表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様の不良品  作者: 橘 明
77/100

77

「大地君。本当に誰も嘘なんて言ってないよ。……ねえ」

 田辺由紀恵が俺に同意を求める。

「ああ。そうだよ。大地君。俺、本当に良かったっと思ってるよ。……なあ」

 弟に同意を求める。しかし、弟は何も答えなかった。

「なあ」

 再び同意を求めるが、何も答えない。この馬鹿。少しは周りに合わせるということを覚えろよと、少しイラっと来た時、大地が言った。

「いいよ。分かってるんだ。僕が悪いんだよ。無理言ってダンスに出してくれなんて言ったからさ」

 その言葉に、弟が反応する。

「お前、自分からダンスに出たいって言ったの?」

「そうだよ。でも、やっぱり無理だった。みんなに迷惑かけちゃったよ」

「誰も迷惑なんて思ってないよ。それに、本当に上手だったと思ってるよ。嘘なんてついてないよ」

「いいってば。無理しなくて。それに、嘘ってその事じゃないし……」

「じゃあ、何のことだい?」

 尋ねても、大地は黙ってる。

 しばらくして、俺は「あっ」と気付いた。


 ……もしかして、彼の言ってるのは自分の病気の事じゃないのか? ……


 彼の患っている『筋ジストロフィー』という病は、現代の医学では治せない難病だ。今は歩行困難なだけだが、いずれは全身動けなくなる。それが、大地を待つ運命であり、未来である。いずれは、本人に告げなくてはいけない日も来るだろうが、少なくとも今じゃないだろう。わずか10才の子供に知らせるには、あまりにも過酷で残酷な真実だもの。


 だが、いくら周りの大人が隠したところで、これだけ情報のあふれた世の中だ。何かのはずみで知ってしまう可能性は、十分過ぎるほどにある。もしかして、大地は知ってしまったんじゃ……?


 大地の母親も、同じ事を思ったのだろう。こころなし、青ざめて見える。そんな大人達の様子を探るように大地は見ていた。


「あのさ……大地君」


 田辺由紀恵が何か言おうとするのを、弟が遮る。


「でも、俺は大地はえらいと思うから、自信持っていいよ」


 大地は疑り深げな視線を、弟を見た。


「いいよ。なぐさめてくれなくても」

「別に、なぐさめてない」

「うそばっかり。お兄ちゃんだって、本当は僕が可哀相な子だと思ってるだけでしょ?」

「違うね。俺、そんなにいい人じゃないもん。だから、気を使った慰めなんて口が腐っても言えないね。でも、お前の事は心からうらやましく思うよ」

「僕のどこがうらやましいの? まともに歩けもしないのに。お兄ちゃんは変だよ」

「心の自由さだよ」

「心の自由さ?」

「そうだよ。世の中にはまともに歩けたって、近所のコンビニにすら行く事のできない奴がいっぱいいるのさ。そういう奴にくらべれば、お前は100倍も自由で、強いよ」

 俺は驚いて弟を見た。こいつ、自分の事言ってやがると。

「だから、お前は『俺はスゲー奴』って威張ってもいいぞ。モグラみたいな奴に比べれば十分立派だって」

「モグラみたいな奴って誰?」

 大地はまっすぐな瞳を弟に向けて言った。弟は、無言で自分を指さす。

「お兄ちゃんが、モグラ?」

「そうだよ。俺はモグラ」

「お兄ちゃんは人間だろ?」

「モグラみたいに穴の中に隠れてるって事だよ」

「でも、ここにいるじゃん」

「やっと、ここまで出られたんだ。普段は穴の中にいるよ」


 しかし、大地はきょとんとしている。無理もない。子供には少し難しいだろう。


「お兄ちゃんは、穴の中が好きなの?」

「いいや、好きじゃない」

「じゃあ、どうして穴の中にいるの?」

「恐いからだよ」

「何が恐いの?」

「人間さ」

 子供相手に思わぬ告白である。

「人間? 友達とか?」

「まあ、そんなとこかな」

「だったら、僕だってそうだよ」

「え?」

 弟は意外な顔つきをした。

「僕、こんな体になってから、学校でも、町でも色んな人に見られたり、笑われたりして恐かったよ。それだけじゃないよ。夜も恐いんだ。いつか、このまま動けなくなるんじゃないかって。昼でも、ひとりぼっちでいると恐くなる時があるよ」

 その言葉を聞いて大地の母親が泣き出した。そして、大地を抱き締めひたすら謝る。「ごめんね、ごめんね」と。大地は、悲しそうな目でそれを見ている。やはり、何もかも知ってるんじゃないだろうか? この子は? と、思う。


「でも、僕、負けたくないんだ」


 大地は言う。そして、母親をなぐさめた。「お母さん泣かなくてもいいよ」って。


 しばらくして、弟が口を開いた。


「それなら、お前は俺の1000倍も偉いな。逃げ出さずにいる」

「……お兄ちゃんも逃げなければいいだけだよ」

「簡単に言うなよ。俺にはいろいろハードルが高すぎるの」

「ハードル?」

 大地がまた首をかしげた。やっぱり子供には難しいんだろう。と、さっきから黙って2人のやりとりを見ていた田辺由紀恵が口を開いた。

「……あのさあ、弟君」

「なんだよ、センセイ」

「最初から、全部やろうとしなくていいんだよ。やれるだけの事をやれば十分なんだよ」

「なるほどね。でも、それじゃ、周りが納得しないのが現実だろ?」

「人がどう思うがいいんだよ。自分に恥ずかしくなければ」

 その言葉に、一瞬弟が打たれたような顔をする。が、すぐに元の仏頂面に戻り、

「ありがと、センセイ」

 とだけ、言った。

「だからね」

 由紀恵が続ける。

「今日の大地君も、できるだけの事をやったんだから、それで十分なんだよ」

「……そっか」

「納得した?」

「……うん。ちょっとは」

「よし。じゃあ、もう、今日は帰って休みな。疲れたでしょう?」

 そう言うと、大地は母親と共に去って行った。


 その後ろ姿を複雑な思いで俺らは見送る。どんな慰めの言葉でも変えられない、彼の未来に思いを馳せつつ……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