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神様の不良品  作者: 橘 明
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 リアルババ抜き 2



 ところが、僕が不運だったのは、高校受験に失敗した事だ。

 学力がなかったわけじゃない。

 受験の前日に、裸でトイレに隠れていなくてはいけなかったせいで、風邪をひき、調子が出なかっただけだ。

 それで、県下一の進学校に行くはずが、2流の公立高にいくはめになった。


 自分の不幸を呪った僕だったが、そこで思いもよらない人生の転機を迎えることになった。


 それは、アイツとの出会いだ。





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 少しばかりの光が見えた矢先に、この稲本達のボイコットはかなり痛かった。なにしろ、3人もの人員が何日も休み続けたのだ。またもや残業の日々を過ごさなくてはならなくなる。

 見兼ねた原口さんが稲本に電話をすると、

「どうしても体調不良で出勤できない」

 との事。

「無理でも出てもらわないと困る」

 原口さんが言うと、

「河井さんがいれば、僕らの穴ぐらい埋められるでしょう」

 と答えたらしい。やっぱり完璧に嫌がらせだ。


「前に、俺達が前田にやったのと同じ事だよ」

 自嘲気味に弟が言う。

「やっぱり、やった事が返ってきた」

 確かに、恐ろしいほど正確にカルマの法則が働いていると思う。しかし、俺的にはそんな抹香臭い法則よりも、


『やっぱり、何もかも無駄なんだ』


 と、いつ弟が仕事を投げ出すかの方が怖くて仕方がない。

 期待しては裏切られの繰り返しには、そろそろ俺もうんざりしているところだ。残業疲れで体力も落ち、精神的ストレスのために飯も咽を通らなくなる。そんなこんなで、胃も極限まで縮んだんじゃないかというある日、突然原口さんから「定時後会議室に来るように」との呼び出しをくらった。


 どうせ、稲本の事だろうと思いつつ、終業後の陰気くさい廊下を歩いていく。会議室の扉を開けると、案の定弟がいて、原口さんと向かい合いに座っていて、2人の間には凄まじいばかりの重苦しいムードが漂っている。俺は、痛む胃を抑えながら弟の隣に座った。

「実は、稲本の事で話があるんだが」

 開口一番、原口さんが言う。ほ〜ら来たぞと思いつつ

「稲本君の事ですか?」

 と、俺は小さな声で問い返す。

「ああ。実は、今日、稲本から申し入れがあったんだ」

「稲本君から? 一体何ってですか?」

「うーん……」

 唸ったきり、原口さんは黙り込んでしまった。相当言いづらい事のようだ。

「気をつかわなくて良いですよ。一体、稲本君が何って言ってるんですか?」

「うん。ショックを受けずに聞いて欲しいんだが……河井兄弟を辞めさせてくれと」

「はあ?」

 驚いて二の句が告げない。そりゃ、こっちだって、万が一にも良い事は言われまいとは思っていたが、まさか辞めさせてくれとまで言ってくるとは思わなかった。というか、原口さんの神経も疑う。普通、こんな事はもっとオブラードに包んで言うもんじゃないのか?

「でも、どうしてですか? どうして俺と弟が稲本君にそこまで嫌われなくちゃいけないんですか?」

「ああ。どうも、稲本は、この間お前らがあいつの過去をぶちまけた件で怒っているらしい」

「え? ああ。高校時代に彼がいじめられていた話をした事ですか?」

「そうだよ。あいつにとっては、知られたくない事だったんじゃないかな?」

「それは、そうかもしれないけど……」

 そういうと、俺は弟を見た。弟は終始沈黙を守っている。

「あれは、弟がみんなに真実を知ってもらいたくてやった事なんです。それも、元はといえば稲本君が弟の辛い過去をみんなにバラしたからです。その件で弟だってひどく傷付きました。つまりお互い様ってことで……」

「別に辛くないし、傷付いてもねーよ」

 始めて弟が口を開いた。

「そういう理由で、やった事じゃねーよ。ずっと前に、俺が稲本を避けていた事があって、それでみんなに変な風に思われちゃっただろ? その誤解を解きたかっただけだよ!」

「なるほど。気持ちは分った」

 原口さんがうなずいた。

「しかし、あの時、お前ら中途半端で話をやめただろう? そのせいで、フロア内に色んな憶測が飛び交ったらしいんだよ」

 中途半端に話をやめたのは、原口さん、あんたが話に割り込んできたからだろ……と、のど元まで出かかった言葉を飲み込み、俺は尋ねた。

「どんな憶測です?」

「お前らの耳には入ってないのか?」

「知りません。正、お前は知ってるか?」

「いや。俺、今はほとんどフロアの連中とは付き合いが切れてるし」

「そうか……」

 原口さんはため息をつく。

「実はな、その憶測の中で、稲本は自分が『悪者にされている』って言うんだ」

「悪者にされているですって?」

 俺は、驚きのあまり声を上げる。

「と、本人は言っているが? 違うのか?」

 原口さんが訝しげな顔をする。それで、俺ははっきり言ってやった。

「俺らにとっては、ぶっちゃけ悪者なんですけど……」

「は?」

「俺と弟にとっては、正真正銘の悪者だと言っているんです」

 俺の言葉に、原口さんは鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をした。

「そうなのか?」

「そうだよ。なあ、正」

 俺は弟に同意を求めた。しかし、弟はそれには答えず、

「そんな事より、原口さんはどう思うの? 俺と兄貴を辞めさそうと思ってるの?」

 と、原口さんに尋ねた。すると、原口さんは大きくかぶりを振った。

「いいや。まさか。そのつもりなら、わざわざこんなところに呼び出したりしないよ。俺がお前達をここに呼び出したのは、あの話の続きを聞きたいからだ」

「あの話?」

「お前と稲本の学生時代の話だよ」

「聞いてどうすんだよ?」

「こんどこそ、公平にジャッジしたい」

「いいだろう」

 弟はうなずいた。

「全部話すよ」



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