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神様の不良品  作者: 橘 明
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 それから俺らは、レクリエーションルームというところに通された。子供が利用するにふさわしく、色紙で作った動物や花が窓にも壁にもごてごてと貼られた、なんだか落ち着かない空間だ。

 俺と弟はそこでしばらく待たされたが、やがてゆきえが麦茶を持って入って来た。

「ごめんね、待たせちゃって。やっとあいつら部屋に戻らせたから…」

 あいつらっていうのは大地と翼の事だろう。

「ありがとうね。かなえを助けてくれて」

「いいえ、たいした事じゃないですから」

 この間、弟は一切会話に加わらず、ひたすら部屋の中をうろうろしている。

「…えーっと。それで、2人はご兄弟って事だけど…どっちがお兄ちゃんで、どっちが弟さん?」

「あ…俺が兄で、優。あのうろうろしてるのが、弟で正です」

「そっくりね」

「そうですかぁ?」

「うん。そっくり。で、みーとはどういう知り合い?」

「あ…彼女の勤める工場の同僚です」

「ああ。産婆沙メタル工場の?」

「ええ。みーさんには、色々とお世話になってます」

「あいつ…うるさいでしょう?」

「え…まあ、工場の隠れた主ですし」

「だと、思った」

 ゆきえは大笑いする。

「で…あの…ゆきえさん…でしたっけ?」

「ああ…自己紹介忘れてた。ゴメン。田辺由紀恵です。自由の由に糸偏に己の紀に恵むの由紀恵。よろしく」

「よろしく」

 俺と由紀恵は互いに頭を下げあった。弟は相変わらず知らんふりだ。あきれた奴だが、このさい放っておく。

「で、田辺さんは、みーさんとはどういう知り合いですか?」

「由紀恵でいいよ。幼馴染み」

「じゃ、みーさんの子供の頃も知ってるんですか?」

「ああ。知ってるよ。大親友」

「どんな子だったんです? みーさん」

「うーん。あのまんまだよ。あ、そーだ。写真持ってるよ。見る?」

「え? ここに?」

「うん。あるよ。あいつ、小6の頃からずっとここで暮らしてたし。その前は家から通ってたし…。だから、写真も結構たくさんあるはずだよ」

 すると、今まで無関心だった弟がこちらに寄って来て言った。

「見る!」

「じゃあ、こっちにおいでよ」

 そう言うと、由紀恵はホワイトボードの裏にある扉を開けて手招きをした。言われるままに入っていくと、そこは事務所だった。

「土曜だから、誰も居ないし、適当なところに座って」

 言われた通り適当な場所に座る。俺の座った席は雑然としており、イベントのチラシが数種類束になって置かれていた。何気なく手に取ると、

「あー、それ、よかったら参加してね。常時ボランティア募集中だから」

 言いながら、由紀恵がこちらに来る。その手に数冊のアルバムを持っていた。そして、彼女はいまだに戸口でぼやっとしている弟を、

「ほら、おいでよ」

 と、手招きして呼んだ。弟はその言葉に促されるように、だらだらとこちらに来て、俺の横に座った。それを見届け、由紀恵がアルバムをめくる。

 …みーさん、一体、どんな子だったんだろう?

 わくわくしながら、由紀恵の手元を覗き込む。

 アルバムを開くと、まず、最初に目に入ったのは、入所式らしき写真だった。

「ほら、これはまだ通所の頃」

 由紀恵が指をさす。

 そこには、おかっぱ頭の…なるほど、みーさんの面影を残す少女がいた。それから、由紀恵はページをめくり、

「これは、…多分バザーの写真。これが、交流会」

 と、説明してくれる。

 どこでも、みーさんは楽しそうに笑っていた。が、しかし…。

「どう? 意外に可愛いでしょ?」

 由紀恵が言うと、弟がぼそっとつぶやいた。

「…キズが、ない」

 そう…そうなのだ。この、おそらく小学1年から6年までと思われるみーさんの写真には、あの頬のキズも、ケロイドみたいなものもなかった。答えを求めて由紀恵を見ると、由紀恵は少々気まずそうな顔をした。

