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神様の不良品  作者: 橘 明
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 リアルババ抜き 8



 寝転がって、ひたすら自分のついてなさを考える。

 一体、何が原因で、僕は平日の夕方にボロアパートの一室でテレビなんか見ていなくちゃいけないんだろう?(まともな人間なら、まだ働いている時間帯だ) 

 テレビではアニメがやっている。ヒロインのハイテンションな話し方がやけに耳につく。


 突然、携帯が鳴った。見ると渡辺からメールが届いていて、そこにはこう書かれている。


『河井弟が、鋳造に飛ばされた』


 その一文を読んで、僕は思わず吹き出した。

 ……鋳造って、あの鋳造工房かよ。溶解炉の真上の、熱くて、キツくて、誰も続かないっていう、あの鋳造工房かよ。


『事実上のリストラだよな、これは』


 と、渡辺から追加メールが届く。


『会社側も、やっと分ったって事だよ。近いうちに河井本人も分かるだろ。何もかも失って、やっと自分の間違いを自覚すると思うよ』


 間違い?間違いってなんだろう? 本当に間違ってるのは誰だろう? いや、そんな事考えるだけ無駄だ。肝心なのは河井が近いうち、あの工場から消えるって事だ。

 でも、河井の不幸にとても喝采あげる気にはならなかった。だって、今の僕は河井以上に何も持っていないのだから。僕の夢も、新しい未来も、何もかもついえてしまった。



 さかのぼれば、あの土曜だ。あの、ショップでの出来事だ。何だって、あの時、あんな下らない事をしてしまったんだろう?


 ショップで遠目に河井正を見つけた時は、『ああ、いるな』って思っただけだった。近寄る気もなかったし、関わる気もなかった。僕にとってあいつは既に過去の人間なのだから。

 にもかかわらず、僕は河井の様子を窺いにいかずにはおられなかった。どうしてなのかは、自分でも分からない。そして、近くでアイツの笑っている顔を見たとたん、何故かイライラして来た。それで、思わずいわなくても良い事を言ってしまったんだ。


「元引きこもり君に障害者の仲間達なんてさ。……やっぱり、類は友を呼ぶのかなって」


 告白しよう。僕には完全に悪意があった。僕はあいつを傷つけたかったんだ。あいつの幸福を壊したかった。ほとんど衝動的にそう思ったんだ。


 でも、一体、僕は何にいらだったんだろう? 河井の安心しきった顔……仲間に全てを委ねているような笑顔に? けど、なんでそんなもんにいらつく? 嫉妬? 元友人だからという独占欲? 違うな。独占欲なんかじゃない。

 


 答えが出ないまま、僕は再び畳の上に寝転がった。

 窓から射し込む光で、部屋の中がオレンジ色に染まってくる。幼い頃は夕暮れの色が好きだった。けど、今の僕の心には何の感動ももたらさない。夕暮れなんてただ一日が終わる合図に過ぎない。世界は僕を取り残して回っていく。明日になったって、僕は今日と同じようにこのアパートでゴロゴロしてるだけだ。なんてことだ。これじゃ、引きこもってるのと同じじゃないか。河井と同じじゃないか。


 『きっと、これも罰なんだろう』と僕は思った。『僕はきっと、一生許される事はないんだ』と。

 そうだよ。僕は罪人だもの。河井を裏切り、奴の人生を8年も奪ってしまった。そして、今もまた、奴が職場に居られないようにさせている。罪悪感は得にない。弱肉強食は世の常だもの。罰を受けるなら潔く受けるさ。

 けど、正直に言えば、あのチャンスが奇蹟的に巡って来た時、もしかして僕は許されたのかなと思ったんだ。ここから逃げだせるパスポートをもらえたのかなって。だって、社会人になってからこっち苦痛の連続だったもの。営業も、ラインも、僕には耐えられるような仕事じゃなかった。向いていないんだ。

 弁護士にさえなれれば『ここ』から逃げだせるって狂喜乱舞していた。けど、やっぱり、世の中そんなに甘くなかった。しかも、河井とのケンカが原因で全部駄目になるなんてあまりにも出来過ぎじゃないか? やっぱり因果応報ってあるのかな。でも、神様。一言だけ愚痴らせてくれ。一度あたえた希望をあっさりと奪い取るなんて、あまりにも残酷すぎる罰じゃないのか?

 自分の運命が呪わしくて仕方ない。一体どうして、こんなことになってしまったんだろう?

 僕は、起き上がって大学ノートを開いた。そして、自分の過去を書き出してみる事にした。一体どこで、何が原因で、こうなったかを探り出すためだ。


 そもそも、あの高校に行った事が間違いだった。

 元々の志望校だった三條高校に受かっていれば、河井に会う事もなかっただろう。河井に会いさえしなければ、裏切る事もなかった。そうすれば、僕は堂々と大学に進学していただろう。

 けど、落ちたのは僕の実力がなかったせいじゃない。あの前日に、トイレに素っ裸で閉じ込められたのが原因だ。

 あれをやったのは松浦だ。

 そうだ、よく考えてみれば、いつでも松浦が僕の人生の邪魔をしてきたんだ。

 もし、あいつが僕の家の向いに住んでいなければ、僕はあいつに執拗にいじめられる事もなかったはずだ。


 けど、松浦は、どうしてあんなに僕をいじめなくちゃいけなかったんだろう? 昔は……そう、保育園の頃は、結構仲良く遊んでいたような気がするのに。そうだよ。昔は、面倒見のいいアニキみたいな奴だった。体の小さい僕をいつも守ってくれていた。それが、いつからか、手のつけられない乱暴者になっていた。いつから、あんな風になったんだ?


 そういえば、小学校に入った頃、一度だけアザだらけになってうちに来た事がある。おふくろが心配して『どうしたの?』と聞いたのに『なんでもない』と答えたっけ。けど、あれは、なんでもないなんて顔じゃなかった。家でジュースを飲ませた後、おふくろと一緒にあいつを送っていったっけ。そしたら、中から知らないおっさんが出て来て、恐ろしい顔で僕と母親を睨み付けた。すごく怖かった。その男が松浦の母親の再婚相手だって知ったのは、随分後の事だった。


 虐待でもされてるんじゃないかと、おふくろは心配していた。子供の僕に、その言葉の意味は分からなかったけど、僕は知っていた。時々、松浦が公園の隅でぽつんと一人でいる事。家に帰りたがらない事。体育の時、着替えるのを異様に嫌がっていた事。でも、たいして気にとめる事もなかった。その頃には、あいつとは疎遠になっていたし、なにより、僕はあいつが怖くて仕方なかったから、避けて近寄らないようにしていたんだ。……



 そこまで書き綴った時、突然チャイムが鳴った。


 ピンポーン、ピンポーン。


 せわしげにチャイムが鳴る。妙に乱暴な押し方をする。一体誰だろう?


 僕は、ノートを引き出しに片付けると、立ち上がり玄関に向かった。そして、ドアを開けて凍り付いた。


 そこに、松浦が立っていたからだ。



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すいません。間違えて削除しちゃったので再アップします

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