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神様の不良品  作者: 橘 明
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「はーい。じゃあ、次は何を書いて欲しいかなー?」

 まん丸顔の丸山さんが笑顔で言う

 すると、子供達が次々に声をあげた。


「ひこうきー」

「うさぎー」

「ピカチュー!」


 大きな子も、小さな子も、車イスの子も、補聴器の子も、みんなキラキラ目を輝かせている。中には話すのがゆっくりな子もいるから、リクエストはじっくりと待ってあげる。

 ひととおり子供達の声がおさまると、

「はーい、他に描いて欲しいもののある子はいないかなー?」

 と丸山さんがみんなを見回す。


「もういいー」

「言ったー」


 子供達は、また口々に叫んだ。


「それじゃ、お兄さんは何を描いてくれますか?」

 丸山さんが、そう言ってこっちを向いた。

 俺は「ちょっと待って」と答えた。どの子のリクエストに答えようか迷ったわけじゃない。実は、さっきから気になって仕方ない事があったからだ。それで、俺は、みんなの輪から離れると、窓際にいる一人の車椅子の男の子のところに近付いてていった。その子は、朝の、開会式の時間からずっとそこにいたにもかかわらず、この『お絵書き教室』が始まっても、手を上げようともしなければ、口を開こうともしないで、ただ、だまってニコニコみんなのやっている事を見ているだけの子だった。もしかして、何かの事情で、リクエストしたくてもできない子なのかもしれない。だったら、こっちから歩み寄らなければいけないと思ったのだ。

 俺は腰をかがめて彼に目線を合わせて聞いてみた。

「君は、何を描いて欲しいのかな?」

 彼はちょっと驚いたようにこちらを見て、すぐに恥ずかしそうに目を伏せてしまう。

「恥ずかしがらなくていいよ。君は何を描いて欲しいの?」

 たずねると、丸山さんが助けてくれた。

「ケイ君。恥ずかしがらずに答えてごらん。ほら、ケイ君は、お兄さんに何を描いてもらいたいかな?」

 その声に安心したのか、ケイ君は、はにかんだまま、でも嬉しそうにこう答えた。

「マ・ル・ヤ・マ・セ・ン・セ・イ」

「えー? 私?」

 丸山さんがびっくりする。

 俺は笑いながら答えた。

「先生人気者だね。じゃあ、丸山先生を描こう」

 そして、元の場所に戻ると、画用紙にさらさらと絵を描く。画用紙の中の丸山さんもニコニコと笑っている。


「はい! できました」


 そう言って、子供達に見せると、子供達は口々に

「すごーい!」

「そっくり!」

 とほめてくれた。

 ケイ君と呼ばれた少年も嬉しそうに笑っている。俺は再び彼のそばにより、画用紙をくるくると丸めて膝の上に置いてあげる。すると、ケイ君は俺を見てにっこりと笑った。そこで、丸山さんがパンパン手を叩いた。

「それじゃあ、これでお兄さんのお絵描き教室はおしまいです。みなさん、拍手してあげて下さいね」

 こうして、1日目、午前中のイベントが終わった。


「疲れたでしょう?」

 椅子の上でぼーっと休んでいると、丸山さんが話しかけてくる。

「2時間も絵を描きっぱなしなんて、大変よね」

「いえ。大丈夫です。けっこう面白いし。でも、まさかボランティアで絵を描く事になるとは思わなかった」

 ちなみに、ここは『ふれあいの家』児童館の工作室だ。そして、今日は文化祭一日目である。

「由紀恵ちゃんがね、絵の描ける人がいるからって、わざわざこの『お絵書き教室』をプログラムに入れたのよ」

「え? それ、いつ?」

「一ヵ月ぐらい前かしら?」

 一ヵ月ぐらい前と言うと、俺達が初めてここに来た頃じゃないか。て、ことは始めから俺らの参加を計算に入れてたって事か? 案外抜け目ないなと、おれは今朝方再開したばかりの、あの大柄な女性の姿を思い浮かべた。

「あ、それより……」

 丸山さんが時計を見る。

「食事に行ってよ。もう、12時だし」

「え? もうそんな時間ですか?」

 時計を見ると確かに12時を回っている。それで、俺は昼飯を食う為に、弟がいるはずのグラウンドに向かった。


 建物の外はけっこうな人でにぎわっている。口コミで広まった地域の人達や、交流のある他の施設からも見に来てる人がいるんだそうだ。人ごみをぬい、グラウンドの東に並ぶ露店へと向かおうとした時、大きな声に呼び止められた。誰かと思えば、俺らをここへ招いた張本人、田辺由紀恵だ。

「もしかして、お昼ごはん食べに行くところ?」

 手を振りながら由紀恵が言う。

「はい。もしかして、由紀恵さんも?」

「うん。どこで食べるの?」

「弟の焼そば屋に行こうと思って」


 そう。弟はなんと、焼そば屋をやっているのだ。なんでも、どこからか(この場合、みーさん以外ありえないが)弟が焼そばづくり名人だとかいうウワサが広まっていたらしい。そんな話は初耳だ。弟ももちろん否定した。が、しかし、既に決まっているものは仕方がない。しぶしぶ、ひきうけたは良いが……。

「ちゃんとできているかどうかが心配で」

「大丈夫でしょう。みーも、かなも一緒だし」

 田辺由紀恵は楽観的だ。しかし、俺的には、安心できない。

「確かに、あの二人が一緒なら心強くはありますけどねえ……」


 それから、俺と田辺由紀恵はなんとなく一緒に歩き始めた。そして、弟達が働いているはずの露店の辺りに辿り着く。しかし、人が多すぎて、どこに弟の店があるのやら分からない。しばらくうろうろした後、

「あ、分かった。あそこ、あそこ!」

 由紀恵が、パンフの会場案内図を見ながら指さした。

「ほら、あの、長い行列のところ」

 見ると、たくさんの店の中、ひときわ長い行列を作っている露店がある。

「え? あそこ?」

 俺は我が目を疑った。

「一番人気じゃないの!」

「嘘だろう?」

 しかし、近付いてみると、確かに焼そば屋と書かれた幟がたっていて、ソースのこげるあの香ばしい匂いが漂っている。

「きっと、すごくおいしいのよ」

「まさか……」

 言いつつ、俺と由紀恵は列の最後尾に並んだ。

 遠目にテントの中を窺うと、弟とかなえの姿が見える。が、みーさんの姿はない。

「みーが居ないね。休憩中かな?」

 由紀恵が首をかしげる。

「みーさん無しで、よく回るもんだ」

 俺はつぶやいたが、果たせるかな、しばらく並んでいるうちに、この行列の本当の理由が分かって来る。弟もかなえもひどくもたついている。それが、混雑の原因だった。


「おい! おつり間違ってる」


 とか、


「3つ頼んだのに、2つしかもらってない」


 とか、


 客の怒鳴る声が何度も何度も聞こえてくる。


 一方、テントの中ではかなえが一人でバタバタしていて、


「河合さん! 早くパックを出して下さい!」


 悲鳴に近い声を上げる。

 すると、弟がのたっと答えた。


「もう、ないよ」

「じゃあ、新しいのを探して下さい」

「どこにあるんだよ?」

「そんなの、自分で探して下さいよ!」

「探せって言われても……無いもんは無いし……」

 弟はうろうろするばかりだ。

「もう、いいです! 会計をやって下さい」

 かなえは完全にキレている。どうやら、弟がかなえの足をひっぱているようだ。

「はあー」

 俺は頭を抱え込んだ。


 ……ここでもお前は役立たずかよ……


 申し訳なさのあまり、由紀恵の顔を見られなくなる。

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