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神様の不良品  作者: 橘 明
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 あきの ゆうひに

 てるやま もみじ


 白いブラウスに、黒のタイトスカートをはいたおばちゃん達が歌っている。

 何とも絵にならない光景だなと、俺は思う。

 隣では弟が退屈そうにあくびをかみ殺している。同じく退屈そうな家族連れ、走り回る子供。……長谷川ならこんな光景でも、何がしかの感銘を与えるような名画にできるんだろうか? いや、いけない、いけない。まだ、昨日のやりとりに囚われているようだ……。

 今日は『ふれあいの家』文化祭、2日目。今は3時20分。目の前で催されているのは、プログラムNo.22。シルバー合唱団『もみじ』の童謡メドレーだ。

 しかし、俺らがここに居る目的は、もちろんおばちゃん達の合唱などではなく、大地が参加する『ふれあいキッズ』のダンスである。3時30分から開始とのことなので、もうそろそろだろう。


 おばちゃん達の合唱は『赤とんぼ』で締めくくられた。しばらくの暗転の後、女性職員のアナウンスとともに、ぱらぱらと、15名ほどの子供達が舞台上に登場する。メンバーは福祉施設の通所者で、足の不自由そうな子が数名いた。大地はどこかと探すと、一番後ろの列の左端に立っていた。

 やがて、『崖の上のポニョ』が流れ出し、子供達が元気に踊り出す。とはいえ、様々な不自由を抱えた子供の集団だ。それなりに振り付けも配慮されている。足の動く子が前方でたくさん体を動かすパートをやり、大地のような足の不自由な子供は、比較的緩やかな動作を受け持っていた。

 多少のぎこちなさはあるものの、まあまあ上手い。何より、その一生懸命さがいい。しかし、弟にはそうは映らなかったらしい。

「ここの職員は少しおかしいよ」

 と、批判する。

「何が?」

 と尋ねると、

「なんで、歩くのもやっとの大地に、ダンスなんかやらすかな」 

 との答え。

「まあ、本人が楽しそうだからいいんじゃないの?」

「確かに、楽しそうは、楽しそうだけど……」


 本当に大地は楽しそうだった。体の不自由さなど感じさせないぐらい、生き生きしてる。

 ……あれなら、絵になるかもしれない……と、俺は思う。

 が、しかし『なるかもしれない』と思うのと『心の底から絵にしたい』と思うのでは、全然違うよな。じゃあ、俺の世界の中に命を持って存在させれば良いんだろうか? でも、いくら頑張ったって、意図的にそんな事もできるわけがない。大体、その言葉の意味だって、ろくに分かっちゃいないんだ。考えれば、考えるほど袋小路にぶち当り、ついには絶望的なゴールが見えてくる。もしかして、『分からない』というその事自体が答えなんじゃないのか? それが、俺と、長谷川や師匠とを隔てている、越えがたい何かのではないか? と。しかし、何度も沸き上る不吉な思いを、おれは無理矢理ねじ伏せる。いいや、まだ、あきらめるのは早い。いつか、分かるさ。いつか辿り着けるはず……。

 白日夢のような世界に漂いながら、虚ろな目で大地の動きを追う。彼は、こちらの内心の葛藤とはまるで無縁の世界で、楽しげに踊っている。その無邪気さに、わずかながらの羨望をおぼえる。……もし、誰かがいうように幸せが心の状態で決まるというなら、今の俺と大地とどっちが幸せなんだろう?……そんな風に思った時、いきなり、大地の表情が変わった。それで、魂ごとこの場に戻る。


 どうした? と思って見ていると、大地は体のバランスを崩し、足元から倒れて行った。会場が、わずかにざわめく。


 前、2列の子供達は、何も気がつかずに踊りつづけている。最後列の子供だけが異変に気付き、呆然と倒れている大地を見ている。どうしていいのか、分からないのだろう。みんな、おろおろしている。


 大地は、いつまでたっても立ち上がらなかった。ざわめきが広がり、ついに前列の子供達も異変に気付きはじめる。そこに、田辺由紀恵が飛び込んで来た。彼女は子供達に「踊って」と身ぶりで示すと、大地を抱きかかえて舞台ソデに消えて行った。

 大地が居なくなると、子供達は何もなかったように踊りを再開した。

 俺と弟は、顔を見合わせる。そしてどちらからともなく「行こう」と言って舞台裏へと走って行った。



 舞台裏に着くと、車椅子の上で泣いている大地の姿がまっ先に目に入った。その脇で、田辺由紀恵が必死でなぐさめている。

「泣かなくてもいいよ。大地、途中まですごく良かったじゃん」

 しかし、大地は返事もせずに泣いている。俺らが近付いても気付きもしない。しばらくなす術もなくそこにいると、後ろから小さな子供を連れた女性が飛び込んで来て言った。

「大地!」

 その声で、大地がやっと顔を上げる。

「ママ」

「ママ?」

 その言葉に驚き、俺と弟はまじまじと女性を見た。30半ばの小柄な人だ。どことなく大地に似ている。彼女は、車椅子の大地の正面にしゃがみ込むと、

「大丈夫?」

 と聞いた。その途端、また、大地が泣き出す。母親は大地の顔を抱き締め、

「上手だったよ、上手だったよ」

 と、なぐさめた。

「本当に上手だったよ、大地君」

 由紀恵も言った。そして、「ねえ」と俺らに同意を求める。それで、俺もわざと明るく答えた。

「ああ。上手だったよ。本当。最後まで見られなくて残念だったよ」

 弟はいつものごとく黙りこくっている。

「嘘ばっかり」

 大地が言った。

「本当は、そんな事思ってないくせに」

 その言葉に、俺と由紀恵は顔を見合わせる。

「どうしたの? 大地。誰も嘘なんか言ってないでしょう?」

 母親が言うと、大地は首を振った。

「嘘だよ。僕ちゃんと全部知ってるんだから」

 その言葉に、母親も……由紀恵も困惑の表情を浮かべた。

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