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神様の不良品  作者: 橘 明
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08


「ちょっと待ってて」

 森崎を残して二階の奴の部屋に向かう。が、奴の部屋に着くより先に奴を発見し心臓が止まりそうになる。弟は薄汚れたパジャマを着て洗面所で呆然と立ち尽くしていた。正面にみーさんがいる。どうやら、便所に行こうとして、ばったりあってしまったってとこだろう。一方のみーさんも驚いている。俺は慌てて二人に駆け寄り、半ば強引に弟の紹介をした。

「あ、みーさん。驚いた? こいつは弟の正。見ての通り怪我してるから、家で休ませている」

 俺は弟が引きこもっている事を隠した。なぜって、こいつだって初対面の相手に引きこもってるなんて事知られたくないだろう。俺は奴の面子を守ってやったのだ。具合のいい事に奴は頭に包帯を巻いていたのでみーさんは俺の嘘をあっさりと信じた。それで安心して、今度は弟にみーさんを紹介する。

「この人は相沢美咲さん。俺の会社の先輩だよ。とても世話になってる」

 弟はやる気のない顔で俺の話を聞いていたが、唐突にみーさんを指差し、

「その傷何?」

 と尋ねた。彼女の眼の下の大きな傷が気になったらしい。しかし初対面の相手にいきなり指をさしそんな事聞く奴があるだろうか? その上奴はこう言った。

「ぼろ人形みたいだね、あんた」

「おい!」

「なんだよ」

「もう、いいよ。さっさと上に行け!」

 俺は弟を叱りつけた。

「なんだよ」

「人を指さすなよ。失礼だろ?」

「何で? 別にいいじゃん。何が悪いの?」

 あきれ返る。こいつは心の底から悪いと思っていないらしい。いや、思ってない振りをしているだけか? いずれにしろ、これ以上ここに居て失礼な事を言われてはかなわない。

「もう、いいよ。さっさと上に行けよ!」

「小便させろ」

「じゃあ、さっさとして部屋に戻れ」

 俺は弟をトイレに押し込むと、みーさんを連れて居間に戻った。俺らの姿を見ると森崎はソファから腰を浮かせ心配げに言った。

「大丈夫だった? なんか怒鳴り声が聞こえたけど」

「うん。大丈夫。優ちゃんの弟さんに挨拶しただけよ」

 みーさんは笑って答えた。弟のぶしつけな言葉は、幸いと言っていいのかどうか、耳の悪いみーさんに聞こえなかったみたいだ。奴はぼそぼそとしか喋れないからな。

「弟さん?」

「うん。優ちゃんに似て可愛いよ。でも、鬚が伸びてたね」

「可愛くないですよ、あんな奴」

「怪我してたの。可哀想」

「少しも可哀想じゃないですって」

「怪我してるんだ」

 森崎が心配そうな顔する。

「してたよ。頭にぐるぐる包帯巻いてた」

「バッティング練習してて、頭をぶつけたんです。馬鹿でしょう?」

 嘘である。バットを振り回してたのは事実だが。

「大丈夫なの? 頭なんて…」

「優ちゃん、大変ね。お父さんと、お母さんと、弟さんまで怪我しちゃうなんて」

「ねえ、河井君。やっぱり何か手伝わせてよ」

「でも…」

「そうだ、優ちゃん。あたしと紀美ちゃんとで夕御飯作りに来てあげようか?」

「二人で?」

「みーちゃんと二人だったら手伝わせてくれる?」

「手伝わせてくれるなんて…。じゃあ手伝って下さい。お願いします」

 俺はソファから降りて、みーさんと森崎に土下座した。本音を言うと助かる。ただ一つのひっかかりは正だが…大丈夫。奴は部屋にこもって出て来やしないさ。


 二人が帰った後、俺は夕飯を運びついでに正に声をかけた。

「明日から、友達が夕飯を作ってくれる事に決まった。工場が終わった後の夕方、5時過ぎから来てもらう。くれぐれも失礼な事をするな。二人とも仕事をして疲れているのにわざわざ夕飯を作って下さるというのだ。尊敬しろ。感謝しろ。それと、お前は怪我で療養中につき飯は2階に運ぶという事になってるから、別に降りて来なくていい。いつも通り生活しろ」

