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神様の不良品  作者: 橘 明
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09

 みーさんとは機嫌良く話したらしい正だが、夕食に降りて来る気配はなかった。実はそれをちょっと期待していただけにがっかりする。まあそんなものかもな。世の中そんなに甘くないてことだ。

 で、いつものごとく奴の部屋に飯を運びドアの外から話しかけた。

「お前、みーさんと喋ったらしいな」

 返事があるかとしばらく待つ。

「…」

 何も無しか。何だよ昨日はベラベラ喋ったくせに。ムカついてくる。

「お前、また失礼な事聞いただろう。夕べあんだけ注意したのに…」

 返事があるわけないが「いいやと開き直り、沈黙相手に喋る。

「人間として最低だな。みーさんは心が広いから許してくれたけど」

「…」

「おい、返事がないって事は死んでるのか? 開けて確認するぞ」

 すると、中からドカンと音がする。生きてるっていうよりむしろ、開けるなって事だろう。開けねえよ、そんな汚ねえ部屋誰がのぞくか。

「明日は森崎が来るからな。おかしな事するなよ」

 俺はひとことだけ申し渡し、自室に戻った。


 次の日、日課の両親見舞いを済ませて帰ってくると、門の前に森崎が座っていた。彼女は俺に気がつくと立ち上がった。

「待ってたの。チャイム鳴らしても誰も出て来ないし。弟さん、お出かけ?」

「え? あ…まあ、そうじゃないかな? 怪我も大分よくなったみたいだし」

 っていうか、あのバカ森崎の前には出て来れないらしいな。

 鍵を出し玄関を開ける。森崎はスーパーの袋を片手に台所に入って行った。そして手際良く料理を始める。その後ろ姿を見てなんか良いなと俺は思った。結婚したら毎日こんな感じなんだろうか。小さな幸せってやつだよな。もっとも、その小さな幸せすらつかめない奴も最近は多いんだけど。だからって結婚イコール幸せでも無いらしい。全く、複雑だよ。複雑すぎる。

「みーちゃんは、何作ってくれたの?」

「うん、ああ。筑前煮に魚を焼いてくれた」

「おいしかった?」

「おいしかったよ」

「みーちゃんは一人暮しだから強いよね。私は簡単なものしか作れないの。ごめんね」

「いいよ、作ってもらうだけでありがたいのに…」

 森崎が料理してる間に、持って帰って来たおふくろと親父の下着を洗濯する。正のも混じっている。いつの間に入れやがったんだか。その後、風呂を洗い湯をためる。それから洗濯を取り込みたたむ。家事をこなす俺を見て森崎が言った。

「河井君て、良い旦那さんになりそうね」

「なんで?」

「家事、うまいもん」

「一人暮らししてたからね」

「東京で?」

「そう」

「やっぱり今でも東京に行きたいの?」

「まあね」

「そんなにあっちが好きなのに、どうしてここに戻って来たの」

「まあ、色々事情があってね」

「色々な事情の中身が聞きたいんだけど」

「うん、まあ色々」

「何それ?」


 その日、森崎が作ってくれたのはオムライスとサラダだった。「弟さん、遅いね」と言いながら森崎は7時頃帰って行った。弟は待たなくていいからと無理矢理俺が帰らせたのだ。なにしろ奴ならずっと上に隠れてるんだから。

 そして、今日も例のごとく奴のために食事を運ぶ。会話は無い。


 それから半月というもの、みーさんと森崎は約束通り毎日のようにやって来て夕食を作ってくれた。正はみーさんが来た時は多少顔を出すらしい。俺はその事を森崎から聞いて知った。

「弟さん、みーちゃんと仲良いみたいね。私が来た時はいつも居ないのにね」

「ああ、森崎が来る日がちょうど通院日になってるらしい」

「よく、病院に行くのね」

「おふくろ達の見舞いも兼ねているみたいだよ」

「ふうん……」

 そうこうしてるうちに母親が退院し、その付録のように親父も退院して来た。おふくろはまだ杖を必要としたが、俺と親父の協力でなんとか家事一切は行われていった。みーさんと森崎の役目は終わり、俺は1ヵ月ぶりに社会復帰することができた。

 長い間休んだにも関わらず、会社は俺を受け入れてくれたが、俺の居た場所には既にばあさんが補充されており、何となく自分があぶれもののような感じがして来る。さらに、そのばあさんと元からいるじいさん達が対立し、障害者3名を巻き込んでのくだらん争いがはじまっていた。

 やれ、杉村さん(新しく入ったはあさんの名前だ)は楽をしたがるだの、それは金ちゃんがやり過ぎるからだの、両者に言い分があり、板挟みになった俺は「そろそろここも潮時だな」と漠然と思う。

 しかし、ここを辞めてどこに行くか。小遣い稼ぎだけの為に、また他の工場で働くのか? 本当にそれでいいのか? 刻々と時間は過ぎて行く。気がつけば夏が終わり秋が近付いている。そして、きっとあっという間に冬が来て、正月に紅白なんぞ見ながら「またこの日が来ちまったか」とかぼやくんだろうか? 冗談じゃねえ。そんな事は2回も繰り返せば十分だ。


 しかし、どう考えても俺が東京に戻れる可能性は感じられなかった。正は、みーさんにこそ懐いたようだが、おふくろ達が戻って以来は相変わらずの引きこもりっぷりで改善の気配はみられないし、それ以上に、日に日に老いぼれて行く親父とおふくろを見るにつけ、家族を見捨てて勝手な事をする事はもはや出来ないような気になって来る。長男としての責任感が芽生えたのか? 腹立たしい事である。そんな事ばかりぐるぐると考え眠れない夜が続く。


「なんか最近元気ないよ」

 と、森崎が肩を叩いた。

「分かる?」

「やっぱりそうなんだ。何かあったの?」

「うん、そろそろここ辞めようかなって」

「東京に行くの?」

「違うけど」

「でも、行きたいんでしょ」

「行きたいけど、でも…」

 それから俺は思わず本音を言った。

「もう無理なような気がする」

「なんで? 行けばいいじゃない」

「そりゃ、究極に身勝手になれば行けるさ。でもなあ、もし、それをやったら、親父とおふくろ死んじまいそうな気がして無理」

「心配し過ぎじゃない?」

「そうかな?」

「そうだよ。行きたければ行けばいいじゃん。人生一度きりだよ。好きに生きないと」

 なんだか、やけに援護してくれる。どうした? 森崎。

「もういいよ、とりあえずは。それよりさ、前に森崎が言ってたようにイラストの仕事ちゃんとしてみようかなって」

「いいと思うよ。でも、甘くないよ」

「分かってるって」

「そう。それじゃ応援するよ。頑張れ!」


 森崎の応援に励まされて力を得た俺は、ヒマを見つけては面接を受ける事にした。しかし、イラストレーターのみの求人などほとんどなく、たまにあっても年令制限と学歴にひっかかる。その上、俺程度の絵の描ける奴など星の数程いるのだ。せめてクリエイティヴな仕事をとデザイン会社等も受けてみたが、今度はスキルがないと断られる。絵を描いていた旨を伝えてみれば「そうやってイラストを描く人が人脈を作るためにうちの会社に来たがるけど、実際の現場は君が思っている以上にハードなんだ。そういう考えで来られるのが一番困る」と冷たくあしらわれる。俺は初めて自分の立ち位置を知った。





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