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色々、トラブルはあったが、翼のサプライズパーティーは何とか無事に終わった。
片づけが終わり、帰ろうとした時、弟の姿が見えない事に気付く。どこにいるのかと探したら、部屋の隅っこでぐったりしているのを見つけた。
「おい、正」
近付いて声をかけるが、返事がない。
「なにしてる? そろそろ帰るぞ」
もう一度声をかけるが、やはり返事がない。
「おい、どうした? 具合でも悪いのか?」
すると、弟がけだるそうな目をこちらに向ける。そして、言う。
「ちょっとね」
「え? 腹でも壊したか?」
パーティー中は元気に見えたのに。
「そうじゃなくて、精神的に……」
「精神的に?」
「うん。俺、ボランティア失格なんじゃないかって思って」
「どうして?」
「いくら、腹が立ったとはいえ、あんな風に喧嘩するなんて」
「ああ」
俺はやっと納得した。どうやら弟は、ショップでの稲本とのケンカの事を深く反省しているようだ。
「うーん。確かに暴力は良くなかったかなあ……。子供が見てる前で」
「やっぱり兄貴もそう思うか?」
「ああ……でも」
100%お前が悪いとも思わないよ…と言いかけた時、
「そんな事ないと思うよ」
突然、背後からかなえの声がした。びっくりして振り返ると、かなえが心配そうにこっちを見ている。いつの間に来てたんだ? 全然気付かなかった。
「こんな事、言うべきじゃないかもしれないけど……あの時、河井君が怒ってくれて、私、ちょっとスッとしたよ」
かなえの言葉に、思わず弟が吹き出した。
「スッとしたのかよ!」
「うん。したよ」
「ダメだろ! 卑しくも福祉に従事する人間が暴力見てスッとしてちゃ」
「だって、本当の事なんだもん」
かなえがぷくっと頬を膨らます。かなえらしからぬその所作に、思わず俺も破顔する。この娘、外見に似合わずナカナカ気が強いらしい。と、思っていると、思わぬ伏兵が乱入して来た。
「僕だって、スッとしたよ!」
何と、大地だ。こちらもいつのまに来ていたのか、全然気がつかなかった。
「お前もかよ」
弟が大地を見てあきれ顔をする。
「そうだよ。あんな、悪者やっつけちゃえばいいんだ!」
「こら!」
これまた、いつの間に来ていたのやら、田辺由紀恵が大地の頭を軽く叩く。
「一方的に、人を悪者って決めつけちゃだーめ!」
「だってえ……」
大地が不満げに由紀恵を見上げた。
「あいつ、僕やみーさんを馬鹿にしたんだよ……って、みんな言ってたよ」
最後の方は小声だ。すると、由紀恵が言った。
「馬鹿にされたって怒るのは、自分が馬鹿にされるような子だって認めた証拠だよ」
「そうなの?」
「そうよ。で、大地は馬鹿にされるような子なの?」
「違う……と思うよ」
「『全然』違うでしょ?」
「うん。全然違う」
「じゃあ、怒らない」
「……分ったよ」
「よし!」
由紀恵は大地の頭を撫でると、次に弟の方を向かってこう言った。
「話は全部聞いたよ。喧嘩した彼、君の元友人だって?」
「情報、早!」
弟があきれ返る。すると由紀恵は「とーぜん」。とうなずき「で、」と続ける。
「で、弟君。君の勇気はとても素晴らしいけど……」
「素晴らしいけど、なんだよ」
「どうして、彼がそういう言動に出たかも、少し考えてあげるといいかもしれないね」
「どういう意味だよ?」
「彼が本当に幸せなら、とうに縁を切ったはずの君に近付いてまで、皮肉を言う必要はなかったんじゃないかな? って私は思うんだ」
その言葉に、弟は黙り込む。
田辺由紀恵の言う事はもっともだ。しかし、正直、そこまで奴の事を考えてやる必要があるのかな? と、いうのが俺の本音だった。
しばらくすると、由紀恵は弟の背中を叩き、
「まあ、終わった事は、終わった事として。また、来週お願いね」
と言った。すると、弟は、何故かはにかんだような笑顔を浮かべて「うん」と答えた。由紀恵の言葉に奴が何を感じたのかは、知る由もない。