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神様の不良品  作者: 橘 明
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 こうして文化祭は終わり、最終日の閉会後、ささやかな打ち上げをした。


 出された菓子や料理を食いながら、丸山さんと話していると、田辺由紀恵がやって来てビールを注いでくれる。


「おつかれ」

「おつかれさまです」

「今日は、ありがとうね。助かった」

「こっちこそ。貴重な体験ができて楽しかったです」

「長谷川君とは会えた?」

「ええ。おかげさまで」


 とかなんとか話していると、弟とかなえが焼そばのパックを持って現れた。


「焼そばいかースか?」

「売れ残った分ですけど」


 俺は、昨日食ったあの味を思い出し、丁重にお断りする。すると、かなえが心外そうに言った。

「食べて下さいよ。これ、弟さんが作ったんですよ」

「え?」

 俺は驚いた。

「弟が?」

「そうです」

「うそだろ?」

「本当です。なんで疑うんですか?」

「だって……昨日の昼は君が作ってたよね。いつの間に弟が調理担当になったんだ?」

「今日の休憩時間過ぎからだよ」

 弟がふて腐れたように答える。

 休憩後? 休憩後といえば大地のダンスを見た後か。

「……どういう心境の変化だよ?」

 あれだけやる気なさげだったくせに……。

 まさか、大地の頑張りに感化されたとか? 信じられないが、ありえない話じゃない。でもそれぐらいのことで? まさか。

 色々考えてると、田辺由紀恵が手をのばした。

「一個ちょうだい!」

「毎度!」

 かなえが元気良くパックを渡す。

「ほら、お兄さんも」

 そう言って、かなえが強引にパックを差し出してくる。それで、やむを終えず俺も一つもらうことにした。味には期待してなかったのだが、食ってみると意外にうまい。

「これ、本当にお前が作ったの?」

 大げさに驚くと、かなえがうなずいた。

「ハイ。おいしいでしょう? こんなことなら、はじめから河井さんに頼めばよかったって、みーちゃんと言ってたくらいです」

「うん。確かにうまい。けど、本当に意外すぎる。お前、どこでこんなアビリティ身につけたの?」

 からかうと、田辺由紀恵に叱られた。

「黙って食べてあげなよ。お兄ちゃん、ちょっとくどいよ」

「くどいかな? そうかな?」

 言われて少し反省する。そこに、みーさんが割り込んで来た。

「ユキ! お疲れ! 何? 逆ハーレム状態?」

 みーさんは、顔が真っ赤だ。ひどく酔ってるらしい。

「そんなんじゃないよ」

 弟が眉をしかめる。しかし、みーさんは聞いちゃいない。

「だめよ。2人とも。こう見えてもユキは怖い女なのよ」

「だから。そんなんじゃ、ないですってば」

 今度は俺が否定する。

 聞こえてるのか、聞こえてないのか、みーさんは脈絡もなく話題を変えた。

「ところで、正ちゃん。会社、どうするの?」

「え?」

 いきなり話をふられて弟が面喰らった。

「まだ、迷ってるとこだけど」

「ちゃんと、出てきなよ。悔しいじゃん。あんなイジメっ子のために辞めるなんてさ」

「イジメッ子?」

 由紀恵が訝しげな顔をする。

「そうなのよ。聞いてよ。ユキ。正ちゃんはかわいそうなのよ。学生時代にいじめられてる友達かばったら、今度はかわりに自分がいじめられるハメになっちゃったんだって」

「みーさん。声でかいよ!」

 弟が迷惑そうな顔をする。確かにこんなとこでぶっちゃける話じゃないだろう。しかし、酔ってるみーさんはお構いなし。

「みんなに言ってやりゃいいのよ。悪いのは、こいつ。はじめに裏切ったのもこいつって」

「よせっていうのに、もう」

 弟は困り果てている。

 見兼ねたかなえが、みーさんを抱え上げて言った。

「みーちゃん。飲み過ぎよ。少し、外に行こう」

 そうして、かなえがみーさんを連れて行ってしまうと、由紀恵がため息をついた。

「まったく……弱いくせに飲みたがるから……ごめんね。弟君」

「いいです。慣れてるから」

