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神様の不良品  作者: 橘 明
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続、続 青春☆ひきこもらー(前回までのあらすじ)

 できのいい兄貴を持った山田亜矢松…もとい、河井正は、いじめられていた親友をかばってしまった罪で、自分がいじめられるという罰を受けることになった。さらに、好きだった女子に「きもい」と言われたショックで、自らに自室監禁の刑を課したのある。そして、8年の時が過ぎ、やっと自分の罪を赦し、社会復帰する決心をしたのであった。

 兄とともに工場で働き出す正。しかし、長年の監禁生活ですっかり精神を参らせ、全ての事を僻目にしか見られなくなった奴にとって、1日、1日は、過酷な贖罪の日々のごときものであった。それでも、前へ進もうとする正の前に、神はさらなる試練を与えたのである。


「まったくありえないよな」


 暗闇の中で、俺はつぶやいた。


「でも、それ本当なのかよ?」


「本当だよ」


 弟がほの白く浮かび上がるディスプレイの前でうなずく。


「こんな嘘、ついてどうなるんだ? つきたいとも思わない」


「嘘とはいわないけど、見間違いってこともある」


「確かに、雰囲気は変わってたけど、俺があいつを見間違うもんか。それ以前に同姓同名だし、間違う方が難しいだろ」


「そっか。そうだよな」


「きっとさ」


 弟は画面にのめり込むようにしてつぶやいた。


「前田をあんな目に合わせた罰だよ」


「罰ねえ…」


 俺は首をかしげた。


「因果応報って奴か?」


「そうさ。応報の報さ」


 投げやりにそう言うと、弟は乱暴にマウスをクリックした。一瞬画面が閉じ、次にリリカ(森崎)のサイトが映し出される。まだ、付き合いがあったのかと一瞬どきりとする。しかし、そんな俺の気持ちを知ろうはずも無く、弟は言った。


「とにかく、これは作り話でもなんでも無い、現実なんだ。だから…少し一人で考えたいから、悪いけど出ていってくれないか?」


「分かったよ」


 俺はうなずき、弟の部屋の扉を閉じ、そして、自室に戻ると、机の奥底にしまい込んでいたA4の紙を取り出した。それは、弟が自サイトに掲載していた、自伝的三文小説をプリントアウトしたものである。

 主要人物は友人に裏切られ、クラス中からいじめられるはめになった山田亜矢松(=弟)と裏切り者の稲葉君(もちろん仮名だ)と、そして弟を自宅監禁のひきこもりに追い込んだ麗しのヒロインと、その他クラスの愉快な仲間達。

 タイトルは『青春☆ひきこもらー』。お世辞にもセンスの有るネーミングとはいえないが、とりあえず、久方ぶりにざっと目を通す。文章的に難は有るが、胸に迫る内容である。きっと、これが、まるきりの作り話じゃ無いからだろう。


 …けど、まさか、彼にリアルで出会う事になるとはね。


 用紙を片手に天井を見上げ、ため息をつく。そして、昼間会ったばかりの小柄な青年の顔を思い浮かべる。青年というより、まだ学生みたいな雰囲気だった。その面影に向かい、俺は呼び掛ける。


 …ありえない邂逅だな。因幡君、因幡の白ウサギよ。


 物語は、まだ、終わらない。




 その男の名は、稲本誠ニといった。

 想像にたがわず、ひょろっとして背の低い、想像と違ったのは、髪を染め、ピアスを開けた今風の奴だったということだ。そう。それが、稲本君。弟の小説内では因幡と呼ばれる、弟の元親友にして裏切り者の青年だ。

 あろうことか、その彼が、この度の我が社の大量雇用の中の一人に入っており、しかも、あろうことか、その彼が、弟と同じグループに配属されたのだ。これをひねくれ者の神の采配といわずして、なんと言おう? 弟が悩むのもむべなるかなといったところである。


 とはいえ、入社したばかりの稲本君は、緊張があったのかとりあえずおとなしいように思えた。おとなしいというか、ムシロ愛想が良く、俺も何度か話かけられ、その時は普通に受け答えておいた。ただ、愛想はいいのだが、やたらと落ち着きがなく、まるで何かを警戒しているかのように、やたらと辺りをきょろきょろするのが気になったが、それ以外はいたって普通の奴だった。

 弟に対しても、ごく普通に話しかけて来るそうだ。その意図が分からないと、弟は不快感をあらわにする。あれだけの事をしておいて、何もなかったように話してこれる神経が理解できないと。そこで、弟は『もちろん』完全無視した。「しかし、それは、ちょっと大人げないんじゃないか?」と注意したところ、「兄貴に俺の気持ちが分かるかよ」と、一蹴された。

「いや、気持ちは分からないでもないどさ…」

 と、俺は、説教モードに入る。

「『ここ』は、一応仕事場だし、個人的な感情をロコツに出し過ぎるのはどうかと思うぞ」

「そうかもしれないけど…」

 弟は苦々しい顔をする。

「そう簡単に割り切れないから悩んでいるんだよ」

「う〜ん」

 俺は、言葉を探した。で、「思うけどさ」と言う。

「なんだよ?」

 弟がじろりとこちらを見た。

「向こうは、本当に何も覚えてないかもよ。ほら、いじめた奴って、案外自分がやってた事の自覚ないっていうじゃないか。…ていうか、お前がお前だって事にすら気付いてないのかも。ほら、お前、高校の時に比べると、痩せて、雰囲気が変わってるし。それに、卒業して何年もたつと、名前も思い出せない奴も出てくるし」

「そんなわけないだろう!」

 弟が吐き捨てるように言った。

「俺と、あいつは、一応親友だったんだ。忘れるわけないだろう」

「どうかなあ? 向こうはそれ程深い付き合いのつもりじゃなかったとか…」

「そんなわけあるか。それに、あいつ、はじめに俺の顔を見た時、あきらかにぎょっとしてた」

「う〜ん…気のせいじゃないのか?」

「違うよ」

「何で断言できるんだよ? 思い込みじゃないのか?」

「気のせいも、思い込みでもない。あいつは絶対に覚えてる」

 弟が声を荒げた。その声の大きさに驚いたのか、皆がこちらを見る。その中に稲本の視線も含まれていた。

「おい、大声出すなよ。ここは、社員食堂だぞ」

 たしなめると、

「…分かってるよ」

 と言って、弟は決まり悪そうに顔をそむけた。背後の稲本の視線を感じていたのかどうかは分からない。


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