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神様の不良品  作者: 橘 明
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リアルババ抜き 6


 こうして、僕は高校を卒業した。

 長年続いている不況のせいでロクな就職先がなかったが、辛うじてインチキ臭い健康食品会社に入り、営業の仕事をすることになる。営業なんて正直いってやりたくなかったが、人との駆け引きを覚えるためにはいい勉強になったかもしれない。

 松浦達との付き合いは卒業後も続いていた。付き合いたくなくても、家が近いので逃げようがなかった。

 そう。実は僕と松浦とは同じ町内に住んでいる。幼稚園も同じだった。つまり、僕は、子供の頃から高2になるまで、ずっと松浦にいじめられ続けていたという事になる。普通にいえば幼馴染み。しかし僕にとっては、ただの悪縁・因縁でしかない。

 松浦は、高校を卒業をしても仕事もせずにブラブラしていた。金も稼がないくせに遊び方だけは派手だった。一体どれほどの金を使ってるのか知らないが、その一部を僕が負担させられていたのは確かだった。奴はしょっちゅう僕に金を借りに来た。もちろん、貸した金が一度も返ってきたためしはない。

 ある日、ついに決心して家を出る事にした。家を出てしまえば、松浦との付き合いも切れるだろうと思ったからだ。

 家を出るにあたり、両親にはくれぐれも誰にも言わないようにと念をおしておいた。にもかかわらず、松浦は僕の居所を突き止めて来た。どうやら、僕の勤めている会社に問い合わせたらしい。そこまでして、僕を追いかける執念が理解できない。僕は一生奴につきまとわれるんだろうか? そう考えると絶望的な気分になってくる。

 そんな矢先、勤めていた会社がつぶれた。ボーナスも無くなた頃から、やばいとは思っていたが、まさか潰れるとは思わなかった。当座の生活には困ったが、感傷は無かった。元々、それほど愛着の有る会社でも、仕事でも無かったからだ。それよりも、それを機にアパートを引っ越す事にした。今度こそ松浦に捕まらないところに逃げようと思ったのだ。


 新しい引っ越し先は、実家から二駅行った先のボロアパートだった。何でそこにしたかといえば、高校の頃に何度か来た事があって、よく知った場所だったからだ。まったく知らない場所よりは心強く思えた。

 引っ越しした後の問題は、次にどんな仕事につくかという事だった。

 正直、営業はもう嫌だった。しかし、僕に選り好みできる程の力は無い。2流高校卒業で、ロクなスキルも無い。そんな人間を簡単に雇ってくれる程世の中は甘く無い。職安に通う日々の中で、何度か『弁護士』と『教師』という言葉が頭の中をよぎるが、今の僕には夢の夢でしかなかった。

 しかし、とりあえずは生きて行かなければいけない。貯金にだって限りが有る。それで、まともな仕事が見つかるまでのつなぎとして、近所のリサイクル工場でパート勤務をすることに決めた。


 そして、そこで、僕はアイツと再会する事になった。


 アイツ。


 河井正。


 僕からババのカードを引き受けて、潰れてしまった男。



 8年も引きこもっていたにもかかわらず、河井の見た目はそれほど変わっていなかった。ただ、一つ大きく違っていたのは、あの頃の調子の良さ(脳天気さ?)が無くなっていた事だ。すっかり、陰気で疲れ果てているように思える。そして、常に人を警戒している。あんな事になるまでは、松浦相手でも平気で冗談をとばせるような奴だったのに。河井がイジメを受けていたのは2学期から3学期半ばの約4ヵ月でしかない。たった4ヵ月でで、人はここまで変わってしまうんだろうか? 


 最初は『ざまあみろ』と思っていた。全部報いだよと。

 その次に、罪悪感が押し寄せて来た。俺のせいでこいつの人生狂わせてしまったんじゃないかと。

 最後には開き直ってやった。俺のせいじゃねーよ。自己責任だよ、自己責任。


 色んな思いがあったが、とりあえず上辺だけでも上手くやるのが社会人というものだ。その点では自信があった。本音を隠して上手くやる事にはすっかり馴れている。

 一方の河井の奴ときたら、全然なっちゃいなかった。俺に対して露骨に嫌な顔を見せるわ、仕事はできないわ……。それでかえって安心したぐらいだ。『こんな奴、敵にもならない』と。

 しかし、このままでは仕事がやりにくくて仕方がない。一応、かつての友人としてひとこと忠告してやろうかと思いつく。社会人の先輩としてアドバイスしてやる事はアイツの為にもなるだろう。

 ところが、これが余計な事だった。せっかく『過去の事は水に流して、仲良くやった方が良い』と忠告してやっている僕に向かって、生意気にもアイツはこう言いやがったんだ。


「お前って、そんな奴だったんだ。高校の頃、いじめっこを見下してグダグダ言ってた事は全部嘘だったんだ」


 ……なんだと?


 僕の中で何かが切れるのが分った。


 確かにあんな事があるまで、僕はいじめをやるような奴を軽蔑していたさ。そういう自分を誇りにも思っていたね。でも、それが今更なんだって言うんだ?


 僕は河井に言い返した。


「ま、人は変わるもんですからね」


 すると、河井はこう言った。


「変わったんじゃなくて、それが本性だったんだよ。残念だったね」


 その言葉で、僕の怒りは頂点に達した。


 ……本性だと? 俺が松浦なんかと同じって言うのかよ。冗談じゃねえよ。この引きこもりが。



 けど、表面上は平気なふりをして、奴に対しありったけの侮蔑の言葉を投げ返す。


「じゃあ、河井君が仕事でまったく使えない奴なのも、誰かの『せい』じゃなくて、本性だったってことだね」


 僕の言葉に河井は黙りこくってしまう。

 ざまあみろと、僕は思う。そして、そのタイミングで席を立った。これ以上そこにいれば、感情が爆発してしまいそうだったからだ。


 しかし、アパートに帰っても、河井の言葉が耳について離れなかった。アイツの言葉は、意外な程ダメージになったらしい。僕は、無理矢理布団に潜り眠る事にした。しかし、夢の中にまで河井が登場し、こう言う。


「そうだよ。お前は生まれながらの卑怯者だよ。いじめていた奴を軽蔑していたのは、みじめな自分を認めたくなかったからだ。軽蔑してたんじゃなく、軽蔑するふりをしていただけだよ。でも、分っただろう? お前も他の奴と変わりない、卑怯で汚い人間なんだよ。そんなお前が弁護士だ? 教師だ? 笑わせんな」


「違う……」

 叫びながら目がさめる。

 夢だと気付き、呆然とする。

 無意識のうちに涙が流れ出す。

 僕は思う。

 なんで、こんなところで河井と会わなくちゃいけないんだ? せっかく松浦と手を切れたのに……。僕は一生ババのカードに取り付かれて生きていかなきゃいけないのか?

 ひとしきり泣き終えると、僕は決心した。

 もういやだ。この苦しみから逃れるために、河井を目の前から消してしまおうと。






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