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『悪夢の話』
作/土中喪黒う
夕べ、夢を見た。
昔良く見た夢の続きで、僕はトンネルの中に立っておびえていた。
あたりは薄蒼い闇に閉ざされている。
それは、ぬるっとした闇で、ひどく重たい。
僕は思った。
『おかしいな? なんで、僕は、またここにいるんだろう? こんな所にいるわけないのに』
それから、ぬるぬるした闇をかき分けていくと、いつしかいつも働いている工場の中にいた。
それで、僕は少し安心して、目の前のテレビを壊そうと必死に頑張る。ところが全然壊れない。
ノミや鎚で叩いても、ノコギリでひいてもびくともしない。
何で壊れないかと必死になっていると、いきなりテレビがついて午後のニュースが始まった。
ニュースの中でアナウンサーは言った。
「それだから、お前はダメなんだよ」
僕はびっくりした。
「僕がダメなのは分かっているけど、テレビで放送するのはやめてくれ」
すると、アナウンサーは答えた。
「いや、これは、今日一番のスクープだから無理だ。ついでにお前の兄貴の事もスクープしてやった」
それを聞いて僕は不安になった。
兄貴が一体、何をしたんだろう? 強盗か? 放火か? もしかして麻薬でもやっていたとか。
僕は哀願した。
「僕の事は何を言ってもいいけど、兄貴の犯した罪については内緒にしてくれ」
すると、アナウンサーは言った。
「じゃあ、さっさとテレビを壊せよ。天井まで届いたらアウトだぞ」
そう言って、アナウンサーは消えた。
見ると、天井からテレビがどんどん落ちてくる。落ちてくるテレビと、下のテレビのくぼんだところをうまく組み合わせれば、テレビは解体して壊れる仕組みになっているらしい。
『まるで、テトリスみたいだな』
と思っていると、大黒様みたいな男が現れてゲラゲラ笑いながら言った。
「そうだよ。テトリスだよ」
それで、僕もおかしくもないのにゲラゲラ笑って、
「なんでテトリスだよ、なんでテトリスだよ」
と、芸人みたいな突っ込みを入れた。
そう言っている間にも、オレンジやピンクのやたら派手なテレビがどんどん落ちてくる。
それで、僕は手元のコントローラーのボタンを押した。
しかし、まったくテレビは消えてくれない。
おかしいな、僕は、テトリスなら得意なはずなのに。
理由はすぐに分かった。くぼみが合わさってもテレビは消えてくれないんだ。
「こんなの、インチキじゃないか!」
振り返った僕に、大黒男が言う。
「インチキじゃないさ。お前がへたくそなだけだ」
言われると、そんな気がして来て
僕は必死でボタンを押す。
すると、大黒男がハイテンションで歌い出した。
「ありがとうございます、ありがとうございます
今日もご贔屓ありがとうご 商売繁盛ありがとう
ホンマおおきにありがとう」
それは、妙に陽気な節回しだっし、歌の意味も分からなかったが僕は必死でボタンを押し続けた。
すると、窓の外からも歌声が聞こえて来た。妙に陽気で騒がしくて大人数で歌っているのが分かる。
『百鬼夜行だな』
と、僕は思った。
窓の外は見なかったが、窓の外を、赤鬼や、青鬼や、ろくろ首や、から傘や、七福神のお化けみたいな妖怪達が、行列つくって踊り狂ってる様が見えるような気がしたからだ。
その歌と、笑い声が最高潮に達したところで、僕は目を開けた。
そこは、自分の部屋で、僕は布団の中にいた。
まだ夜中で、あたりは夜のとばりに包まれていた。
『なんだ、夢か』
とホッとしていると、あちこちから、ぴしっとかぱしっとかいう木の割れるような音が聞こえて来た。
『ヤバい!』
僕は思った。それがラップ音である事に気付いたからだ。しかし、気付いたのが悪かった。その瞬間にぞくっとして、息が止まり、金縛りになっていたからだ。同時に世界の色が変わった。深い深海の闇の色が、鮮やかな藍色になった。別世界に来たんだと僕は直感した。その時、僕の目の前に真っ白い人影が出現した。顔のない、形だけの白い影だ。そいつが、僕にのしかかり首を締めた。恐ろしくなって声をあげると、影は消え、息が通り、体も動くようになった。
あまりの恐ろしさに、しばらく布団の中でじっとしていると、
「恐いなら、穴をほるといい」
声がする。
おそるおそる、布団から顔を出すと、そこに先ほどの大黒がいて、にゃにやと笑っていた。
大黒は僕にスコップを差出した。
「これで、ほるといい」
「いらないよ」
僕は首を振った。
「僕は、もぐらはやめたんだ」
「うそつけよ」
大黒が笑う。
「痛がりのくせに」
「もう痛がりじゃないさ」
僕はもう一度首を振った。
「今は体中針に刺されても痛くないよ。それより、穴の中の方が、空気が薄くて好きじゃない」
「けど、お前が地上に居ると、お前の兄貴の悪事が世界中に知れ渡るぜ。兄貴だけじゃない。お前の両親の悪事も知れ渡るんだ。お前の家族全員が世界中から責められるぞ」
その言われると、僕は辛くなってくる。
「どうしよう? また穴をほった方が家族や世界のためなのかな? けど、穴の中は嫌だな。暗いし、せまいし、退屈だし」
その時だ、窓の外から、またあの陽気な歌声が聞こえて来た。
僕は布団から出ると、窓を開けて下を見た。
すると、思った通り、鬼や、妖怪達が陽気に踊り狂っていた。その行列の後には稲本もいて、さらにその後ろには、昔のクラスメート達がいた。
奴らもげらげら笑っている。
消えろ! 消えろ! ヘボいは消えろ!
もぐれ! もぐれ! うもれて消えろ!
その歌声で、僕はヘボいと呼ばれていた昔の事を色々思い出し、恐くなってくる。
それで、手にしたスコップで床をほりはじめた。
ほってほって地中にもぐる。
目の前にうす蒼くてぬめっとした闇がせまってくる。
闇は折り重なりながら、どんどん下へと続いていく。
その闇をかき分け、僕もどんどん下に降りて行った……。