表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様の不良品  作者: 橘 明
5/100

05

 それはいつものごとく盆の上に食事を乗せ奴の部屋の前にたった瞬間だった。どどんと音がし、ぐらぐらと家が揺れた。はじめはトラックでも通ったかと思ったが、それにしては揺れ方がくどい。で、俺は思った。こりゃ地震だよ地震。後に確認したニュース速報によれば、震源地は遠く離れた県庁所在地で、このあたりの震度は4。幸い津波の心配はなかったが、かわりに立て付けの悪いドアが開き、目の前に立ってた俺の額を強かに打った。揺れはしばらく続き、どう逃げるか思案した俺が、ふと目の前を見てぎょっとする。なぜなら半開きになったドアの向こうの薄やみの中に、水木しげるの漫画に出てきそうな、目のぎょろっとした、青白い顔の痩せた男があぐらをかいていたからである。ばさばさに伸びた髪と、無精髭のせいで極めて判別つきにくくはあったが、辛うじて面影がある。

「正?」

 俺は、弟の名を呼んだ。しかし返事がない。聞こえなかったんだろう。なぜなら奴はくそ生意気にもヘッドホンなどしていたからである。奴の聞いている音楽のリズムがしゃかしゃか聞こえて来る。ヘッドホン越しに聞こえるぐらいだから余程でかいボリュームで聞いているんだろう。っていうか、お前いつもそんな装備だったのか? そりゃ俺の呼び掛けにも応答できないわな。

「おい!」

 むかついたので、今度は壁を強く叩いてやった。すると、奴は返事のかわりに立ち上がり、ベッドホンを頭からむしり取って乱暴に床に投げ付けた。怒ってるのか? その割に無表情だな。

 やつは能面のような顔で、やる気なさそうにこっちに歩いて来ると、俺の鼻先でばしっとドアを閉めた。おかげで鼻先を擦りむいた。


 次の日、いつものように工場に出かけた俺は、人手が足りんという理由で第一工場の方に回された。そこで任されたのは、運ばれた鉄くず達を選別する仕事であった。ここで、使えると判断されたものは、粉砕、切断、プレス加工され、最終的には溶鉱炉で溶かされて再び世間に有用な金属に生まれ変わる。

 俺のすぐ側で黄色いプレス機が音を立てている。四角い穴の中で鉄くず達が箱型に潰されていく。その様子は俺の絵心を強烈にに刺激したが、それ以上に夕べ見た貧乏神のごとき正の顔を思い出させもした。

 なぜだろう? 狭い空間に息苦し気に収まってる姿が似てるせいか? そういえば奴も人間としちゃスクラップだしな。そこも似てるかもな。違いといえば、この鉄屑達はここで生まれかわり社会に戻るチャンスを与えられるのだが、弟にはそのチャンスがあるのかどうか予想できない事ぐらいだ。

 …で、俺は哲学者のごとく考えた。人間もあの鉄くずみたいにに簡単に再生できればいいのになって。そういえば、俺らがガキの頃、『学校で大量生産的に教育される子供達』なんて陳腐な物言いがあり、当時はいちいち大袈裟な大人を笑ったものだが、あの言葉は案外真実をついていたのかもしれない。確かにオレ達は大量生産された商品に似ている。しかも、自分で自分の商品価値を見定める目まで持ってやがる。だから、自分を粗悪品と判定した商品は、さっさと人生を廃棄しちまうんだ。それも別に能動的に選ぶわけじゃなくてさ、この消費社会の価値観に照らし合わせれば、そうせざるを得ないだけだ。いわば運命ってやつだな。って、なんだよ、俺も結構陳腐な物言いしかできてねえじゃん。

 そこまで考えた時、サイレンが鳴り響いた。昼休みだ。




「私、免許とったから、今度みんなでドライブしようよ」

 外れかけたスリガラスのこっち側でみーさんがフライをつっつきながら言う。

「嘘つけ」

 作業着の、金定さんが答えた。60過ぎのこのじいさんも出荷倉庫課の仲間だ。

「お前なんかに免許がとれるか」

「嘘じゃないもん。とれたもん」

 金定さん…通称金さんのきつめの冗談にみーさんがムキになる。俺は、クソまずい工場の弁当を食いながら二人のやりとりを片耳で聞いていた。

 今日は第一工場にいるんだから、向こうの食堂に行けばいいのに、ひねくれ者の俺は、あえていつもの現場で昼飯を食ってる。しかし今日は、絵を書くのは無理っぽいな。なにしろ、第一工場からここまでは、移動に10分はかかるからな。そこで、なぜか俺は森崎の顔を思い浮かべていた。

「もう。金ちゃんは乗せてやらない。真希ちゃんと、ユキちゃんと、優ちゃんと、村さんと、いっちゃんとでドライブするんだもん」

「そんなに乗ったらタイヤがパンクするぞ。真希はデブだし」

「デブじゃないわ!」

 口の悪い金さんを、真希さんが思いきり叩いた。

 いつもながらの平和な風景だ。しかし、みーさんも、真希さんも難聴なのにこういう会話は噛み合うんだよな。金さんが大きな声で喋るからかな。口は悪いけど結構気を使ってるよなこの人。

 水槽の向こう側を眺めるようにしてそんな事考えてたら、いきなり10年程前に流行った失恋ソングが鳴りはじめた。携帯の着メロだ。センス悪いな。どいつんだ? って俺のだよ。彼女にメールが届かなくなった日に着メロ設定したのが悪かった。この曲はねえよな。いい加減かえねえとな。にしても、誰から? 森崎か? いつもの場所に俺がいないから「どうしたの?」ってかけて来た? まさか。

 妄想まじりに携帯を取り出してみると、おふくろからの電話だった。なんだよ、会社に電話してくんなよ。恥ずかしいな。ぼやきつつも、なぜか嫌な予感がする。なんだ? この悪寒は? 俺は同僚達から離れ、携帯に出た。「もしもし」言うか言わぬかのうちに、おふくろのテンパリ気味の声が聞こえて来る。

『ああ、優? すぐに帰って来て、大変なの、正が、正が、自殺……自殺』


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