 言うだけ言うとさっさと夕飯を置いて立ち去ろうとした。と、ドア越しにぼそぼそと声がする。

「あの美人も来るのか?」

 驚いて立ち止まる。

「来るさ。それより、お前見てたのか?」

「見えたんだ。お前の彼女だろ?」

「違う。けど、おかしな事すんなよ。何かしたら容赦なく殺すからな。本気だぞ」

「もう一人の人は?」

「みーさんも来てくれる。お前。さっきみたいな事2度と聞くんじゃないぞ」

「あいつ、変だよ」

「変じゃねえよ。あの人は障害を抱えても自活している立派な人だ。五体満足なのに働きもしないお前の方がよっぽど変だろ」

「皮膚が普通じゃないじゃん。なんであんな風なの?」

「あれはケロイドだろ? あんな風になるには余程の事があったんだ。人の心の傷をえぐるのはよせよ」

「でもなんか笑ねえ?」

「お前……」

 弟の常軌を逸した言葉に腹立ちよりもだんだん悲しみが込み上げて来た。お前、どうしてそんな奴になっちまったんだ? そんな奴じゃなかっただろ?

 

 

 次の日、遅めに病院から戻る。おふくろのリハビリに付き合っていたら遅くなってしまった。今日から森崎とみーさんが来てくれる事になっている。玄関の鍵閉めて来たし早く帰らねえと。

 俺は慌てて車を走らせ家に戻った。6時を過ぎてしまった。もう、2人とも帰ったかもしれない。ところが、家に着くと玄関の鍵が開いていた。台所でみーさんが野菜を刻んでいる。

「よく、入れましたね?」

 大きな声で言うと、みーさんが振り返った。

「お帰り。ごくろうさま」

「玄関の鍵、開いてました?」

「正ちゃんが開けてくれたの」

「え? 正が」

 嘘だろ? しかし嘘でない証拠にみーさんがここにいる。

 一体、どういう事だ? みーさんが身障者だから? それにしては夕べの発言はなんだ? あれは見せかけで実は奴にも弱者への思いやりが残っていたという事か? それで、7年も引きこもった部屋から自発的に出て来た? 「弱者への思いやり」をきっかけに? いや、違う。はっきりとした根拠はないが、『思いやりで』とかそういうレベルの話でないのは確かだ。そんなぐらいで、奴が救われるなら始めから部屋に閉じこもったりしないだろうと思う。じゃあ、何だ? 興味本位か?

「悪いけど、これ、テーブルに持っていってくれない?」

 みーさんが、器に盛った煮物を差し出す。

「あ、分かった」

 とそれを受け取り「森崎は?」と聞く。姿が見えないようだけど。

「2人で来てもしょうがないから、一日交代にしたの。紀美ちゃんじゃなくてごめんね」

「そういう意味じゃないですよ」

「優ちゃん、紀美ちゃんの事好きなんでしょ?」

「また。そういうんじゃないって、言ったじゃないですか」

「別に恥ずかしくないでしょ?」

「恥ずかしいとか、恥ずかしくないとかじゃないですって」

「早く、結婚しないと」

 みーさんは、結構しつこかった。ぐだぐだと色々語るのもめんどくさくなって来たので話をそらす。

「正、なんか言いました?」

「何って?」

「正、何か話しましたか?」

 多分、なにも話しゃしないだろうがな、あいつは……。

「うん、話したよ」

「え?」

「どうして、そんな変な皮膚なのって聞いて来た」

 あいつ…!

「だから火事でこうなったのって教えてあげた。その後、顔の傷の事も聞いて来たから、それは聞かないでって答えた」

「すいません。あいつ、ちょっと頭が変なんです」

「いいよぉー、別に。その後色々手伝ってくれたし。優ちゃんが帰って来るまでここにいたよ」

「嘘だ」

「嘘じゃないよ。本当だよ。正ちゃんて優しいね」

「嘘だ」

 ありえない。

 俺のくどい否定をみーさんは笑い、枯れ枝みたいな手で野菜を刻んだ。


 


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