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神様の不良品  作者: 橘 明
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 それからしばらく、弟と稲本の睨みあいが続いた。2人の間に目に見えない火花が散っているように思える。

 しばらくして、2人が落ち着いたところを見計らい、俺は穏やかに稲本に話かけた。


「稲本君。弟の乱暴はよくないと思うけど、君の言い方も良くないと思うよ」

「え?」

 稲本がきょとんとする。

「僕の言い方の、どの辺がおかしいんですか?」

「君には悪いけど、君と弟の高校時代の一件は聞いてるんだ。……それで、俺なりに思った事だけど、弟が真剣に君をかばった気持ちに嘘偽りはないし、君をかばった事が原因で8年も引きこもった事は事実なんだ。それを被害妄想のひとことで片付けるのは、あまりにも思いやりがないし、事の重大さを理解していないと思う」

 すると、稲本はふて腐れたように言った。

「それじゃあ、まるで全部俺のせいみたいじゃないですか」

「はあ?」

 今度は俺がきょとんとする番だ。『みたい』じゃなくて、『お前が悪い』んだろ。しかし、上辺は平静を保ち、穏やかに言う。

「あのさ。どうしてそういう発想になるのか理解できないけど、『誰のせい』とかそういう事を言ってるんじゃないの。自分のやった事の重大さは、きちんと知って受け止めるべきだと言ってるんだよ」

「『〜べき』とか、そういう言い方は間違ってるますよ、お兄さん」

 稲本が笑いながら言う。その作り笑いにカチンと来る。

「あのね、そういう言葉上の枝葉末節はどうでもいいの。君には自分のやった事の自覚がないのかな? こっちだって、今さら君のやった事を断罪する気ないよ。だから、弟も、再スタート切って頑張ろうとしてるわけだろ? 8年ものブランクのお陰で、こいつがどれだけ苦労してると思ってるんだ? それでも頑張ってるんだよ。これが、他人に責任転化する奴にできる事だと思うか?……」

「っていうか、俺が言いたいのは……」

 稲本は俺の言葉を遮った。

「逆恨みで、おかしな態度とらないで欲しいって事です」

 あくまでも自分には非がないと言いたいようだ。

「もう、いいわ」

 弟が投げやりに言った。

「確かに俺の態度も悪いし、改めるわ」

「分かってくれればいいんです」

 稲本が、再び笑顔を見せた。

「それじゃ、過去の事は水に流して、仲良くやりましょうよ」

 しらじらしいセリフだ。

「っていうかさ」

 弟が言った。

「お前って、そんな奴だったんだ。高校の頃、苛めっ子を見下して偉そうにぐだぐだ言ってた事は全部嘘だったんだな」

 おお、ナイス切り替えし。思わず心の中で喝采を送る。が、稲本は顔色一つ変えずにこう言った。

「ま、人は変わるもんですからね」

「変わったんじゃなくて、それが本性だったんだよ。残念だったね」

「じゃあ、河井君が使えない奴なのも、誰の『せい』でもなく本性だって事だね……」

 こいつは、よっぽど『せい』というフレーズが好きらしい。弟は黙ってしまう。その反応に満足したのか、

「……じゃ、僕はこれで」

 そう言うと、稲本は小銭を置いて立ち上がりさっさと一人で店を出て行った。

「なんだ? あいつ」

 俺は出ていく稲本の後ろ姿を目で追いながら吐き捨てるように言った。

「ムカツク奴だな」

 しかし、弟はウンともスンとも言わず、陰気な顔でコーヒーをすすっている。その肩が震えているように見えた。ショックを受けているようだ。しかし、俺は弟の気持ちを斟酌する余裕もないほどに、自分の怒りにとらわれていた。

「何が『俺のせいみたい』だよ。人に怪我をさせりゃ、責任の一つも感じるのが人間てもんだろ。それを、ウダウダと理屈にもならない理屈でごまかそうってのか?」

「もういいよ」

 弟がぽつりと言う。

「お前がよくても、俺の気が済まないよ。俺は、ああいう、言葉覚えたてのガキみたいなのが大嫌いなんだよ。どうせ、何かの受け売りを喋ってるだけで、自分の言ってる言葉の意味もまともに分かってないぞ、あれは」

「つーか、もう、どうでも良いよ。それより、帰ろう。疲れた……」

 そう言うと、弟は芯から疲れたように顔を伏せた。


 それから数日は、いつもと変わらない日が過ぎて行った。

 ところが、ある日を境に、周囲の人間の俺ら兄弟に対する態度がいきなり変わり始めた。

 まず、挨拶をしてもまともに返事がない。そして、声をかけても無視をされる事が増えて来た。

 が、しかし、俺自身はあまり気にならなかった。元々他人に多くを求めない性分なのもあるが、何があったか知らないが、俺には後ろ暗い所はない事だし、誤解が解ければ元に戻るだろうとタカを括っていた。しかし、弟はこの状況が気になって仕方がないらしい。日に日に生気を失っていく。それでも、歯を食いしばって仕事は続けていた。

 そんなある日の事だった。便所で手を洗っていると、同じグループの新人で渡辺という男に声をかけられた。

「ああ、河井さん。お疲れ様です」

「あ、おつかれさま」

 適当に返事しておく。

「今日は、忙しいですねえ」

「ああ、まあな。でも本当に忙しい時は、こんなもんじゃないよ」

「そうですか」

 と、渡辺は笑顔を浮かべる。どういう風の吹き回しか、そろそろ皆さんのご機嫌も直ったのかと思っていると、渡辺は探るように「ところで」と言った。

「河井さんの弟さんって、引きこもりだったって本当ですか?」

「はあ?」

 俺はびっくりして、このぬぼーっとした男を見た。


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