「ああ…知らないんだ。あのキズは、もっと、後にできたものだから…」

 それは、知らなかった。だって、聞くに聞けないし…。

「いつできたの?」

 弟が遠慮なく尋ねる。

「中学1年の時だよ。その時、みーの家、火事になってね、助け出された時にはあのキズができてた」

「火事? じゃあ、あのケロイドみたいなのもですか?」

「うん。その時できたんだよ、お兄ちゃん」

「そうだったんだ…」

 俺は全てに納得する。

「その時、お母さんが亡くなったの。可哀相だったんだよ、みー。泣けない程ショック受けちゃって。あの、お喋りが、それから半年ぐらいはほとんど喋らなくなって。ほら、これがみーのお母さん」

 そこには、どことなくみーさんの面影を残した女の人が写っていた。

「綺麗な人ですね」

「うん。それに、優しい人だったよ。ずっと、一人でみー達の面倒を見てたんだけど、あんな事になっちゃって」

「親父は写ってないの?」

 弟が聞くと。由紀恵は「うん」と頷いた。

「お父さんは、商売やっててとても忙しい人だから、ここには写ってないと思うよ」

「自営業ですか?」

「そう。それで、どうしても子供達の面倒を見ているヒマがないって。それで、洋君と一緒にみーもここに預かられたんだよ」

 え? 『洋君』? 突然、飛び出した名前に戸惑っていると、俺の気持ちを弟が代弁してくれた。

「洋君て誰だよ?」

「え? 知らないの? みーの兄貴の事」

 由紀恵が驚く。

「いや。みーさんに兄貴が居たのは知ってるし、死んだって事も知ってるけど…でも、なあ…」

 そう言って弟が俺を見る。俺は頷いた。

「名前まで聞いてないし、それに、お兄さんもここに入ってたてことは…」

 そうだ。ここに居たって事は…。

「そっか」

 由紀恵はため息をついた。

「『それ』は聞いてないんだ…」

 そして、彼女は。今更隠しても仕方がないとばかりにアルバムのページをめくった。

「ほら、この子だよ。みーのお兄さん」

 由紀恵が指さした先に、車椅子の男の子が写っていた。ちょうど、さっきまで一緒にいた翼みたいに、鼻にチューブをさしている。それを見て、俺は少なからずショックを受けた。弟も同じだったようだ。しばらく、重い沈黙が流れた。それから、弟が言った。ちょっと、怒っているようだった。

「…つーか、無責任な親だよな。子供をこんなところに放り込んで知らん顔なんてさ…」

「確かに…」

 珍しく俺も弟に同意する。障害のある我が子を見捨てるなんて、あまりにも薄情に過ぎないか?

「人の親になる資格ないよな」

 ちょっと厳しめに弾劾すると、「責めないであげて欲しい」と由紀恵が言った。「え?」って顔する俺らに向かい、由紀恵は淡々と語りだす。

「…確かに、昔は、あたしも同じように思ってた。でも、障害児を持ったご両親は本当に大変なんだってこの仕事して分かった」

「どんなに大変でも、それが親に与えられた義務じゃないのか?」

 弟が口を挟む。

「弟君の気持ちは、もっともだよ。でもさ、考えてみてよ。生まれて来たわが子が障害持ってたって分かった時の親御さんのショック」

 言われてみれば、障害者自身を気の毒に思った事はあっても、その親の気持ちというのは考えた事はない。

「でも、親なら、どんな子供でも愛するはずだろう?」

 弟が食い下がる。確かにそうだ。そんなものだと、俺も思っていた。

「誤解しないでね。親御さんが愛情を持ってないわけじゃないのよ。でも、人が人を介護するって、精神的にも、肉体的にも本当に大変なの。介護疲れでお母さんの方が病気になるケースも少なくないのよ。私達は、親御さんの負担を少しでも減らすお手伝いをしているだけで…」

「でもさ…」

 弟は、まだ納得いかないようだが、俺は『そういうものなのか』とも思う。どちらにしろ、俺らには介護の経験がないから分からない。考えてみれば、気ままな身分だ。


 と、その時だ。


「…由紀恵さん」

 小さな声がした。見ると、車椅子に乗った大地がいる。

「どうしたの?」

 驚いて由紀恵がたずねると、大地が小さな声で言った。

「どうしても、サッカーしちゃダメ?」

 その無邪気さに、思わず笑顔がこぼれた。

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