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神様の不良品  作者: 橘 明
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 家に帰ると、さっそく弟の部屋に向かった。

 朝のみーさんの言葉を伝えるためだ。

 しかし、どうせダメだろうとあきらめていた。

 会社に行きたくなくて体調を崩すような半ひきこもりの男に、太陽の下でボランティアをやるなどというだいそれた事ができるわけがない。

 もちろん、兄としては、弟に『行く』と言って欲しかった。少なくとも、このまま部屋に閉じこもっているよりはマシだと思ったからだ。しかし、兄弟とはいえ独立した人間だ。無理強いする事はできない。


 2階に上がると、弟の部屋の扉は半開きになっていて、そこから光が漏れていた。どうやら起きているようだ。

 隙間から中をのぞくと、PCに向かっている弟の後ろ姿が見える。それで、ドアを開け、どかどかと中に入って行った。にもかかわらず、弟はこちらを見ようともせず、一心にキーボードを叩いている。この足音に気付かないとは、よほど集中しているのか。

 背中越しに声をかける。

「おい」

 しかし、弟は気付かない。それで、もう一度、今度は少し大きめな声で呼びかける。

「おい! 調子はもう良いのか?」

 すると、弟が飛び上がってこちらを見た。そして相手が俺だと分かると、安心したような表情を浮かべ

「なんだ、兄貴か」

 と言った。

「そうだよ。何をやっているんだ?」

「見ての通り、入力さ」

 言いつつ、弟は隠すようにブラウザを閉じた。それで、奴が何を見ていたのか、何を入力していたのか、結局分からなかった。

「隠さなくてもいいだろう?」

「別に隠してないよ。某掲示板で、例の、大阪の放火魔のスレを見ていただけだよ」

「大阪の放火魔?」

 ……ああ、そんな事件もあったな。確か大阪の40越えたおっさんが『生きて行くのが嫌になった』とか言って、ビデオ屋に放火して15人もの無関係な人間を焼死させたとか、させないとか。なんともやりきれない事件である。しかし、今、この時点での俺的には弟の言葉に大いにあきれ返った。

「って、お前、会社休んで、そんな下らない事やってるのかよ!」

「だって、あの放火魔イタすぎだし、笑えるし」

「どこが、笑えるよ。無関係の人が何人亡くなったと思ってるんだ? お前、言っていい事と悪い事があるぞ……」

「こんな犯罪起すようになっちゃう奴が一番悪いの!」

「今がどういう世の中か、お前も分かってるだろう? 人ごとじゃないんだぞ。俺らだって、いつこうなるか分からないのに……」

「にしたってさ……犯罪犯すにしても、俺ならもっと、派手な事やらかすけどね。国会議事堂乗っ取るとか」

「下らない妄想してる元気があったら、会社に来いよ!」

「あ、それは無理。俺、部品を見ると目が回るんだよ。目がぐるぐる〜って渦巻きになっちゃうんだよ。昔のマンガみたいにね」

 その不真面目な態度にだんだんイラついてくる。

「おい、茶化すなよ。俺は、真面目に話してるんだぞ」

「別に、ふざけてないんですけど……」

 言いつつ、薄ら笑いを浮かべている。

「はああーー」

 俺はため息を着いた。どこからどう見ても、ふざけてるじゃないか。

「まあ、仕方ないけどな。あんだけイビられりゃ、会社にも行きたくなくなるわな」

 すると、弟はやっと薄ら笑いを収め、そっぽを向いた。

「別にイビられてるなんて、思ってないよ」

「いいよ、無理しなくても。お前は十分頑張ったよ。それは、俺も認めてるから」

「今度はほめ殺しですか?」

「いいから、真面目に聞けよ。俺は、お前の頑張りはちゃんと見てたし、その上でお前はあそこには行かなくても良いと判断した」

「……」

「本音を言えば、あそこで物の役に立つまで待つ方が良いような気もするが、稲本の事を考えればここまでだろう。というか、かえってお前の為にならない気がする。もう、辞めて良いと思うぞ」

「……」

「まだまだ、一人前には程遠いが、あれだけの苦労は無駄じゃないと思う。新しいところにいっても、きっと前よりはマシな感じで頑張れるよ」

「……そうかな」

 弟がつぶやく。その表情からは、先ほどまでのふざけたような雰囲気は消えていた。

「ああ……きっと」

 俺はうなずいた。それは、俺の願いでもある。

「お前の好きな、因果応報の法則に照らし合わせるなら、努力は人を裏切らない」

「……ふふ」

 弟が笑う。しかし、それは、さっきまでの小馬鹿にしたような笑いではなかった。

「そうだったらいいよな」

「きっと、そうだよ」

「けど、兄貴。俺、別にあそこにいるのが辛いわけじゃないんだ。俺自身の事で言えば平気なんだ。不思議なぐらい……」

「強がるなよ」

 俺は弟をいたわった。

「頭では大丈夫と思っていても、心はダメージを受けているんだ。体調が正直に物語ってる」

「……けど、本当にこのまま逃げていいのかな?」

「まあ、最終的には、お前がきめる事だけどな」

「そう、俺次第なんだよな」

「……もしかして、続けたいのか?」

「分からない。今、迷ってるんだ」

「そうか。分かった」

 俺は、弟の言葉の中に真実を認めた。それで、立ち上がると、奴にこう告げた。

「じっくり考えろ。お前の人生だもんな。どちらを選ぶにしろ、俺は全力でサポートするから」

「いいよ。そこまでしてくれなくても」

 弟が言う。

「兄ちゃんは、過保護すぎるよ」


 それから、弟の部屋を出て、飯を食い、風呂に入り……弟に肝心な事を伝え忘れたのに気付いたのは、翌日、食堂でみーさんを見かけた時だった。

 しかし、心配する事はなかった。

 その日、帰宅した俺に、弟の方からこう言って来たからだ。

「実は、みーさんに兄貴と二人でボランティアに来てくれないかと頼まれているんだけど、兄貴も一緒に来てくれないか?」


 弟は弟なりに、出口を探しているのかもしれない。

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