 どうやら、弟は何度かみーさんと飲みに行ってるらしい。しかも、かなり深い事情まで打ち明けてるとみえる。

「なんか、弟君、会社で大変みたいね」

「まあね。でも、何とかしますよ。自分の問題だし」

「そう」

「ていうかさ……」

 弟は一瞬ためらった後に言った。

「センセイ。こうなったら、もう打ち明けちゃうけどさ。実は俺、今、当社拒否中でさ」

「え?」

「っていうか、もっとぶっちゃけると、俺、ずっと引きこもりだったんだ」

 今度は俺が驚く番だ。会社の連中にもひた隠しにしていた事を、まさかこんなにあっさり打ち明けるなんて……。

「原因はさっきみーさんの言ってたイジメでさ。8年も引きこもってたんだ。で、やっと、今年になって働きだしたんだけど、その仕事先にイジメのきっかけ作った張本人が来ちゃってさ。それで、また引きこもりに逆戻りってわけ」

「なるほどね。そういう事か……」

 由紀恵がうなずく。

「で、会社辞めようか、続けようか迷ってるわけね?」

「そうだよ」

「弟君は辞めたいわけだ」

「今日の午後まではそうだった。でもさ……」

「何?」

「大地を見てたら、本当にそれでいいのかなって思えて来て……」

「大地君を?」

「そう。あいつは、あんな体でも、必死で頑張ってるのに、俺、今まで恥も外聞も捨ててなんか頑張った事あったかなって。あいつの苦しみに比べれば、俺の悩みなんて、ちっぽけで、くだらないんじゃないかって」

「弟君が、大地の生き様見て良い様に感化されたなら、それで良いと思うけどさ。でも、悩みに重大もくだらないもないよ。それに、障害者だから苦しんでて、健常者だから苦しまないって事もないよ」

「けど、どう考えたって、俺らのが恵まれてるだろう?」

「関係ないよ。障害者の人は目に見える部分が不自由なだけ。目に見えない部分では健常者だってなにかしら欠けたとこ持ってるもの」

「例えば?」

「弟君、自分で言ってたじゃない。例えば、心の自由さとか」

「ああ」

「それに、優しさとか、見栄えとか、才能とか、家族の幸福とか、恋人の有無とか、お金持ちかどうかとか……」

「何となく言いたい事は分かったよ」

「人間て何かが満たされれば、何かに飢えてくるし、何かに突出してれば、何かを欠いている。いつでも、何かを求めてる。いつも何かが欠落してて、満足する事がない。そして苦しんでる。完璧な人はいないってだれかが言ってたけど、本当にその通りで……」

「そういう意味じゃ、みんな不良品みたいなもんですよね」

 思わず口を挟む。何だか、産婆沙メタル工場でプレスされる廃棄物の山を思い出したからだ。

「そうかもね」

 由紀恵が同意する。

「みーんな神様の作った不良品」

「不良品かよ。ひでえなそれ」

 弟がつぶやくと、由紀恵が言った。

「ひどくもなんともないわよ。だからこそ、自分の優れた部分で、他人の欠落したところを補うんじゃない。神様はそのために、一人一人に別々の才能を与えられたのよ」

「才能を? そのためにですか?」

「そうよ。お兄ちゃん」

「有名になるためでも、人より優位に立つためでもなくて?」

「そう。地位と名声は、後からついてくるものよ」

「そういうもんですかねえ?」

「そうよ。だから、私はここ『ふれあいの家』に集まる人には、完璧は求めないけど、精一杯は求めるの。自分のできる事で、相手のできない事を補えばいい。そうして、手をつないでいければいいと思う」

「素晴らしい理想だな」

 弟が言う。

「けど今の俺には役に立たないや」

「どうして?」

「それ以前に、前に進むか、後に下がるかも決めかねてる」

「進めばいいじゃん」

「そう、簡単に言うなよ。それが、できないから悩んでるのに」

「だよなあ。あんなに総スカン喰らってちゃな」

 俺も同意する。

「でも、弟君は何一つ悪くないんでしょう?」

「確かにそうだけど」

「じゃあ、まずは、自分は悪くないって事をみんなに伝えていけば?」

 由紀恵の言葉に、俺らは顔を見合わせた。



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