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神様の不良品  作者: 橘 明
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リアルババぬき 4



 こうして、ババはあいつの手に渡った。

 あいつとは河井だ。何をとち狂ってか僕の事をかばったお人好しの馬鹿だ。

 僕をかばった事で、イジメのターゲットは奴にうつり、いままで僕をいじめていた連中がいきなり僕の友達に変わった。その中には松浦もいた。驚きだよ。松浦が僕に優しくするなんて。

 しばらくすると、河井は学校に来なくなった。どうやら、今流行りの不登校になったらしい。

 それを聞いても、その時の僕には同情も罪悪感もなかった。

 ただ、家に帰り布団の中で凱歌をあげた。


 ざまーみろ、河井。ざまーみろ、松浦。

 僕は、勝った。勝ったんだ!


 と。

 





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 しかし、原口さんの説得にも関わらず稲本は会社に来なかった。

 それでも、万が一稲本が来る事を考えて1週間後予定通りにグループ替えが行われた。

 フロアのレイアウトも多少変更され、各班と班の間に簡単な仕切りができ、おかげで自班の人間以外とは極力顔を合わせずに済むようになっていた。

 俺と弟はフロアの一番奥のEグループになり、稲本はAグループの所属となった。端と端だ。なるほど、これなら稲本が来ても顔を合わせずに済むだろう。

 そうこうしているうちに、稲本とともにボイコットしていた連中は出てくるようになったが、やはり稲本本人は出て来なくなった。

 弟は稲本の事を気にかけつつも、本音はせいせいしているのか、日に日に元気になっていくのが分かる。以前には出なかった冗談も出るようになり、入社以来はじめての穏やかな日々がやってきた。

 ストレスが無くなったのに加えて仕事にも自信がついたことで、心にも余裕が出てきたようだ。気のせいか顔だちが穏やかになってきた気がする。何より変わったのは皮肉っぽい笑みを浮かべる事が無くなった事だ。そんな弟の変化を俺は驚嘆の思いで見つめた。一人の人間が、わずか数日間でこれ程までに変わる事ができるものかと。

 そして俺の中にも変化が起きた。

 しばらくどうやっても描く事ができなかった絵を、心から描きたいと思うようになったのだ。今ならば何かが描けると思ったわけじゃない。ただ、やみくもに描きたくなったのだ。こういう感覚は久しぶりだった。

 それで、ある夜、スケッチブックを開き筆をとってみた。そして、筆を走らせる。モチーフは、ここ数日間に起きた弟の変化だった。どう描こうか迷う必要はなかった。イメージは非常に自然に俺の心の中に生まれ、筆先を通じて紙の上にほとばしり出てきた。

 始めに一年前の貧乏神のごとき弟の姿が現れる。その中に、働き始めの頃の弟の姿が現れる。そして、前田と揉めていた頃の弟、大地とであった頃の弟、こうしてマトリョーシカ状に幾重にも重なった弟のまん中で、幼い頃の弟がニコニコと笑っていた。


 それから数日後の朝礼で、稲本が辞めたという話を聞いた。

 表向きは病気のせいというとになっていたが、もちろん真実は違う。


 ああ、やっぱり無理だったか……


 と俺は思った。

 複雑な気分だ。弟の事を考えればホッとした気もするが、一人の人間を踏み台にしたようで後味が悪い。それは、弟にとっても同様だったようで、兄弟揃ってその日一日冴えない顔をしていた。


「正直いって、辞めて欲しくなかった気もする」

 帰り道で弟がぽつりともらした。

「きちんと、全面対決したかった」

「それ、本心かよ?」

 俺は言い返した。すると、弟はうっすらとした笑みを浮かべて首を振った。

「分からない。あいつが辞めたと知ったから、言える言葉かもしれない。究極の本音は、ホッとしてる」

「だったら、それでいいじゃないか」

「でも、なんか色々と責任を感じちゃって」

「お前が気にしたって仕方ないだろう」

「でも、どう考えたって俺が原因で辞めたと思うし」

「そりゃ、まったく関係ない事はないと思うけど、原口さんはあいつに選択肢を与えただろう? その選択肢は2つだ。かつての罪と向かい合って償うか、それとも罪の重さに負けて逃げるかだ。そして、あいつは逃げる事を選んだ。選んだのはアイツだ。お前が選ばせたわけじゃない。良心の呵責を感じる事はないよ」

「そうは言ってもさ」

「……とにかく、今のお前が考えるべき事は、この先自分がどう生きていくかだけだよ」

「そう割り切れるかな」

「割り切るしかないよ。自分の事もままならないのに、他人の事なんかどうこうできないだろう?」

「なるほどね……」

 俺の言葉に、弟はしばらく考え込む風をしていたが、やがてこう言った。

「しかし、人生って分からないもんだな。俺と稲本のことがこんな風に決着するなんてさ」

「そうさ。人生、一瞬先には何が待っているか分からない。もしかしたら、とんでもない幸福が待ってるかもしれない」

「稲本にも希望はあるのかな?」

「あいつの事はもう考えるなよ。お前は勝ったんだから」

「……勝ち負けの問題なのかな?」





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 リアルババ抜き 5



 そうだ。僕は勝った。

 僕をいじめ続けた松浦にも、同情するふりして僕を見下していた河井にも。そして、いまわしいババのカードにも、何もかもに勝った。


 とはいえ、河井がクラスから消えれば、またババは僕の手に戻ってくるはずだった。以前の僕なら、それを受け止められたかもしれない。しかし、その時の僕は、既に以前より賢くなっていた。1度ババを持たない幸福を味わった今、2度と昔のようなみじめな生活には戻りたくないと思うようになっていた。


 昔の僕はババを恐れなかった。

 しかし、今の僕はババが恐ろしくて仕方がない。


 だから、僕は生き方を180度変える事に決めた。それまで軽蔑していた奴らに徹底的に同調し、奴らの世渡りを徹底的に学んだ。あんなに嫌がっていた弱い者イジメにも積極的に参加した。そして、強い奴にこびを売り、ついていけない者は切り捨てた。松浦は、そんな僕に興味を失ってか、新しいターゲットを見つけ、いたぶる事に熱中していた。

 あいつの、わざとらしい、悲愴な、雄叫びみたいな笑い声を聞くたびに反吐が出そうな気がしたが、それさえ我慢すれば悪くない生活だった。

 その頃には、僕は勉強するのをやめてしまっていた。勉強なんてすればするだけ嫌われるだけだということに気付いたからだ。

 こうして、子供の頃からの夢がどんどん遠ざかっていった。僕の夢は弁護士になり世の中の不正と戦う事だった。もしくは教師になっていじめられている子供を助ける事だった。


 まあ、しかし悲観する事はない。

 今は、弁護士になるためのハードルも下がっているし、裁判員制度も始まるし。それに、教師になんかなったところで、くだらないしがらみや、モンスターペアレンツとかいうのに縛られて、どうせ好きなようにはできないだろう。

 だったら、自分の事だけ考えて適当に生きて行けばいいじゃないか。


 それが何より今の僕にはふさわしい。



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