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神様の不良品  作者: 橘 明
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 突然名指しされて、稲本は驚いているようだ。いや。稲本だけじゃない。周りの人間全てが驚いている、俺も驚いていた。いきなり何を言い出すんだ、アイツはと。しかし、そんな周りの空気などお構いなしに弟は再び口を開いた。


「答えろよ。稲本。これは、お前の考えたいやがらせだろう?」


 稲本は視線を泳がせる。その態度からして図星なのかもしれない。しかし、このやり方はまずい。何の証拠もない相手をいきなり犯人扱いするなんて、戦法としちゃ下の下である。案の定、周りの人間から罵声が飛んだ。


「おい。河井。稲本がかわいそうだろう?」


「証拠もないのに、犯人よばわりか?」


「証拠? 証拠は確かにないけど……」


 弟は口ごもる。ほーら、見た事じゃない。だがしかし、兄貴としてはこれ以上黙って見ていられない。それでとうとう口を開いた。


「なんでだよ、正。どうして証拠もないのに稲本クンを疑うんだよ? 理由があるなら言ってみろよ」


 弟がふいをつかれたようにこちらを見る。俺は視線で促した。『言いたい事あるなら、言えよ』と。こうなったら、ヤケクソだ。好きにすればいい。何が起きたって一連託生だ。俺の気持ちが通じてか、弟は軽くうなずきこう言った。、


「理由は、これが、高2の頃に稲本が毎日受けていた嫌がらせと、そっくり同じやり方だからだ」


 かなり離れた位置にいる俺にいるために、弟は声を張り上げなくてはいけなかった。そのせいで、奴の声はまだ、作業がはじまる前の構内に高らかに響き渡った。


「こいつは、高校のころ、机の上に荷物を置かれたり、椅子を隠されたりっていう嫌がらせを毎日のように受けていたんだよ。俺、今朝、ここに置いてあった荷物を見て、昨日の事みたいに思い出した」


 弟の言葉に、フロア内がざわっとなる。渡辺が『え?』って顔で稲本を見た。こいつは、いつも稲本と仲良くしているが、きっと何一つ知らなかったんだろう。俺も弟の言葉に驚いていた。同時に、弟がこんな無謀な手段を用いてでもやりたかった事が何かを理解した。

 あいつは、みんなに真実を知って欲しいんだ。なぜ、自分がひきこもったのか。そして、どうして、稲本とぎくしゃくしていたのかを。きっと、それは『自分が悪くないって事を伝えていけ』という田辺由紀恵の言葉に従ってのことだろう。

 やり方としては決して上等とは言えない。しかし、弟がわずかでも前に進もうとするのなら、兄としては後押ししてやりたいと思う。それで、俺は声を励ましてこう言った。


「なるほどな。それで、お前はその時、どうしていたんだ? 黙って見てたのか?」


 すると、弟は答えた。


「はじめは怖くて黙っていた。けど、最後にとうとう我慢できなくなって、俺が稲本をかばった」


「そうか。それで、その後一体お前の身に何が起きたんだ?」


「それは……」


 弟はそこで、言葉を止めて稲本を真直ぐに見て、


「それは、稲本クンが一番よく知っているはずだ」


 と言った。


 しばしの沈黙が流れる。弟は稲本の答えを待つかのように、元親友の顔を見つめ続けた。


 一体どんな言葉を待っていたのか?



 謝罪か? それとも告白か。



 しかし、弟に与えられたのはそのどちらでもなかった。


「おい、河井」



 それまで、沈黙を守り、ひたすらこのやり取りを見守っていたグループ長の原口さんが、おもむろに口を開き、


「稲本にあたるのはよせ。そこに荷物を置いたのは、稲本と決まったわけじゃないし」


 弟が心外そうに原口さんを見る。


「じゃあ。誰なんですか?」

「誰ってわけじゃないよ。あんまりお前が長い事休むから、もう来ないと思って、みんなが自然と物置きにしはじめただけだよ」

「そんなの、嘘だ」

「嘘じゃないよ」

「だって、昨日は、ちゃんと出勤したけど、何も置いていなかった。なのに、何で今日に限って置いてあるんですか?」

 その疑問には原口さんではない別のグループ員が答えた。

「昨日は、たまたま置いてなかっただけだ。それに、昨日河井が来たからといって、今日も来るとは限らないじゃないか」

 その言葉に反応し、誰かがクスクス笑う。それで、弟がカッとなった。

「絶対に嘘だ! あきらかに嫌がらせ目的だ」


 すると、また、誰かの野次が飛ぶ。


「いい加減にしろよ河井。仲間を悪く言う前に、自分がいままでどれだけみんなに迷惑かけたか自覚しろよ。社会人としてありえないぞ」


「……」


 それを言われると、弟は黙るしかない。そんな弟を哀れに思ってか、原口さんは弟の肩を軽く叩いてこう言った。


「とりあえず、あの荷物、となりの備品室に片付けて来い」


「一人でですか?」


「一人で十分だろ?」


「俺が置いたんじゃないのに?」


「仕方ないだろ。こんな事に人数割いてたら、作業が滞っちまう。そのかわり、二度とお前の作業台に物は置かせないから」


「……分かりました」


 しぶしぶ、弟はうなずいた。原口さんの言葉なら信用できると思ったんだろう。それで、作業台の上の段ボールやらカゴに手を伸ばしたその時だ。その時になって、いきなり稲本が叫んだ。


「知らない……僕は何も知らないからな!」


 フロア内の全ての人間があぜんとして稲本を見る。稲本は青ざめた顔をしてワナワナと体を震わせていた。弟の顔に、哀れみとも失望とも言えぬ表情が浮かぶ。

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