてきた。

 トイレに入って食い物をもどす。

 自分のみじめさに涙が出てくる。


 …ドウシテ、ココマデシテ、生キナクチャナラナインダ?


 僕はノートを取り出し、今の気分を書き付けた。家を出てからずっと、ヒマをみつけてはノートに色んな事を書いて気を紛らわしている。ノートには、過去の事も今の事もたくさん書いた。しかし、未来の事だけは書けなかった。


 夕べから、今までの事を箇条書きで書き付けると、次に、今、心の中にあるドーンとした重苦しい気分について書こうと思いついた。この重苦しさは、今生まれたわけじゃなく、ずっと昔からあった気がする。けど自覚したのは、ここ最近のことだ。何となくもやもやして、僕をいらつかせる。おかげで、何もやる気がしなくなる。一体、この気分はなんだろう? ……そこまで書いて、僕は手を止めた。次の言葉が浮かばないからだ。かわりに僕は携帯を見る事にした。

 家を出て以来、携帯はずっと電源を落としてカバンの中に入れっぱなしにしておいた。(充電器が使えないから節約してたんだ)けど、この時ばかりは、ひとりぼっちでない事を確認したくて電源を入れた。すると、メールがいくつも入っていた。

 最新のメールはメタル工場の渡辺から来たものだった。必死で文字を追うが、何故か頭に入って来なくて、何度も何度も読み返した。それで、辛うじて、こんな事が書かれているのが分った。


『河井弟が、土曜に一人で休日出勤するらしい』


 その後に、『河井には全員出勤すると言っておいたけど、実は全員ボイコット組。わざと一人で出勤するようにしむけたらしいって』とかなんとか書いてあったような気がする。アイツの飛ばされた鋳造工場内にも僕の味方がいて、河井が早く辞めるように仕向けているらしい。ざまあみろ。しかし、今の僕には、それももうどうでもよかった。そんなことより、ぼーっとした頭でこう思いついた。


 ……そうだ。河井に会いに行こう。そして、全部終わりにするんだ。


 一体、何を終わらせたかったんだろう? 今となってはもう永遠の謎だけれど。


 僕は嬉々として思いついたままをノートに書きなぐると、携帯と一緒にカバンの中に入れた。そして、工場に向かってふらふらと歩き始めた。





 工場に着く。

 土曜だというのに門が開いている。

 守衛の人が居たが顔見知りなので、ロッカーに忘れ物を取りに行くと言ったらあっさりと通してくれた。


 そのまま、鋳造工房に向かう。

 昔働いていたラインのある建物の横を突っ切り、渡り廊下の脇から伸びる錆びた鉄製の階段を昇っていく。ここから、鋳造工場に入れるはずだ。


 ドアを開けて中に入る。

 誰かに見つかっても平気な自信はあった。鋳造には顔見知りもいるし、忘れ物を取りに来たついでに立ち寄ったといえば誰も怪しまないだろう。


 しかし、幸いな事に、構内には誰もいなかった。

 メールに書いてあった通り、河井一人に出勤させて後は全員ボイコットしているためだろう。つまり、河井は、今、一人のはずだ。

 僕は奴の姿を探した。


 しばらく歩くと、僕は河井を見つける事ができた。

 奴は工房奥の出口を出た辺りに一人で座って弁当を食っていた。その背中越しに縞模様の柵が見え、さらにその先に巨大な溶解炉の上部が見える。

 僕は、カバンを降ろすと奴に近付いた。そして、背中を軽く叩いて


「よお」


 と言った。


 河井が振り返る。


 そして僕に気がつくと驚いて目を大きく見開いた。




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後、3話で終わります。まったく意図していませんでしたが、きっちり100話になりそうです。最後までおつきあいお願いします。

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